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2018年7月23日(月)

異例中の異例!上半期はゼロの金正恩委員長の軍関連視察

特殊部隊の訓練を視察する金正恩委員長(労働新聞から)


 今年上半期の金正恩委員長の現地指導は国家科学院の視察(1月12日)から始まり、平壌製薬工場視察(1月17日)、無軌道電車工場視察(2月1日)、元山カルマ海岸観光地建設現場視察(5月25日)、平壌大同江水産物食堂視察(6月8日)など経済分野に限定され、軍関連視察は朝鮮人民軍創建日の2月8日に行われた軍事パレードへの出席以外は、一回もなかった。金正日総書記の時代(1994年―2011年)も含めて半年にわたる最高導者の軍部隊視察ゼロは極めて異例のことである。

 金正恩政権発足年の2012年から昨年(2017年)までの上半期の軍関連視察(軍部隊視察と軍事訓練及びミサイル発射参観)を調べると、平均で16回に及ぶ。

 2012年(1月7回、2月4回、3月5回、4月3回、5月2回、6月0回)21回。
 2013年(1月0回、2月4回、3月9回、4月0回、5月1回、6月3回)16回。
 2014年(1月3回、2月0回、3月2回、4月4回、5月1回、6月5回)15回。
 2015年(1月5回、2月2回、3月3回、4月1回、5月2回、6月3回)16回。
 2016年(1月1回、2月3回、3月6回、4月2回、5月0回、6月1回)13回。
 2017年(1月3回、2月1回、3月2回、4月3回、5月5回、6月2回)16回。

 ちなみに昨年(2017年)は1月に第233軍部隊直属部隊と第114軍部隊を視察したのを皮切りにタンク及び装甲車歩兵連隊の冬季渡河攻撃戦術練習を視察。3月は第966大連合部隊指揮部を、4月はタンク兵による競技大会と特殊作戦部隊による渡河及び対象物打撃競技大会を指導し、軍総合打撃示威も参観していた。さらに5月は西海岸の北方限界ラインに近い離島に駐屯している二つの部隊を視察した他、6月は航空及び防空軍の戦闘飛行技術競技大会を参観していた。

 人民軍は毎年12月から1月にかけて冬季訓練を実施しているが、金委員長はこの冬季訓練も敬遠していた。過去5年間で一度もなかった現象だ。

 在韓米軍のブルックス司令官は21日「今、我々は(北朝鮮の)挑発なしに235日を過ごした。(昨年)11月29日に(火星15型)ミサイルが発射されて以来、我々は大きな変化を目撃した」などと述べていたが、北朝鮮によるミサイル発射も上半期は一度もなかった。ちなみに過去3年間は;

 2015年は2月に元山から新型艦隊艦ミサイル(KN-01)を発射したのをはじめ咸鏡南道・新浦で新型艦隊艦ミサイルの発射実験と潜水艦弾道ミサイル(SLBM)の水中実験(27日)を行い、3月は平安南道・南浦から日本海に向けスカッドC2発とSA地帯空ミサイル7発、黄海北道・サッカンモル一帯から500kmスカッドミサイル2発を発射していた。

 一昨年の2016年は1月6日に核実験、2月7日に平安北道・東倉里から人工衛星と称して事実上の長距離弾道ミサイル(テポドン)を発射したほか、3月には平安南道・粛川から「ノドン」2発を発射。4月にも東倉里から西海に向け短距離ミサイルのほか、中距離弾道ミサイル「ムスダン」を15日、30日と2回日本海に向けて発射していた。

 昨年(2017年)も2月12日に平安北道・亀城からSLBMを地上型に改良した中距離弾道ミサイル「北極星2型」が発射されたのをはじめ3月には東倉里から日本海に向かって弾道ミサイル「スカッドER4」4発と元山から「ムスダン」とみられる中距離弾道ミサイが発射されていた。

 また、4月にも5日、16日に新浦付近から日本海に向けて弾道ミサイル2発が、29日には西部の平安南道・北倉付近から北東方向に弾道ミサイル1発が発射されている。そして、5月には北西部の平安北道・亀城から「火星12号」がロフテッド軌道で発射され、「北極星2型」も平安南州・北倉から北東方向に再度発射されていた。

 金委員長は今年の新年辞で「北と南は情勢を激化させることをこれ以上やるべきではない。軍事緊張を緩和し、平和的環境を作り出すため共同で努力しなければならない」と発言し、弾道ミサイルの発射についても「4月21日から中止する」と公言していたが、現在のところ、行動で示しているようだ。



2018年7月18日(水)

金正恩委員長が経済視察で激怒!粛清の嵐は吹くか!

現地の幹部らを叱責する金正恩委員長(労働新聞から)


 朝鮮中央通信は17日、金正恩委員長は北東部・咸鏡北道にある漁郎川水力発電所やホテルの建設現場、かばん工場、温泉休養所など8カ所の視察を伝えていたが、水力発電所の建設が17年過ぎても70%しか完成していないことを知り、「発電所を建設する気があるのかないのか分からない」と激怒し、かばん工場の視察では期待に反していたことから「党の方針を受け、執行する態度が大きく間違っている」と憤激していた。また、温泉休養所では浴槽が「魚の水槽に劣る。本当にみすぼらしい」と酷評していた。

 今月初旬には中国と隣接する平安北道の新義州にある紡織工場と化学繊維工場を相次いで訪問した際にも「近代化水準が不十分だ」として責任者らを叱責していた。尻を叩いても、発奮しない現場へのいら立ち、経済が一向に思うようにいかないことへの焦りが垣間見える。

 父親の金正日総書記は祖父の金日成主席がまだ健在の頃の1984年、自身の42歳の誕生日に際して開いた党中央委員会責任者協議会で「人民生活を向上させるために」と題する演説を行い「人民生活を高めることが労働党の最高原則である」と拳を振り上げていた。

 金総書記は金主席死去6年後の2010年、「首領様(故金日成主席)は人民が白米ご飯に肉のスープを食べ、絹の服を着て瓦屋根に住むようにしなければならないと言われたが、われわれはこの遺訓を貫徹できずにいる」(労働新聞1月9日付)と人民生活を向上できないことのふがいなさを嘆いていた。そのうえで「私は人民がまだトウモロコシの飯を食べていることに最も胸が痛む。今、私が行うべきことは、この世で一番立派なわが人民に白米を食べさせ、小麦粉のパンや麺を腹いっぱい食べさせることである。我が人民をとうもろこし飯を知らない人民としてこの世に立たせよう」(同2月1日付)と幹部らにはっぱをかけていたが、結局17年の在任中についに金主席同様に人民への約束を果たせぬまま他界した。

 金正日総書記は何もせずにただ手をこまねいていたわけではない。何度も内閣を改造し、担当大臣を入れ替え、あるいはデノミ政策を断行したり、それなりの手は打ったものの結局は「笛吹けども踊らず」だった。

 金正日時代は農業や経済がうまくいかず、人民の間で不満が高まれば、その担当者に責任を転嫁させてきた。未曾有の飢饉に瀕し、大量の餓死者が出た1996年には農業担当の徐寛煕党書記が、デノミ政策の失敗で物価が高騰した2010年には党計画財政担当の朴南基部長が責任を問われ、処刑された。驚いたことに「米帝国主義の指示を受け、我が国の農業、経済を破綻させたスパイ」というのが処刑理由(罪状)だった。

 故・金総書記が息子に残した遺産が唯一指導体系、軍を中心とした権力基盤であるとすれば、背負わせた負は破綻した経済であろう。

 金委員長は政権を引き継いだ年の2012年4月15日、祖父生誕100周年の式典での演説で人民に向かって「これ以上ひもじい思いをさせない」と公約していた。公約実現のためには二代続けて実現できなかった「白米に肉スープ、瓦葺の家」を担保できるかにかかっている。

 人民から支持と忠誠心を得るにはまさに食糧難、エネルギー不足を解消し、国民生活を早急に向上させるほかない。しかし、現状は厳しく、食糧とっても、今年も国連食糧農業機構(FAO)が7月に発表した統計では64万トンも不足している。相変わらず、国連をはじめとする国際社会に人道支援を要請している始末だ。

 気が狂ったかのように核実験を繰り返し、ミサイルを乱射していた金正恩委員長が南北首脳会談、そして米朝首脳会談を機に核とミサイルを棚上げにし、経済に舵を切り、そのため経済分野への視察を増やしているのは、建国70周年(9月9日)を目前にしていること、また、一昨年5月に36年ぶりに開催した党大会で打ち出した「国家経済発展5か年戦略期間」の成否がかかっているからであろう。建国70周年を「一大慶事」として盛大に祝うには前に目に見える経済成果を上げなければならず、また、金正恩政権下で初めて打ち出した5か年経済計画を失敗に終わらすわけにもいかない。

 金委員長は「党の方針を受け、執行する態度が大きく間違っている」と咸鏡北道の党委員会を叱責しただけでなく、内閣をはじめ経済指導機関の責任幹部、さらには「しっかり指導しなかった党中央委員会経済部と組織指導部の該当指導課にも問題がある」として「党中央委員会の該当部署の事業を全面的に検討して厳重に問責し、調査するよう」指示していた。

 「許せないのは、国の経済の責任を負った幹部が発電所建設場に一度も出てきたことがなく(中略)竣工式には顔を見せる厚かましい態度である」とか「このように仕事をして、どうやって党の経済発展構想を進めていくのか」との怒り心頭の発言からしておそらく今後、地方の責任者のみならず、内閣さらには党の担当幹部らに対する査問、粛清が行われることになるだろう。

 金正恩体制下ではすでに2016年に金勇進教育担当副首相と黄民元農業相が粛清されている金勇進副首相は韓国統一省の発表(2016年8月31日)では「反党反革命分子」「現代版分派分子」の烙印を押され、7月に処刑されたとのことだ。その前年には当時軍No.2の玄永哲人民武力相がやはり「反党反革命分子」として銃殺刑に処せられていた。

 今回、地方幹部では金委員長から直接叱責された咸鏡北道の李ヒヨン党委員長と李サングァン人民委員会委員長の2人と両江道の李サンウォン党委員長と梁ミョンチョル三池淵郡委員長、それにキョンソン郡の崔スンナム委員長の3人が標的にされるだろう。さらに、7月初旬の視察の際にあまりのふがいなさに「心を痛めた」とされる新義州紡績工場のある平安北道の金ヌンオク党委員長と李テイル、安ギョングン副委員長の3人も処罰の対象に挙げられるかもしれない。

 次に「内閣をはじめ経済指導機関の責任幹部」では経済を仕切る朴奉柱総理(政治局常務員)と国家計画委員委員長でもある盧斗哲副総理(政治局員)さらには李ムヨン、金ミョンフン、任チョルンの3人の副総理に責任が及ぶかもしれない。閣僚では当然、崔一竜軽工業相、権相虎国家建設監督相、張吉竜化学工業相、朴勲建設建材工業相、鄭英寿労働相らがやり玉に挙げられるだろう。

 さらに「党中央委員会経済部と組織指導部の該当指導課にも問題がある」と指弾されていることから安正珠党軽工業部部長(政治局員)と呉秀英経済計画部長(政治局員)の二人が粛清の対象にされるだろう。

 問題は「組織指導部」の責任だが、トップの部長は党序列3位で政治局常務委員である崔龍海党副委員長であるが、金正恩体制を支える側近中の側近だけにそう簡単には切れないだろう。誰を身代わりに出すのか、今後の人事に目が離せない。



2018年7月11日(水)

あの北朝鮮レストラン女性従業員らの「集団脱北」は韓国情報機関による「拉致」!?

韓国当局が中国から脱北したと発表した北朝鮮レストラン従業員(韓国統一院)


 今から2年前に中国(浙江省寧波市)で発生した北朝鮮レストラン(柳京食堂)女性従業員13人の韓国への集団亡命事件は本人らの意思に基づく自発的な「脱北」ではなく韓国当局による「拉致」の疑いが強まっている。

 訪韓したトーマス・オヘア・キンタナ国連北朝鮮人権特別報告者は昨日(10日)、脱北した柳京食堂の支配人及び一部女性従業員らと面会した結果、「(従業員のうち)一部はどこに行くかも分からないまま韓国に来た。騙されたとも言える」と述べ、さらに「彼らが中国から自分の意思に反して拉致されたのならば、犯罪と見なされ得る」と記者会見で語っていた。

 北朝鮮が大陸間弾道ロケット(ICBM)のエンジン燃焼実験に成功した2016年4月8日、韓国政府はこの前代未聞の「集団脱北」を大々的に公表し、金正恩政権に大きな衝撃を与えた。

 出身成分(家柄)もよく、党への忠誠心も強い、外貨獲得のため選抜された先鋒隊がこぞって亡命したこと、また、海外在住者は離反者を出さないよう相互監視体制下での集団生活を義務付けられているが、従業員全員が行動を共にしたこと、加えて36年ぶりに開催される労働党大会(5月6日)を前に発生しただけに当時、金正恩政権が受けた衝撃は測り知れないものがあった。

 党に最も忠実で、思想的にも鍛錬されているはずの、それも韓国に亡命すれば、両親や兄弟らがどのような目に遭うか誰よりも分かっているはずの彼女らの亡命の動機が当時、不明だった。

 「営業不振により本国に召還され、処罰されるのを恐れ、悲観したため」との見方もあったが、業績不振が原因ならば、責任者が処罰されることはあっても一般従業員にはお咎めはないはずだ。また、韓国当局が言うように「自由や韓国への憧れから」だとしても、そう簡単に親、兄弟を捨てられるだろうかとの疑問も指摘されていた。

 彼女らは海外に出られるだけでもそれなりに恵まれている立場にあった。それだけに亡命の動機が知りたいところだったが、今日まで記者会見もセットされず、彼女らの口から動機について語拉致れることは一度もなかった。当時、北朝鮮の対応にも不可解なことがあった。

 北朝鮮は「脱北」が単独にせよ、家族単位にせよ、集団にせよ、よほどのことでない限りこれまで「拉致された」と騒いだりはしなかった。国家の恥に繋がることから「脱北」そのものを覆い隠し、徹底的に無視してきた。仮に脱北であることがはっきりした場合は、ドミノを防ぐため「脱北者」らを「人間の屑」とか「裏切り者」扱いにして収束を図る、これが北朝鮮の常套手段であった。

 韓国政府が「集団脱北」を公表(4月8日)した当初は、対韓宣伝メディア「我が民族同士」を通じていつものように「人間の屑」で対応したのだが、13人と同じ職場の同僚7人が帰国してから様相が一変した。赤十字委員会を通じて引率者の男性支配人を除く「12人は誘引、拉致された」との談話(4月12日)を発表したのだ。

 続いて、4月20日にはCNNの記者を招き、平壌の高麗ホテルで帰国した7人を引き合わせ、インタビューをセット。4月24日には「人間の屑」と罵っていた対韓宣伝メディア「我が民族同士」にそのインタビューが放映された。それでもこの時点での北朝鮮の反応はまだ対外、対韓向けに限られていた。過去のケースでは、このまま国民に知らせぬまま、外に向けて一方的に主張するだけ主張して矛を収めるのが常だったが、この時は明らかに違っていた。4月29日付けの労働新聞に赤十字委員会と祖国平和統一委員会の談話や声明を掲載し、国民にもこのことを知らしたのだ。

 この日を境に北朝鮮は堰を切ったかのように事件を取り上げ、5月3日には党大会取材のため平壌入りしていた外国メディアを呼び、7人の従業員と12人の家族らによる共同記者会見をセット、その模様を国内でもテレビで流した。10日後の5月13日には再びCNNを呼び、家族らにインタビューさせ、「娘に会わせろ、娘を返せ」と訴えさせた。

 極めつけは、12人の親らが国連人権理事会議長と国連人権最高代表に書簡を送り、真相究明と送還の協力を求める一方で、韓国の赤十字総裁にも同様の書簡を送りつけていた。こうしたことから韓国内でも徐々に「自発的な意思で韓国に入国した」との政府当局の発表を怪しむ雰囲気が広がり、ついには「民主社会のための弁護士会」(民弁)が所管の国家情報院に女性従業員らとの「緊急面会」を要請する事態に至った。

 北朝鮮や「民弁」の要求に対して韓国の該当部署「統一院」や「国情院」は「13人は強制によるものでなく、本人らの意思による」亡命であり、北朝鮮の主張は言いがかりであり、エリート集団の脱北による国内への衝撃と動揺を防ぐため、国際的イメージ失墜を挽回するための単なる「詭弁に過ぎない」として取り合わなかった。北朝鮮側が求めた板門店やソウルなどでの家族との面会も、国際人権団体や弁護人など第三者の接見も一切許可しなかった。

 当初から▲中国から第三国経由の一泊二日のソウル入りは韓国当局の手引きがなければ不可能であった▲引率者である男性支配人が金銭トラブルを抱え、韓国情報機関に抱き込まれていた▲「制裁が効いている」「金正恩体制は揺らいでいる」ことの証として脱北を誘導する必要性があった▲苦戦が伝えられる総選挙(投票日4月13日)の対策として「脱北事件」を起こす必要があった。(選挙前に大々的に発表したのに選挙後は完全黙秘してしまった)など様々な疑惑が指摘されていたが、今回の男性支配人と従業員らの「証言」により朴槿恵政権下の国家情報院による「企画脱北」の可能性が一段と高まった。



2018年7月6日(金)

米メディアの「金正恩はトランプを欺いている」報道を検証する

握手するトランプ大統領と金正恩委員長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)


 トランプ大統領は5日、遊説のため移動中の大統領専用機で「北朝鮮が核・ミサイルプログラムを隠蔽しているのでは」との記者の質問に「北朝鮮は8か月間、ミサイル発射も、核実験もしていない」と述べたうえで、「金正恩委員長は北朝鮮の未来をみている。それが事実であることを願う。事実でなければ、我々は他の道に戻る」と答えていた。

 トランプ大統領は「彼と握手した時、とても印象が良かった。我々は気が合った。我々はお互いを理解している」と述べ、金委員長への信頼を寄せていたが、米議会のみならず、国家安全保障会議(NSC)や国務、国防省内でも「北朝鮮は信じられない」「トランプ大統領は騙されている」との声が大勢を占めているのが現状だ。

 その理由は、トランプ大統領とポンペオ長官の対北融和路線に不満を抱く強硬派が「金正恩は何ら変わっていない」ことを強調するため意図的に情報を流しているとの見方もあるが、米国の主要メディアによる「北朝鮮は核兵器と主要核施設の隠蔽を図っている」との相次ぐ報道に起因しているようだ。

 過去一週間の報道をチェックすると、まず6月29日にNBCの「米国を騙そうとする(北朝鮮の)取り組みが続いている」との報道があり、続いてワシントンポストが翌30日に「北朝鮮には完全に非核化する意図がなく、米朝首脳会談以後にも核弾頭および関連施設を隠そうとしていると国防情報局(DIA)は判断している」とNBCと同じネタ元(DIA)を引用し、報道していた。

 これにウォールストリートジャーナルも7月1日に参入し、ミドルベリー国際学研究所傘下の非拡散研究センターによる最近の衛星写真分析結果として今年4月まで咸興の核心ミサイル製造施設には新たな建物がなかったのに米朝首脳会談が開かれる間に「固体燃料弾道ミサイル工場の外部工事が完了した」と報じた。翌2日には今度はCNNが「DIAは金正恩が現時点では完全な非核化プログラムに参加する意図がないと判断している」と報道していた。

 さらに、権威ある外交専門メディア「ディプロマット」も2日、最近の米軍事情報評価結果を引用して「北朝鮮は今年上半期、新型弾道ミサイル用の支援装備と発射台を生産してきた」との記事を掲載。「新型弾道ミサイル」とはSLBM(潜水艦弾道ミサイル)を地上型に改良した準中距離弾道ミサイル(MRBM)「北極星2型」を指す。

 直近では米政府系メディア「自由アジア放送」が5日、平安北道の東倉里発射場を撮影した最新衛星写真を分析した対北専門媒体である「38ノース」の分析官の言葉を引用し「ミサイル発射場、ミサイル組立施設、燃料バンクなどはそのままあり、解体の兆候はない。むしろ、発射場の東側に隣接した場所に新たな建物が建てられていた」と、東倉里発射場の現状を伝えていた。

 一連の報道を整理すると、核兵器隠蔽を試み、ミサイル開発を続けていることからして金正恩政権には核・ミサイルを放棄する意思は毛頭なく、結果としてトランプ大統領は金正恩委員長に騙されているとの結論が導き出される。

 米朝首脳会談で発表された共同声明の2項目に「北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向け、努力する」ことを約束していた。核についての言及だけで、ミサイルについては触れてもなければ、約束もしてない。

 報道されているように核兵器の隠ぺいが事実ならば、明らかに共同声明に反し、金委員長はトランプ大統領を欺いたことになる。また、核施設の封印、凍結を公言、約束していたならば、明らかに背信行為にあたる。しかし、北朝鮮は咸鏡北道の吉洲にある核実験場の爆破・閉鎖を公言しただけで、核施設である原子力発電所や軽水炉の稼働中止についてはまだ公言もしてなければ、約束も交わしてない。唯一、核実験場の爆破だけは実際にそれを行動で示した。

 常識に考えて「朝鮮半島の完全な非核化に向け、努力することを約束した」ならば、その意思表示、あるいは誠意の表れとして核施設の稼働を中止するのが筋である。北朝鮮はおそらく今後、北朝鮮が求めている米国の見返り(体制保障)とのバーター取引のカードに使うつもりなのだろう。

 問題のミサイルについてはトランプ大統領が「金正恩がミサイルエンジン実験場の閉鎖を約束した」と、記者会見の場で語ったのがすべてだ。

 北朝鮮にはミサイルエンジン実験場は何ヵ所かある。そのうちの一か所は平安北道・亀城にあるが、ここは「38ノース」が商業衛星写真の分析に基づき確認したところ、実験用発射台などが撤去されたようだ。亀城からはこれまで沖縄の米軍基地を狙った「北極星2型」やグアムを射程に収めた中長距離弾道ミサイル「火星12型」、それに米国の西海岸に届く長距離弾道ミサイル「火星14型」が発射されていた。

 しかし、北朝鮮が全ての弾道ミサイル発射台を撤去したという話ではない。「火星14型」は中国との国境に近い慈江道・舞坪里からも発射されており、また昨年11月29日に発射された東海岸に届くICBM「火星15型」は平安南道・平城から発射されている。

 北朝鮮はエンジンの実験中止を約束しただけで、すべてのミサイル発射場の閉鎖を約束したわけではない。まして、北朝鮮が人工衛星発射場と主張している東倉里発射場の撤去は簡単ではない。

 北朝鮮は今年4月20日に開催された党中央委員会総会で「4月21日から核実験やミサイル発射を中止する」と宣言したが、人工衛星の発射については言及しなかった。東倉里発射場の撤去は「自主権の行使」と位置付けている人工衛星発射の断念、即ち「国家宇宙開発5か年計画」の放棄を意味する。

 どうみても、見返りを得ないままの一方的なミサイル発射場の解体、撤去は考えにくい。ちなみに、金正日政権は2000年にミサイル問題でクリントン政権と交渉した際、ミサイル開発を中止する条件として3年間で30億ドルの支援を要求し、人工衛星については「米国が代わりに打ち上げてくれれば、発射しない」との条件を提示していた。

 ポンペオ国務長官は今日(6日)平壌に入り、北朝鮮の非核化に向けて具体的な協議に入る。核・ミサイル問題で合意(取引)が交わされるのか、その一点に注目したい。



2018年7月2日(月)

北朝鮮は本当に核爆弾を60個も保有?

ICBM級「火星14型」搭載用の核弾頭(労働新聞)


 世界で最も評判の悪い首脳同士が握手し、意気投合したことへの違和感からなのか米メディアによる「トランプ・金正恩会談」と「米朝共同声明」への酷評が後を絶たない。

 酷評の理由の一つは、北朝鮮が共同声明で約束した「完全なる非核化」に「検証可能で不可逆的な」という文言が盛り込まれなかったこと、非核化に向けての具体的な手順や方法についても触れてなかったこと、さらには非核化完了の期限が明示されなかったことにある。当然と言えば当然のことだ。

 もう一つは、北朝鮮がまだ何一つ非核化措置を講じてないにもかかわらず、見返りを与えすぎたとの批判である。

 祖父(金日成主席)、父(金正日総書記)の時代からの悲願である米朝首脳会談に対等な形で応じことで金正恩委員長に大きな外交成果を与えてしまったこと、人権抑圧者と何事もなかったかのように握手し、人権問題を不問にしてしまったこと、極め付きは北朝鮮が「挑発的である」と反発していた米韓合同軍事演習を北朝鮮の主張をそのまま受け入れ、いとも簡単に中止を決断してしまったことなどが問題視されている。

 これに情報機関の国防情報局(DIA)の報告書に基づいて「トランプ政権は金正恩政権に騙されている」との論調がどうやら新たに加わったようだ。

 米紙・ワシントンポスト(WP)は6月30日、「DIAは北朝鮮には完全な非核化をする意図がなく、核兵器と主要核施設を隠そうとしていると判断している」と報じていた。その前日にはNBCが12人以上のDIA関係者の話として「米国を騙そうとする取り組みが続いている」と伝えていた。これら二つの米有力メディアの報道を総合すると、DIAが問題にしている北朝鮮の「背信行為」は主に以下の4点に絞られる。

 1)北朝鮮は米国が核開発プログラムの全体を把握してないとみて核弾頭とミサイル、核開発施設と個数を減らす方法を模索している(WP)
 2)最近数年間にわたり人工衛星写真分析とコンピューターハッキングを通じて寧辺とカンソンの他にも、少なくとも一カ所以上の秘密核施設が存在する(WP)
 3)北朝鮮は最近数カ月間、核兵器開発のためのウラン濃縮生産を高めており、米朝首脳会談で「完全な非核化」に合意した後も核開発作業を続けている(NBC)
 4)米国は米韓合同軍事演習の中止という大きな譲歩をしたのに北朝鮮は核備蓄量を減らすとか、核兵器生産を放棄したという証拠はどこにもない(NBC)

 DIAは機密情報に関わるとして詳細については明らかにしなかったが、両メディアとも結論としてこうした情報当局の判断は「トランプ大統領が米朝首脳会談以後『もはや核脅威はない』と宣言したことに相反する」と指摘していた。

 DIAは報告書で北朝鮮が保有している核爆弾の数を「65個」と推定しており、ニューヨークタイムズも5月6日付の記事でこのDIA情報に基づき保有数を「最大で60個」と報じていたが、その根拠、証拠は示されてなかった。

 北朝鮮の保有数は昨年まで最大で20個が相場とみられていた。北朝鮮は本当に核爆弾を3倍以上の65個も保有しているのだろうか?

 米上院のダイアン・ファインスタイン情報委員会委員長は2年前の2016年2月に開いた聴聞会で「北朝鮮は最大で20個のウラン型、プルトニウム型の核兵器を保有している」との極秘情報を開示していた。これは、多くの米国内の北朝鮮核専門家が予想していた「最大で16個」を4個ほど上回っただけだった。

 また、昨年7月に発表されたスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の世界の核軍備に関する最新報告書には「北朝鮮は2017年1月現在で、推定10−20発の核弾頭を保有している」と記されていた。同じく米シンクタンク、科学国際安全保障研究所(ISIS)もその数か月前(4月)に公表した報告書でも「北朝鮮は核兵器13〜30個を保有している」と報告していた。そのうえで「年3〜5個のペースで増やしている可能性もある」と補足していたが、1年経った現在、北朝鮮の保有数はどんなに多く見積もっても35個が関の山だろう。ということはDIAは明かに水増ししていることになる。

 仮に北朝鮮の保有数が最大で35個ならば、北朝鮮が正直に「35個」と申告したとしても、DIAや米メディアからすれば「トランプ政権を欺くため少なく申告し、隠匿した」という結論になる。正確な保有数が不明なだけにこの数の問題はどちらに転んでも物議を呼ぶことだろう。

 また、高濃縮ウラニウムの保有量についてもDIAは700kg以上と見積もっているが、韓国の専門研究機関では半分以下の280kgと推定している。これも一体、どっちが正しいのか当事者の北朝鮮以外、誰にもわからないのが実情だ。

 また「少なくとも一カ所以上の秘密核施設が存在する」とのことだが、核関連施設では黒鉛型原子炉と軽水炉が稼働している焦点の寧辺以外に平安南道・順川に原子力エネルギー研究所、平安南道・平城に核物理研究所、咸鏡北道・金策に原子力研究所、江原道・元山に放射防護研究所、咸鏡北道・清津に放射性同位元素活用研究所、咸鏡北道・羅津に核技術研究センターがあり、また、平安北道・亀城には核起爆装置製造工場、黄海北道・平山と平安北道・博川には濃縮ウラン生産工場があることはすでに明らかにされている。さらに平安北道・泰川に20万kw原子炉が建造中であったことや咸鏡南道・新浦に発電用原子炉が3箇所あることも北朝鮮は隠してない。「秘密核施設」とは一体どこを指すのだろうか?

 もしかすると、2年前の2016年7月に米科学国際安全保障研究所が「寧辺から45km離れた平安北道・金倉里のパンヒョン空軍基地内の敷地に遠心分離200〜300個程度で稼働できる小規模のウラン濃縮施設とみられる施設がある」と発表していたが、ここの場所を指すのかもしれない。

 北朝鮮がありのままを申告すれば、完全なる非核化は可能だが、北朝鮮には「前科」があるだけに「すべてを申告した」と言っても簡単には信用されないだろう。それだけに国際機関など第三者による徹底した検証はむしろ北朝鮮にとっても不可欠なはずである。



2018年6月27日(水)

南北を結び、中露に繋がる朝鮮半島縦断鉄道の経済的メリット

2007年5月に5両編成の列車による初の試験運転が行われた。(写真:ロイター/アフロ)


 韓国と北朝鮮は昨日(26日)、軍事境界線がある板門店の韓国側施設で南北鉄道連結に関する協議を行い、南北を結ぶ東海線・京義線鉄道の近代化に向けた共同研究調査団を発足させ、とりあえず京義線の北朝鮮側区間(開城〜新義州)についての共同現地調査を7月24日から始めることにした。これは4月の文在寅―金正恩首脳会談での「板門店宣言」に基づくものである。

 「板門店宣言」で両首脳は「民族経済の均衡発展と共同繁栄を成し遂げるため、10.4宣言(2007年10月4日の盧武鉉大統領と金正日総書記の首脳会談)で合意した事業を積極的に推進し、第一段階として東海線および京義線鉄道と道路を連結し、現代化して活用するための実践的な対策を取る」ことを国民に約束していた。

 京義線の北朝鮮側区間に続いて、東海線の北朝鮮側区間(金剛山〜豆満江)についても共同調査が実施され、さらに7月中旬には京義線の南北連結区間(ムン山〜開城)と東海線の南北連結区間(猪津〜金剛山)の点検も行うようだ。南北が鉄道・道路に関する協議を行うのは2008年以来約10年ぶりのことである。

 朝鮮半島縦断鉄道の連結は18年前に金大中大統領の訪朝による初の南北首脳会談後に開かれた南北閣僚会議での合意事項である。

 南北は合意と同時に西側の京義線(ムン山〜開城間の27.3km)と東側(日本海側)の東海線(猪津〜金剛山の25.5km)の路線連結工事に着工し、3年後の2003年には完工した。総工費は5,454億ウォン(約712億円=当時のレート)で韓国側が支出した。この内、北朝鮮側への支援金は全体の3分の1の1,809億ウォン(約240億円)。

 盧武鉉政権下の2007年5月、5両編成の列車による初の試験運転が行われ、南北分断以来、京義線は56年ぶりに、東海線も57年ぶりに開通した。試験運転なので時速は10〜20kmと遅く、このため京義線は1時間30分も要した。

 しかし、半年後に行われた韓国大統領選挙で保守の李明博大統領候補が当選し、翌2008年に政権を発足させた李大統領が前政権の南北合意事項を見直す方針を打ち出すや南北関係は悪化し、鉄道再開事業は全面ストップしてしまった。結局、1回限りの試験運転で終わってしまった。このため2008年8月に京義線を利用した北京五輪への南北共同応援団派遣構想も日の目を見ることはなかった。北京五輪ではシドニー、アテネへと引き継がれていた南北選手団の統一旗の下での合同入場行進も断ち切れてしまった。

 「板門店宣言」に基づき、京義線と東海線が完全復旧すれば南北双方にとってその経済的メリットは計り知れないものがある。

 南北の交易はスタートした1989年の時点では僅か2,500万ドル程度だったが、中国などを介した間接貿易から直接貿易にシフトした2000年4月の時点では4億3千万ドルに急増。さらに海上ルート(船舶)による南北直接貿易の結果、盧武鉉政権下の2007年には約18億ドルと、7年間で約4倍以上も伸びた。こうした趨勢から盧武鉉政権は南北鉄道が復旧されれば、5年後の2012年には65億ドルになると期待されていた。

 仮に今後、北朝鮮の非核化が前進し、安保理制裁が緩和、解除されれば、南北交易は6倍、中朝貿易は5.5倍になると見積もられている。

 これまで南北貿易では仁川〜興南は主に水産物が、仁川〜南浦は委託加工物品が輸送され、釜山〜羅津間は中韓の貨物の中継港として利用されてきた。仁川〜南浦間の海上運賃は20フィートコンテナ1個(1TEU)あたり800ドルであるが、鉄道を利用すれば、200ドルと4分の1になる。運送までの日数も大幅に短縮される。平壌まで路線が開通すると、さらなる利益をもたらす。ソウル〜平壌周辺への鉄道輸送費はコンテナ1個あたり200ドルぐらいで、輸送日数も1〜3日は短縮できる。

 また、京義線(釜山〜丹東)と東海線(釜山〜羅津)が復旧すれば、中国やロシアから欧州大陸鉄道にも連結することになる。

 京義線は釜山〜ソウル〜開城〜新義州から中国の丹東を通って中国大陸横断鉄道(TCR)からシベリア横断鉄道(TSR)に連結するルートと、中国大陸〜モンゴルを通ってTSRに連結する路線の2本が開通することになる。

 また、東海線の開通に伴い京元線(ソウル〜元山〜羅津〜TSR)が復旧すれば、羅津〜ハサン(ロシア国境駅)を経てTSRと結ぶ路線と清津〜会寧〜南陽〜図們(中国国境都市)からTSRに繋がる路線が開かれる。

 中朝間では和龍〜南坪を結ぶ鉄道(41.68km)が建設され、また、丹東市と新義州市を結ぶ国境大橋も建設されている。ロ朝間でもすでにハサン〜羅津間で鉄道(54km)が開通し、今後、ウラジオストク〜ハサン〜羅津を結ぶ450kmの鉄道を近代化する。加えて、中朝露の3国は図們〜豆満江(咸鏡北道)〜ハサンを結ぶ126kmの区間の国際鉄道の再開にも合意している。

 KOTRA(大韓貿易振興公社)が2000年に発表した報告書によると、釜山からモスクワまで1TEUの貨物を輸送する場合、海上輸送なら30日かかり、運賃は2、130ドルだが、シベリア横断鉄道を利用すれば期間は15日に半減し、運賃も300ドル程度安くなる。

 京義線が貫通すれば韓国〜EU間の物量の20%、日本〜EU間の物量の5%が京義線を使ってシベリア横断鉄道で運ばれることになる。

 京義線を使ってシベリア横断鉄道で運ばれる場合の北朝鮮の年間運賃収入は韓国の403億円に比べて約1.8倍の720億円と推定されている。北朝鮮にとっても経済的メリットは大きい。



2018年6月26日(火)

北朝鮮から消えた「反米スローガン」ー金正恩政権は「反米の旗」を下ろしたのか

長距離弾道ミサイル(人工衛星)発射成功祝賀公演のワンシーン


 昨日の6月25日は朝鮮戦争勃発日(1950年6月25日)である。今年で68周年である。

 北朝鮮は毎年この日から休戦日(1953年7月27日)までの約1か月間「反米月間」に定め、全国各地で国を挙げての大々的な反米キャンペーンを展開してきた。しかし、今年はどうやら取り止めたようだ。

 この1か月は集会、示威から始まって様々な反米運動やイベントが行われるのが常である。街頭には「打倒米国」「ヤンキーゴーホーム」の横断幕やポスターが掲げられ、テレビでは朝鮮戦争関連の映画やアニメなどが放送され、米国への人民の憎悪を煽ってきた。

 過去3年間の「反米月間」をチェックしてみると、2015年には労働新聞などメディアが「朝鮮戦争は米国によって引き起こされた侵略戦争」という社説や論説、署名入り記事を一斉に掲載していたほか、朝鮮中央放送は「米軍は朝鮮戦争で細菌を使用した」と米国の「野蛮性」を糾弾していた。これに煽られるかのように労働者や農民、教職者らが職場で糾弾集会を開き、反米の気勢を上げていた。

 そして、25日の当日には政治局常務委員の朴奉柱総理ら党幹部らが出席し、金日成競技場で平壌市群衆大会が開かれていた。反米集会は首都・平壌に限らず、各市、道でも行われ、当然、人民軍でも陸・海、空の各単位で「決起集会」が行われていた。

 また、この年は朝鮮戦争勃発65周年という節目の年ということもあって当時、最高権力機関であった国防委員会の名で声明が出されていた。声明は「盗人米帝の対朝鮮敵視敵対政策とそれに伴う前代未聞の孤立圧殺策動を踏みにじる我が軍隊と人民の挙国的反米闘争は新たな高い段階に達したことを宣言する」と謳っていた。

 一昨年の2016年も全国各地で群衆大会が開かれ、会場を金日成広場に移して行われた平壌市群衆大会では朴総理のほかに金正恩委員長の最側近である崔龍海政治局常務委員も出席した。この年は平壌市では群衆大会とは別途に新たに平壌市青年学生らによる「復讐決議集会」も開かれていた。

 また、朝鮮戦争での米軍の野蛮な虐殺の象徴として建てられた信川博物館に「軍隊や人民が連日訪れている」との北朝鮮メディアの報道も目を引いた。北朝鮮は信川では「米軍によって住民の4人のうち1人が虐殺された」と主張している。さらに、朝鮮戦争で投下された50kg〜250kgの米軍の不発弾がいたるところで発見されたとの報道もあった。

 この年は、反米月間を記念した切手も発行されていた。切手の宣伝画には「忘れてはならないオオカミの米帝を!」「朝鮮人民の不倶戴天の敵、米帝侵略者らを消滅させよう!」などの文字が印字されていた。

 昨年の67周年の反米月間でも例年同様のキャンペーンが展開されたが、前年と同じく金日成広場で行われた平壌市群衆大会では大会終了後に市民らによる大規模の示威も行われていた。

 米軍の不発弾も「これまでの間に80万個が発見、除去された」との報道もあった。この種の報道は戦争の傷跡が今も去ってないとして米国への憎しみを助長することにその狙いがあった。

 また、昨年も前年同様に反米月間を記念しての切手が二種類発行されていたが、一つはホワイトハウスに向けミサイルが飛んでいく風刺画が描かれており、もう一つは人民の拳で米星条旗がひきちぎられる場面が描かれていた。これら二種類の切手は、米国とは言葉ではなく、銃台で決着を付けなければならない、米国の強硬策には超強硬で対抗しなければならないとの当時の北朝鮮の雰囲気を表したものであった。

 さらに、休戦協定日を前に、米国の独立記念日にあたる7月4日に米国の西海岸まで届く中長距離弾道ミサイル(ICBM級)の「火星14型」を発射させていた。

 北朝鮮が休戦から65周年目にして反米キャンペーンを中断したとすれは、先のトランプ大統領とのシンガポールでの首脳会談で「米朝は平和と繁栄に向けた両国国民の願いを踏まえ、新たな関係を築くことを約束する」との共同声明を交わしたこと、トランプ政権が北朝鮮にとっては待望だった米韓合同軍事演習の中断を決定し、誠意を示したこと、さらにはトランプ大統領が金委員長の訪朝要請に「適切な時期に訪朝する」と受託したことへの「返礼」と言っても過言ではない。

(参考資料:4度目の正直の「相思相愛」の米朝首脳会談 )  

 クリントン政権下の2000年、父親の金正日総書記はこの年の10月9日に訪朝したオルブライト国務長官(当時)に「クリントン大統領が我が国を訪問され、我々との間で平和協定を結び、国交を正常化するならば、その日を期して反米の旗を降ろし、親米となる」と言ったと伝えられているが、金正恩政権は18年目にして、米国からの体制保障を引き換えに本当に反米の旗を下ろす決断をしたのかもしれない。

 なお、ホワイトハウスのNSC(国家安全保障会議)のスポークスマンは北朝鮮が反米キャンペーンを自制したことについて「肯定的な変化は大きな主動力になる」と歓迎の意向を表明していた。



2018年6月24日(日)

朝鮮戦争米軍兵士遺骨発掘の費用を米国は払うのか

板門店での米軍兵士遺骨返還儀式


 北朝鮮から朝鮮戦争(1950年6月−53年7月)で戦死した約200体の米軍兵士の遺骨が数日内に米国に返還されるようだ。

 トランプ大統領は20日に自身のツイッターで「すでに今日、200人の遺骨が返還された」と述べていたが、現在、米国の担当者2人が北朝鮮に入って、引き渡しの手続き行っている最中で、引き渡しまでに多少時間を要しているようだ。

 米軍兵士の遺骨返還はシンガポールでの米朝首脳会談で発表された米朝共同声明の合意事項である。北朝鮮は身元の確認ができた戦争捕虜及び行方不明者の遺骨を直ちに送還することを約束していた。共同声明発表から2週間もしない送還をトランプ政権は首脳会談の成果としてアピールしたいようだ。

 米軍兵士の遺骨問題がクローズアップされたのはブッシュパパ(ジョージ・ブッシュ)政権下の1989年5月からで、米国は北京で開かれた米朝第4回参事官級接触で当時約8千人と推定されていた米兵士の遺骨返還問題を北朝鮮側に初めて提起した。

 東欧社会主義諸国の瓦解や同盟国・ソ連の韓国への急接近に危機感を深めていた北朝鮮は対米接近を試み、翌年の1990年5月に非武装地帯の板門店を通じて5体の遺骨を米軍側に引き渡した。

 ブッシュ政権からクリントン政権に代った1993年8月25日に米朝は共同で遺骨を発掘し、返還することに関する合意書を交わし、そのための実務者協議会を板門店に設置することにした。合意書が採択されたことについて当時、国連軍司令部(駐韓米軍司令部)は「核問題解決のための国連軍側の絶え間ない努力と北朝鮮側の新たな意思の結果によって実現した」と評価し、北朝鮮もまた「ジュネーブで開かれている米朝高官会談の環境つくりに寄与する」と歓迎していた。

 北朝鮮は1994年までに単独で米軍兵士の遺骨を発掘し、合計で208人の遺骨柱を米国に返還していたが、新たな合意に基づき、1996年から米国防総省の「戦争捕虜、失踪者担当合同司令部」(DPMO)から調査団(27人)が北朝鮮に派遣され、米朝共同の遺骨収集が始まった。兵士の遺骨発掘調査は通常現役軍人の手によって行われることから合同調査、発掘のためとはいえ敵軍である米軍が北朝鮮に入るのは画期的な出来事であった。

 米国は1996年から2005年までに延べ33回、北朝鮮に調査団を派遣し、約220柱を発掘し、本国に送還した。このうち107人の身元が確認され、遺族に返還されていた。

 しかし、その後、米国は発掘人員の安全が保障されないとの理由で遺骨収集作業を中断させてしまった。北朝鮮からの遺骨返還は2007年4月にビル・リチャードソンニューメキシコ州知事が訪朝した際の6体が最後となった。

 北朝鮮はオバマ政権下の2010年1月に遺骨発掘問題を話し合う実務会談を国連軍司令部(駐韓米軍司令部)に提案し、一度は板門店で会談が開かれたものの進展をみることができなかった。この年の4月に朝鮮人民軍板門店代表部は談話を出し「我が国の至る所に米軍の遺体が散らばり転がっていても、もはや構わない」と述べ、北朝鮮の誠意を無視した結果として「数千柱の米軍兵の遺骨が流失すれば、その責任は人道主義的問題を政治化した米国側がすべて負わなければならない」と米国に発掘を再開するよう促していた。

 米朝は2011年に再度、タイで交渉し、遺骨発掘作業の再開で合意し、オバマ政権は570万ドルの支出を決定した。米軍広報官は「北朝鮮側に支払われる費用は米国がベトナムやラオスでの遺骨作業の時と同じレベルで、特別に多く払っているのではない」とコメントしていた。費用は発掘調査のためのベースキャンプの設置や北側労務者の雇用、車両のリースやヘリコプターなど運搬手段の使用などに使われると説明されていた。結局、この時は、翌年2012年4月に北朝鮮が人工衛星と称して長距離弾道ミサイル「テポドン」を発射したため立ち消えとなってしまった。

 これまでに合計で434体の遺骨が返還された米軍遺骨発掘事業では米国から北朝鮮に約2、800万ドルが支払われている。1千人以上の行方不明者を出した咸鏡南道のチャンジン湖と中国義勇軍との激戦で約300人の行方不明者を出したとされる平安北道の雲山での2005年4月の発掘作業では500万ドルが北朝鮮側に支払われていた。

 トランプ政権は金正恩政権が今回いっぺんで約200体の遺骨を返還するとツイートしていたが、通常ならば、その保障額は軽く1千万ドルは超えることになる。北朝鮮が請求するかどうかは不明だが、仮に米国がこれまでのように支払えば、国連の制裁決議違反となる。

 過去に米国はベトナムとの間で遺骨返還交渉を行ったことがあるが、米越の場合、遺骨発掘作業のためハノイに常設事務所の開設→共同実施調査→外相会談という経過を辿り、交渉の進展に合わせてベトナムに対して人道援助の供与、経済制裁の一部解除、IMF(国際通貨基金)による融資の許可など臨時融和政策を取ってきた。



2018年6月22日(金)

恥も外聞も捨てたなりふり構わぬ「金正恩3度目の訪中」

習近平主席の手を両手で握る金正恩委員長


 金正恩委員長が3月(25−28日)、5月(7−8日)に続き6月19日に一泊二日の訪中を終え、20日に帰国した。

 北京滞在中に習近平主席と会談した際、朝鮮中央テレビは報じなかったものの中国中央テレビによると、金委員長は「中国は我々の友好的で偉大な隣国だ。習近平国家主席は我々が非常に尊敬する偉大な指導者だ。私は習主席、中国の政党、政府、人民に対し、私個人と朝鮮労働党、北朝鮮の人民への誠実な友情と長期にわたる貴重な支持に感謝する」と述べたそうだ。また、宴会でのスピーチでは中朝は同じ屋根の下で暮らす家族同然であるとの趣旨の発言をしたうえで「今後中国同士らと一つの参謀部で緊密に協力し、協同する」と誓っていたそうだ。

 「不倶戴天の敵」であったトランプ大統領との首脳会談を例に取るまでもなく、北朝鮮の「手のひら返し外交」は「瀬戸際外交」と並ぶ伝統、お家芸ではあるが、それにしてもこの豹変ぶりは半端ではない。

 父親の金正日総書記は1994年から2011年の17年間の任期中、訪中は2000年(5月)、2001年(1月)、2004年(4月)、2006年(1月)、2010年(5月、8月)、2011年(5月)の計7回しかない。

 息子の金正日委員長同様に金正日総書記も1994年7月に政権を継承してから6年間、中国には行かなかった。また、2010年に限って2度、中国に足を運んでいたが、金正恩委員長のように40日置きに立て続けに3度も訪中することは一度もなかった。中国の最高指導者は2005年の胡錦涛主席以来13年間、訪朝してないだけに北朝鮮による「一方通行」は外交関係上、まさに異常である。

 祖父の金日成主席は生前、同盟国の旧ソ連と中国が韓国と国交を結んだことに衝撃を受け「大国は自らの国益のため同盟国を犠牲にする。永遠の友はいない」と後悔し、また父の金正日総書記も「中国は決定的な段階で我々を裏切る。中国を信用してはならない」との言葉を残していた。

 実際に金正日総書記は北朝鮮初の核実験への国連制裁決議に中国が同調した際には労働新聞を通じて「大国の顔をうかがい、大国の圧力や干渉を受け入れるのは時代主義の表れである。時代主義は支配主義の案内人で、その棲息の土壌となる。干渉を受け入れ、他人の指揮棒によって動けば、自主権を持った国とは言えない。真の独立国家とは言えない」と中国と距離を置いていた。

 また、2009年にも米国が主導する国連制裁決議「1874」に中国が賛成した時は「大国がやっていることを小国はやってはならないとする大国主義的見解、小国は大国に無条件服従すべきとの支配主義的論理を認めないし、受け入れないのが我が人民だ」(労働新聞)と中国への猛反発を露わにしていた。

 金正恩委員長も当初は、この教えを忠実に守り、従っていた。

 政権発足直後の2012年4月、ミサイル(衛星)発射で安保理議長声明が出された時は「常任理事国が公正性からかけ離れ、絶え間ない核脅威恐喝と敵視政策で朝鮮半島核問題を作った張本人である米国の罪悪については見て見ぬふりして、米国の強盗的要求を一方的に後押ししている」と中国への不満を露わしていた。

 翌2013年に制裁決議「2087」が採択された際には「間違っていることを知りながら、それを正そうとする勇気も責任感もなく、誤った行動を繰り返すことこそが、自身も他人も騙す臆病者の卑劣なやり方」(23日の外務省声明)と糾弾し、翌24日の国防委員会の声明では「米国への盲従で体質化された安保理事国らがかかしのように(決議賛成)に手を挙げた」と中国を「米国のかかし」とまで言い放っていた。

 さらに、2016年1月のテポドン発射を非難された際には労働新聞を通じて「我々は自らの力で暮らしており、誰の目も気にせず、誰にもぺこぺこと頭を下げることなくすべてのことを我々の意図、我々の決心、我々の利益に沿ってやっている。外部の支援はあっても、なくても良いというのが我々の決心である」と虚勢を張ってみせていた。

 一番記憶に新しいのは昨年4月の朝鮮中央通信の「我々の意志を誤判し、どこかの国(米国)に乗せられ、我々に対して経済制裁に走れば敵から拍手喝さいを浴びるかもしれないが、我々との関係に及ぼす破局的な関係を覚悟せよ」(21日)との警告だ。

 翌5月3日には労働新聞を通じて「朝中親善がいくら大事とはいえ、命である核と変えてまで中国に対し友好関係を維持するよう懇願する我々ではない」「制裁を強めれば手を上げて、関係復元を求めてくると期待することこそ子供じみた計算である」として中国が説得しようが、圧力を加えようが「国家の存立と発展のための我々の核保有路線を変更することも揺るがすこともできない」と豪語していた。

 「米国の卑劣な脅迫と要求に屈従し、血で結ばれた共通の戦利品である貴重な友誼関係を躊躇うことなく放り出している」として「反共和国制裁決議のでっち上げに共謀した国」「米国の卑劣な脅迫や要求に屈従した臆病者」「公正性を投げ捨てたかかし」とまで罵倒していたその中国に米国との非核化交渉に向けての「用心棒」としてまた経済面でのパトロンの役割を期待してのものであろうが、3度も詣でし、恥も外聞もなく、協力を懇願する姿はなんとも哀れ極まりない。

 なんだかんだ言っても、北朝鮮にとって中国はまさに「仏様、神様、中国様」なのかもしれない。



2018年6月17日(日)

知られざる「トランプ・金正恩単独会談」のこぼれ話

首脳会談で握手するトランプ大統領と金正恩委員長


 史上初の米朝首脳会談でトランプ大統領と金正恩委員長は全体会議の前に38分間、単独会談を行った。会談の具体的なやりとりについては双方とも伏せているが、幾つかこぼれ話がある。

(参考資料:「同床異夢」の「トランプ・金正恩」の7つの共通点 )  

 一つは、電話番号の交換にまつわる話である。

 トランプ大統領は金正恩委員長に自身の直通電話番号を教えたことを明らかにし、17日(日本時間18日)に「金委員長に電話する」とフォックスニュースのインタビューで語っていた。

 両首脳間のホットラインの設置は単独会談中にトランプ大統領が「これから頻繁に連絡を取り合おうと」と提案し、サンダース大統領スポークスマンと金与正氏を会談場に呼び、二人を通じて電話番号を交換したことによる。

 トランプ大統領は15日、ホワイトハウスで記者団に対し「私は金正恩氏に電話ができる。私は彼に直接繋がる電話番号を教えた。問題があれば、彼は私に電話を掛けることができる。私も彼に電話ができる。我々は意思疎通ができることになった。大変良いことだ」と語っていた。

 ホットラインの設置はどうやら金委員長が会談中に今年の新年辞で豪語した「核ボタン」について触れたことがきっかけとなったようだ。

 金委員長が元旦の「新年の辞」で「米本土全域が我々の核攻撃の射程圏内にあり、核のボタンが私の事務室の机の上に常に置かれていること−これは決して威嚇ではなく、現実だということをはっきり理解すべきだ」と米国を威嚇し、これに対してトランプ大統領が即座に「自分の核ボタンの方がもっと大きく、強力だ。それに私のボタンは作動する」と応酬したのはまだ記憶に新しい。

 金委員長は単独会談の場で「全世界の人々が一つ知らなければならないのは私のテーブルの上にあった核ボタンが無くなったのはトランプ大統領のおかげであるということ。全世界はこのことでトランプ大統領を尊敬しなければならない」と述べ、トランプ大統領を持ち上げたようだ。

 結果として、両首脳は執務室のテーブルの上にはこれからは核ボタンではなく、ホットラインを常設し、早期に稼働することで合意したとのことだ。

 トランプ大統領は共同声明に「完全で検証可能で、不可逆的な非核化」(CVID)を盛り込めなかったことで国内外から批判を受けているが、メディアとのインタビューやツイッターで「(金委員長と)合意しなければ、戦争になる。戦争になれば、3千万、4千万、5千万の人が死ぬ。オバマ大統領は核問題を解決できなかったが、もう核の脅威はない。核問題は解決した」ことの実績をことさら強調していたが、どうやら金委員長の前述の発言に鼓舞されたようだ。

 なお、昨年10月に戦争の危機が高まった折、米議会調査局は「米国の可能な対北接近法」と題する報告書で米朝ホットラインの必要性を提案していた。ちなみに米国と旧ソ連はキューバ危機後の1963年にホットラインを構築し、意思疎通のチャンネルを設置した。これは双方の誤判による核戦争を防ぐためであった。米朝のホットライン設置はこれをモデルにしたようだ。

 もう一つは、首脳会談で発表された共同声明の4項目のうち1項目を除き、3項目については事前に合意ができていたことだ。

 共同声明では▲新たな米朝関係の構築▲平和体制の構築▲完全なる非核化▲戦争捕虜及び行方不明者の遺骨の発掘と送還に関する4項目で合意が交わされたが、戦争捕虜の問題以外は事前に合意をみていたことのことだ。ということは、CVIDについては実務協議の段階ですでに適応外とすることで合意していたようだ。

 また、ワシントンポスト(WP)によると、シンガポールに到着したトランプ大統領は会談を一日前倒して、11日にできないかと側近らに催促していたこともわかった。

 トランプ大統領は「私も、金正恩も二人ともここにいるのになぜ11日にできないのか」とポンペオ国務長官やサンダース報道官らに疑問を呈したが、二人から11日は準備に要すること、また急に予定を早め11日にやれば、米国時間は日曜の夜にぶつかり、テレビ中継もやりにくくなると説得され、結局断念し、予定通り12日に臨んだとのことだ。

 なお、前出のWPによれば、トランプ大統領は私的な場では知人らに対し金委員長と親密な関係を築くため北朝鮮での収益性の高い開発事業について不動産開発業者や金融界のお偉方を紹介、斡旋することもできると言っていたようだが、実際に金委員長にそうした打診をしたのかはわかっていない。

(参考資料:4度目の正直の「相思相愛」の米朝首脳会談 )  



2018年6月14日(木)

米朝首脳会談で「人工衛星」の問題はどう決着?

2年前に発射された「光明星4号」


 北朝鮮は4月20日に核実験と中長距離弾道ミサイル及びICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射中止を一方的に宣言し、5月24日に咸鏡北道・吉洲にある核実験場を爆破、閉鎖した。また、北朝鮮分析サイト「38ノース」は商業衛星写真の分析に基づき、平安北道・亀城にある弾道ミサイルの実験用発射台が撤去されたと伝えていた。

 亀城からはこれまで潜水艦弾道ミサイル(SLBM)を地上型に改良した中距離弾道ミサイル「北極星2型」やグアムを射程に収めた中長距離弾道ミサイル「火星12型」、それに米国の西海岸に届く長距離弾道ミサイル「火星14型」が発射されている。

 「火星14型」は中国との国境に近い慈江道・舞坪里からも発射されており、また昨年11月29日に発射されたICBM「火星15型」は平安南道・平城に基地があるので、北朝鮮が全ての弾道ミサイル発射台を撤去したという話ではない。最も深刻な問題は米国が長距離弾道ミサイル「テポドン」の発射基地とみなしている平安北道・東倉里のミサイル発射場の扱いだ。

 北朝鮮が「西海衛星発射場」と称している東倉里発射場には高さ65メートルの発射台がある。北朝鮮はここから2006年、2009年、2012年(2回)、2016年と「人工衛星」を発射してきた。

 弾道ミサイルには「火星」、「北極星」という名称が付けられているが、人工衛星には「光明星」という冠が付けられている。人工衛星と称するロケットは1998年の「1号」から始まり、およそ3年スパンで発射が行われ、2016年には「光明星4号」が打ち上げられている。この「4号」は本来、2015年10月の「労働党創建70周年」の式典に合わせる予定だったが、完成が間に合わず、数か月後の2016年2月に発射されている。

 北朝鮮は今年4月20日に開催された党中央委員会総会で「4月21日から核実験やミサイル発射を中止する」と宣言したが、人工衛星については言及してない。人工衛星の発射については一貫して「自主権の権利行使である」と主張してきた。

 実際にオバマ政権下の2012年2月29日に米朝で交わされた合意が破綻した最大の原因は北朝鮮が「光明星3号」を打ち上げたことにあった。オバマ政権は北朝鮮に対して敵視政策の撤回と24万トンの食糧支援を見返りに北朝鮮に「実りある会談が行われる期間は長距離ミサイルの発射を行わない」と長距離弾道ミサイル発射の凍結を約束させたが、合意から2カ月もしない4月13日に北朝鮮は「光明星3号」を発射してしまった。

 オバマ政権は北朝鮮の合意破りを非難したが、北朝鮮は「国際法で公認された宇宙利用の権利である」「6か国協議共同声明には人工衛星を発射してはならないとの合意はない」「平和的な衛星打ち上げは米朝合意とは別問題である」等と反論し、米朝合意の破綻を意に介さなかった。

 金正恩委員長は2016年2月に「光明星4号」が発射された際「実用衛星をもっと多く発射せよ」と指示し、これを受けた北朝鮮の国家宇宙開発局(NADA)は7か月後には推進力を3倍に増やした新型の停止衛星運搬ロケット用大出力エンジンを開発し、その地上噴出実験を成功させている。

 当時、米航空宇宙研究機関の「エアロスペース」は「38ノース」への寄稿文で「北朝鮮が公開したエンジンは小型無人用探索装備を発射するには十分だ。停止軌道に通信衛星など多様な低高度偵察衛星を発射するのに適している」と解析していた。また、ロシアの政府系メディアも昨年12月訪朝したロシアの軍事専門家のコメントとして「北朝鮮が地球観測衛星1基と通信衛星1基の開発をほぼ完了した」と伝えていた。

 金正恩委員長は昨年の新年辞で「これにより宇宙政府に向かう道が敷かれた」と演説し、北朝鮮メディアも「平和的宇宙開発の権利」を主張する記事を相次いで掲載していた。例えば、労働党の機関誌・労働新聞は昨年12月25日付で「国家宇宙開発5か年計画」に関する記事の中で「平和的宇宙開発を一層推進し、広大な宇宙を征服していく」と、今後も開発研究を進めていく意思を明確にしていた。労働新聞が「宇宙開発の権利」を主張する記事を掲載したのは、昨年12月の1か月だけで3回。人工衛星の研究・開発が金正恩政権の重要な国策の一つであることがわかる。

 9月9日に建国70周年を迎える今年は「およそ3年」というスパンからしても、また国家の大きな節目であることを考えても、人工衛星を打ち上げてもおかしくはない。

 米国は衛星発射も弾道技術を使用することから国連決議に抵触するとして容認しない方針だが「人工衛星は安保理決議よりも優位を占める国際法で公認された宇宙利用の権利である」と主張する北朝鮮とどう折り合いをつけるのか、興味深い。

 ちなみに金正日政権は2000年にミサイル問題でクリントン政権と交渉した際、ミサイル開発を中止する条件として3年間で30億ドルの支援を要求し、人工衛星については「米国が代わりに打ち上げてくれれば、発射しない」との条件を提示していた。



2018年6月10日(日)

4度目の正直の「相思相愛」の米朝首脳会談

史上初の歴史的な米朝首脳会談に臨むトランプ大統領と金正恩委員長


 「世紀の談判」と称される史上初の歴史的な米朝首脳会談を2日後に控え、トランプ大統領と金正恩委員長は今日(10日)それぞれ開催地・シンガポールを訪れる。

(参考資料:訪米した金英哲副委員長が持参した「金正恩親書」――トランプ大統領の早期訪朝を要請か! )  

 トランプ大統領はG7が行われていたカナダから専用機「エアフォースワン」で、金委員長もロシア製の専用機「チャムメ1号」か、もしくは中国からチャーターした「CA(エアチャイナ)122便」のどちらかでシンガポール入りするようだが、トランプ大統領は夜に、金委員長は一足先に夕方には宿舎に到着の予定だ。宿舎はトランプ大統領がシャングリラホテル、金委員長はセントレジスホテルで距離にして僅か570メートルしか離れてない。

 一時はボルトン大統領補佐官対金桂寛外務第一次官、ペンス副大統領対崔善姫外務次官ら参謀によるバトルが原因で流会の恐れもあったが、これにより史上初の米朝首脳会談がシンガポールのリゾート地、セントーサ島のカペラホテルで開かれることが決定的となった。会談が現実すれば、まさに米朝両国にとっては4度目の正直となる。

(参考資料:「同床異夢」の「トランプ・金正恩」の7つの共通点 )  

 

 1度目は金正恩委員長の祖父・金日成主席がクリントン大統領を相手に試みた1994年で、米韓関係者らの橋渡しによるところが大きかった。

 この年の4月に訪朝したウィリアム・テーラー米戦略問題研究所副所長らに対して金主席が自ら訪米の意欲を示し、また、米CNNが米TVメディアとして初めて金主席との単独インタビューを全米に流したことで浮上した。さらに金主席が直後に訪朝した在米韓国人ジャーナリストの文明子氏に「英語の勉強をしているところだ」と述べたことから「金日成訪米」は現実味を帯びた。

 金主席の訪米仲介に積極的に動いたのが後の大統領、金大中氏(当時:アジア太平洋平和財団理事長)であった。 金大中氏は1994年5月に訪米し、ナショナル・プレス・クラブ(NPC)で講演を行った際、「金日成訪米」について触れ「訪米の招待状を出したらどうか」と提案。これを受ける形でNPCが金主席に米国での講演依頼の招待状を出すに至った。

 金主席は自身の最後の誕生日となった1994年4月15日に行った米CNNとのインタビューで「核兵器の運搬手段もなく、国土も狭く、核兵器を実験することもできない」と核保有を否定し、2か月後の6月15日に一触即発の状況を回避するため訪朝したジミー・カーター米元大統領との会談で原子炉の凍結及び平壌での金泳三大統領との初の南北首脳会談開催に同意した。

 金主席は当時、南北首脳会談を終えた後、2回目を米国で行うことを検討していた。米朝国交樹立のため訪米し、その際に金泳三大統領も訪米するというシナリオだった。しかし、それもカータ―訪朝から1か月もしない7月8日に心臓発作で死去したことで無となってしまった。金主席の急死で7月25日に予定されていた南北首脳会談は頓挫してしまった。

 2度目は、金正恩委員長の父、金正日総書記の政権下で、クリントン大統領の任期最後の年の2000年。この年の6月に金正日総書記は金大中大統領と史上初の南北首脳会談を行ったが、その場で金正日総書記は金大中大統領にクリントン大統領との首脳会談の仲介を依頼した。

 金大中大統領の仲介が実を結び、4か月後の10月に北朝鮮軍トップの趙明禄人民軍総政治局長とオルブライト米国務長官による相互訪問が実現したことでクリントン大統領はミサイル問題解決のため訪朝を計画。だが、中東問題を優先せざるを得なかったことや11月6日に行われた大統領選挙で後継者のゴア副大統領が共和党のブッシュ候補に敗れたことで訪朝が白紙化してしまった。

 それでも初の米朝首脳会談に意欲を示すクリントン大統領は12月21日、金大中大統領に電話をかけ「北朝鮮訪問はほぼ不可能だが、来年1月に金正日をワシントンに招待したい」と金正日訪米の仲介を依頼した。これに金大統領が「金正日がワシントンに行って何も得ずに戻るわけにはいかない。事前に成功を保障しておく必要がある」と進言したことから米国務省は翌日、金正日総書記宛てのクリントン大統領の親書を北朝鮮の国連代表部を通じて伝達した。親書には「われわれ二人(クリントン氏と金総書記)が会えば(関係改善)問題の解決が可能になる」と書かれてあった。

 しかし、ブッシュ次期大統領が大統領選挙期間中から「米朝ジュネーブ核合意」をはじめクリントン政権の対北外交を痛烈に批判していたこともあってレイムダックに陥ったクリントン大統領を相手に首脳会談をしても意味がないと判断した金総書記は「関心がない」と回答。これによりクリントン政権下での米朝首脳会談は立ち消えとなった。

 クリントン氏は退任後、講演席で「(オルブライト訪朝結果を基に)北朝鮮に行けば、(ジュネーブ合意に続き)ミサイル協定も締結できると確信していた。それが任期中にそれが実現できなかったことが最も悔やまれる」と振り返っていた。

 そして、3度目は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、金正日総書記を「ならず者」「暴君」と罵倒していたブッシュ政権時代にあった。

 ブッシュ大統領は南北及び日米中ロ6か国による核問題合意に関する「6か国協議共同声明」が発表された2か月後の2005年11月、北京での胡錦濤主席との首脳会談の場で「金正日と会っても良い」と発言し、翌2006年11月には訪問先のベトナムから「北朝鮮が核兵器を廃棄する場合、朝鮮半島の平和体制構築に向け金正日総書記と朝鮮戦争の終結を宣言する文書に共同署名する用意がある」とラブコールを送っていた。北朝鮮が1か月前の2006年10月9日に史上初の核実験を行ったため首脳会談を真剣に検討せざるを得なかったようだ。

 ブッシュ大統領もクリントン前大統領と同様に2007年には訪朝したヒル国務次官補を通じて金正日総書記に親書を伝達し、任期最後の年の2008年にはライス国務長官を平壌に派遣する計画を立てていたが、チェイニー副大統領ら「ネオコン」の反対にあい、実現しなかった。結局、最後は任期切れとなり、ブッシュー金正日首脳会談が日の目を見ることはなかった。

 トランプ大統領は大統領になる前から「(金正恩と)話し合うのがなぜだめなのか。金正恩が米国に来るなら会う。会談場でハンバーガーを食べながら話をする。核を放棄するよう説得できる可能性は10〜20%程度ではあるが、対話して悪いことはない」(2016年6月3日、アトランタ―での演説で)と発言していたが、まさに4度目にして現実のものとなった。

(参考資料:「金正恩シンガポール訪問」で注目すべき7つのポイント )  

  

2018年6月8日(金)

「金正恩シンガポール訪問」で注目すべき7つのポイント

専用機「イリューシン(IL)62M」で国内を移動する金正恩委員長


 史上初の米朝首脳会談の日が迫ってきた。会談が成功するかどうか、会談の焦点である北朝鮮の非核化と北朝鮮が交換条件として求めている体制保障についてどのような「ビッグディール」が行われるのか、世界の関心はこの一点に注がれているが、これ以外にも注目すべきポイントは多々ある。

(参考資料:訪米した金英哲副委員長が持参した「金正恩親書」――トランプ大統領の早期訪朝を要請か! )  

 トランプ大統領はこれまで内外で様々な国の首脳らと会談を行っているので、誰もがそのスタイルや手法については慣れ、そこそこ熟知しているが、金正恩委員長のそれについては未知で、従って金委員長の一挙手一投足に関心が集まることになるだろう。

 板門店での韓国の文在寅大統領との首脳会談、訪中しての習近平主席との首脳会談で金委員長のパフォーマンスを目の当たりにしているが、同胞国の韓国、友好国の中国の首脳との会談と、国交のない敵国の首脳とでは接し方、対応も当然異なってくる。そこで、注目すべき7つのポイントを挙げてみる。

 1.専用機がノンストップでシンガポールに入るのか

 金正恩委員長の専用機は1960年代に開発、製作され、70年代に改良されたイリューシン(IL)62M型で、飛行距離は約1万km。平壌からシンガポールまでは4,700kmでノンストップによる飛行は可能だが、旧式であるため整備問題で不安を抱えている。2014年11月に崔龍海党副委員長がロシア訪問の際、利用したが、機器にトラブルが発生し、引き返したこともあった。先の二度目の訪中時は大連まで運行しているが、飛行距離は短く、およそ1000kmであった。

 また、燃料も補給する必要もある。シンガポールまでは中国の上空を通るので中国のどこかを中継地にする可能性も考えられる。今回、一度もテストフライトをしてないことからぶっつけ本番で飛ばすことになる。

 2.板門店会談と同様に12人のボディーガードを連れていくのか

 文在寅大統領との板門店会談では屈強なボディーガードを12人も引き連れていた。ランチのためリムジンに乗って北側のエリアに戻る際、車を囲みながら伴走するボディーガードの警護ぶりは韓国のみならず世界を驚かせた。

 休戦状態にあるとはいえ、最前線、それも敵地(平和の家)に入ることから徹底した身辺警護となったが、文大統領が二度目の会談のため北朝鮮側のエリア(統一閣)に入った際には伴走車が2台だけで、ボディーガーは数えるほどだったことを考えると、北朝鮮の警戒ぶりは過剰であったことがわかる。今回も同じ人数を連れていくのか、それとも米国と同じ警護員の数にするのか、興味深い。

 3.随行人に金桂寛外務第一次官が含まれるのか

 金正恩委員長の随行人は南北、中朝首脳会談の時のメンバーが中心となるだろう。 ポンペオ国務長官のパートナーである金英哲統一戦線部長、李洙ヨン党国際部長、李容浩外相、板門店で米国側と詰めの協議を行った崔善姫外務次官及び崔寛一対米局長、そしてシンガポールを事前視察し、米国側と儀典関連の調整を行った金ファミリーの「執事」と称される金昌宣党中央委員会部長らが同行することになるだろう。

 問題は、先月17日、「リビア方式のような一方的な核放棄強要なら再考する」との談話を発表し、一時トランプ大統領の首脳会談中止発言を招いた金桂寛第一次官がメンバーに加わるかどうかである。

 核・対米交渉に長け、ボルドン大統領補佐官から「問題人物」と警戒されている金桂寛第一次官は2016年11月に金委員長が在北朝鮮キューバ大使館に訪問した際に同行したのを最後に公の場に姿を現してない。

 4.背広にネクタイ姿で現れるのか

 金委員長は国内での重要な行事では党服を着用している。また、南北首脳会談でも中朝首脳会談でも、そしてポンペオ国務長官に会った時も党服を着ていた。しかし、背広も持っており、公の場に背広姿で登場したこともあった。

 一昨年5月に行われた36年ぶりの党大会で初めてネクタイにスーツ姿で現れたことが話題となったのはまだ記憶に新しい。普段スーツ姿であっても、党大会には通常は党服に着替えて出てくるのがあるべき姿だが、金委員長の場合は逆パターンで、誰も予想してなかった。

 父の金正日総書記は一度も背広姿を見せることはなかった。しかし、金委員長がスタイルを真似ている祖父・金日成主席は1955年にインドネシアで開かれたバンドン会議に詰め入りの党服ではなく、背広姿で現れた。また1994年に訪朝したカーター元大統領と会談した際も背広姿であった。

 シンガポールでの米朝首脳会談を北朝鮮が普通の国に変身したことをアピールする絶好の機会と捉えているなら、背広に着替えて現れるかもしれない。

 5.トランプ大統領に両手で握手するのか

 金委員長は韓国の文大統領(66歳)、中国の習主席(65歳)との首脳会談では相手が年長者であることから朝鮮半島の礼儀作法に倣い、握手する際に左手を添え、両手で相手の手を握って見せた。また、西洋式にハグまでして親近感をアピールした。

 文大統領や習主席よりもさらに年上の御年72歳のトランプ大統領に対しても同じように礼節を重んじてしかるべきだが、直前まで激しく罵り合い、戦争一歩手前までいった宿敵にどう接するのか注目される。

 また、トランプ大統領には「リビア方式に従わなければ、カダフィ―の二の舞になる」と威嚇したボルドン大統領補佐官が随行するが、「人間の屑」「吸血鬼」呼ばりするなど拒否感を示しているボルドン補佐官と握手を交わすかも注目の的となりそうだ。

 6.英語で挨拶するのか

 金委員長は10代の頃、スイス・ベルンのインターナショナルスクールや公立学校で6年間(1994−2000年)留学し、学んでいたが、その際にドイツ語と英語をマスターしたと言われている。しかし、金委員長が英語圏の外国人と接する機会は稀で、米国人はNBAの元スター選手ロッドマン氏とポンペオ長官ぐらいに限られている。

 いずれも公の場では通訳を挟んでいたが、通訳抜きで語る場面も少なからずあった。ポンペオ長官との会談を終え、見送る途中、廊下を歩きながら会話を交わしていたが、通訳は後ろを歩いていたのでおそらく直接英語でやりとりしていたのだろう。

 世界が注目する公式の首脳会談ということもあって、ポンペオ長官の時と同じ通訳を連れて行くものとみられるが、親近感を示すため最初に会った時に、あるいは二人きりで散歩する際には英語を使う可能性も十分考えられる。

 7.共同記者会見に応じるのか

 南北首脳会談では終了後、金委員長は文大統領と並んで共同記者会見に臨んでいた。但し、記者の質問は一切受け付けることはなく、一方的に原稿を読み上げ、立ち去っていた。

 今回もトランプ大統領との共同記者会見に応じ、記者らの質問を受け付けるのかが見物だ。

 一度も経験したことのない西側記者らの質問攻勢に耐えられるとは考えにくいが、質問者の人数が制限され、事前に質問が提出されているならば、応じる可能性もゼロではない。仮に応じた場合、人権問題についてどう答えるのか興味深いが、現実問題として、共同記者会見に応じる可能性は極めて低いだろう。

(参考資料:「同床異夢」の「トランプ・金正恩」の7つの共通点 )  



2018年6月4日(月)

米朝首脳会談を前に人民軍No.1に続き、No.2の総参謀長 ,No.3の人民武力相も解任

金正恩委員長演説中にコックリする李明秀軍総参謀長を凝視する趙延俊党検閲委員長


 朝鮮人民軍トップの金正角軍総政治局長が先月突如解任されたが、No.2の李明秀軍総参謀長も、No.3の朴英植人民武力相も同時に更迭されていたことが判明した。軍トップ3人が揃って一同に解任されたのは極めて異例で、過去に前例がない。

 軍総政治局長は76歳の金正角次帥から68歳の金守吉平壌市党委員長に、軍総参謀長は84歳の李明秀次帥から63歳の李永吉第一副総参謀長(大将)に、そして人民武力相は朴英植大将(年齢不詳)から62歳の呂光鉄第二経済委員会委員長に交代している。

 金守吉、呂光鉄両氏ともいずれも軍人出身で、金守吉氏は2014年3月に平壌市党委員長に起用されるまで軍総政治局副局長(組織担当=中将)の要職に、また呂光鉄氏も副総参謀長から2015年に人民武力相に転出し、第一次官のポストにあった。

 軍総政治局長の交代は先月26日に朝鮮中央通信などが伝えた金正恩委員長の東海岸都市の元山現地指導随行者名簿で判明していたが、軍総参謀長と人民武力相の人事異動については一切明らかにされてなかった。

 これにより、金正恩体制が2012年1月に発足してからこの6年間で軍総政治局長は金守吉大将で4人目、軍総参謀長は李永吉大将で6人目、人民武力相は呂光鉄大将でなんと7人目の交代となる。

 ちなみに父・金正日体制下(1994-2011年)では17年の間、軍総政治局長の交代は一度もなかった。趙明禄次帥が1995年10月に就任して以来、亡くなる2010年11月まで15年間、その要職にあった。

 趙政治局長はクリントン政権時代の2000年10月、金総書記の特使としてワシントンを訪問し、クリントン大統領に親書を伝達していたことが最近、金英哲党副委員長兼統一戦線部部長(前偵察総局長)がホワイトハウスを訪れ、トランプ大統領に金正恩委員長の親書を伝達したこととの関連で米国のマスコミで取り上げられていたばかりだ。

 また、総参謀長の交代も金正日政権下では3度しかなかったし、人民武力相も17年間で僅か4人に過ぎなかった。呉振宇人民武力相は1995年2月になくなるまで19年間、そのポストにあった。後任の崔光次帥は1年4カ月と短かったが、任期中に死去したことが原因である。3人目の海軍出身の金益鉄次帥は1997年2月から2009年2月まで12年間も在任していた。

 今回更迭された金正角次帥は昨年11月に軍総政治局長に登用されたばかりで僅か半年での交代となり、2016年2月に総参謀長に就任した李明秀次帥も2年3か月で、同じく同年5月に人民武力相となった朴英植大将も2年でお役御免となった。軍首脳を頻繁に交代させるのは軍を掌握していることの証であると同時に軍首脳部に絶大な信頼を置いてないことの表れでもある。

 今回の人事で意外なのは軍総参謀長に李永吉大将が再起用されたことだ。

 李永吉大将は前線の5軍団長から2013年に作戦局長に起用され、その年に早くも58歳の若さで総参謀長の抜擢されていた。翌年の2014年には党政治局候補委員、党軍事委員にも選出され、とんとん拍子に出席していたが、2016年1月に突如電撃解任されてしまった。

 当時、韓国の情報機関・国家情報院は李永吉総参謀長が「分派活動が理由で粛清、処刑された」と発表したが、実際には処刑されてはおらず、9か月後の11月に姿を現し、健在ぶりを示したが、それでも総参謀長から一転、第一副総参謀長に降格されていた。

 李永吉総参謀長解任直後に党中央委員会と人民軍党委員会による連合拡大会議が開かれたが、金正恩委員長は唯一指導体系の確立の重要性を強調し、「一心団結を破壊し、蝕む分派行動を徹底的になくす闘争を進めるよう」強調していた。

 この日、金正恩委員長は一般席に座っていた軍首脳らに向かって見下ろすかのよう「人民軍隊は最高司令官の命令一下、一つとなって最高司令官の指示する方向だけ動くように」と訓示していたが、最高指導者が「自分の命令に服従せよ」と演説をぶったのは、祖父の金日成主席の時代も、父・金正日総書記の時代もなかったことだ。

 さらに不可解なのは後釜に李永吉総参謀長の大先輩にあたる李明秀大将(当時)を据えたことだ。

 李明秀大将は金正日政権下で前線の3軍団長から作戦局長に就任し、2011年には警察にあたる人民保安相に就任したが、金正恩政権発足翌年の2013年4月に人民保安相だけでなく、党政治局員、軍事委員、国防委員などすべての任を解かれていた。

 李永吉総参謀長の後任に当時82歳のロートルを据えたのは明らかに世代交代と全く無縁の人事だった。金正恩委員長がなぜ、この機会に若返りせず、20歳以上も年上のリタイアしていた人物を登用したのか、今もって謎のままだ。

 今回も「軍三役」にいずれも60代を登用したことから世代交代を図ったとの見方と、3人のうち2人が党から起用されていることで党による軍部へのコントロールを徹底させるための人事との見方が交錯しているようだが、解任された李明秀軍総参謀長と朴英植人民武力相は4月の南北首脳会談では金英哲統一戦線部部長、李洙ヨン国際担当部長や李容浩外相らと共に金正恩委員長に随行し、板門店まで来ながら、会談にも晩餐会にも同席することもなくそのまま平壌への帰任を命じられていた。何のためにわざわざ板門店まで連れてきたのか、これまた謎となっている。

 首脳会談の相手である米韓両国に対して軍を掌握しているところを見せつけるため二人を板門店まで同行させたとみられなくもないが、北朝鮮の非核化が主要議題となる米朝首脳会談を目前にした突然の軍首脳陣の交代だけに今後波紋を呼びそうだ。



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