2015年4月1日

 「ジャスミン革命」はなぜ北朝鮮に波及しなかったのか?

 「アラブの春」の発端となった4年前のチュニジアでの「ジャスミン革命」はヨルダンのサミール・リファーイー内閣の総辞職、リビアのカダフィ政権の崩壊、エジプトのムバラク政権の瓦解をもたらし、シリアでもアサド政権の退陣を求めるデモを引き起こし、今は内戦状態となっている。しかし、4年経っても同じ長期独裁政権下の北朝鮮には全く波及してない。

  韓国や米国などでは金正日総書記亡き後の北朝鮮で食糧危機から民主化デモが発生し、三代続く「金朝体制」が倒れるのではとの「期待」や「見方」も渦巻いていたが、現実にはそうはならなかった。

  中東でドミノ現象化した反体制デモによるリビアとエジプトの独裁政権の崩壊とシリアの内戦はこれらの国々と緊密な関係にあった北朝鮮に動揺は与えたものの波及に至らなかったのは何故か? その要因は多々あるが、およそ以下の点に集約されるだろう。

  ▲北朝鮮は単一民族で、分裂要因となる異民族が存在しない▲宗教も存在せず、スンニー派やシーア派などの宗派及び部族対立のようなのも存在しない▲反体制運動の核となる野党も在野勢力も皆無で、党と軍による権力中枢が強固である▲思想教育(洗脳教育)も徹底している▲米韓など外敵と対峙している状況下にあって「勝つまで求めない」と国内の不満が内ではなく、外敵に向けられている

  また▲国家安全保衛部、人民保安部(警察)など治安機関による統制が網の目ように徹底している▲密告制度など住民間の相互監視システムが確立され、集団行動が取れない▲捕まれば、国家反逆罪で処刑され、家族も収容所送りの恐怖政治が敷かれている▲メディアは官製で、言論の自由がなく、外からの情報も完全に遮断されている▲中東で民衆デモを誘発した情報伝達手段である携帯電話の所持者は北朝鮮では特権を甘受している階層に限られている▲体制に不満を持つ層は決起せず、脱北してしまう

 さらに▲過去にルーマニアのチャウシェスク政権の崩壊や東ドイツなど東欧の瓦解、ソ連邦の崩壊、そして中国の天安門事件を目の当たりにし、危機を乗り切る「ノウハウ」を取得している▲同じ共産党一党独裁体制の中国の後ろ盾があるなども理由として挙げられるだろう。

  隣国でもあり、最も頼りにしている同盟国でもある中国の共産党体制が崩壊すれば、モロに影響を受けるが、遠く離れた中東の地殻変動の余波は大きくなかった。

  北朝鮮はムバラク政権の崩壊については「アラブの大義に背き、米国に寝返り、イスラエルと結託したことで民衆の支持を失った」と国内向けに説明し、リビアについても2003年に核開発の全面破棄を受け入れたことで「変節した」として、「米帝国主義の威嚇・恐喝に負けて、戦う前にそれまで築いてきた国防力を自分の手で破壊し、放棄した」ことによる自暴自得と説明していた。北朝鮮はエジプト、リビアとは違うということのようだ。

  但し、シリアとなると、事情は異なる。その親密度はエジプトの比ではないからだ。

  シリアは北朝鮮にとって中東ではイランと並ぶ欠かせない同盟国である。北朝鮮にとってアサド政権のシリアは、かつての兄弟国であったチャウシェスク政権下のルーマニアのような存在だ。

  シリアと北朝鮮は1973年のイスラエルとの第4次中東戦争で北朝鮮がシリアに援軍を派遣するなど加勢したことが縁となっている。 特に両国の関係は、先代のハーフィズ・アサド大統領と金日成主席とが義兄弟のような関係を結んだこともあって、今も強い絆、連帯感で結ばれている。シリアの執権党、バース党がモデル、お手本にしたのがまさに朝鮮労働党である。

  朝鮮労働党の指導の仰いだ結果、アサド父子はバース党一党支配による長期独裁体制を築くことができたともいえる。シリアもまた、北朝鮮への義理と恩があって韓国を今もって承認していない。

  両国とも世襲体制下にある。金正恩第一書記が三代目、バッシャール・アサド大統領が二代目であることが唯一異なる点だが、金家とアサド家はそれぞれ67年、44年と長期にわたって政権を維持しているという点では同じだ。

  両国は、先代の志を継ぎ、現在も政治、軍事的関係を強化している。2007年9月にイスラエルが奇襲攻撃し、破壊したシリア北部に建設中の核施設が北朝鮮の支援によるものとの疑惑が高まったことは周知の事実である。また、北朝鮮にとってシリアは武器、ミサイル売却の顧客でもある。

 それだけに、シリアのアサド政権がひっくり返り、仮に親米と化せば、北朝鮮にとっては痛手になることは言うまでもない。