2019年3月9日(土)

 米国への牽制? それとも本当に発射? 世界の耳目は「東倉里」に!

復旧した「西海衛星発射場」(写真:ロイター/アフロ)


 北朝鮮が廃棄を約束していた平安北道鉄山郡の東倉里ミサイル発射施設「西海衛星発射場」の復旧が急速に進み、米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は7日、「正常な稼働状況」に戻ったと分析している。また、ミサイル製造施設である平壌山陰洞ミサイル総合研究団地でも物資運送用車両の活動が韓国の情報機関によって確認されている。

 北朝鮮は昨年4月20日に党中央委員総会を開き、核実験と中長距離弾ミサイル及び大陸間弾道ロケット試験発射の中止を宣言し、金正恩委員長自身もシンガポールでの初の米朝首脳会談でトランプ大統領に東倉里施設の解体を約束していた。また、3か月後に平壌で行われた文在寅大統領との首脳会談でも「東倉里のエンジン試験場とミサイル発射台を関係国専門家の立ち会いの下に永久に廃棄する」と約束していた。さらに、今回のベトナムでのトランプ大統領との二度目の首脳会談でも「大陸間弾道ミサイルを発射しない」と確約していた。

 国際社会への、米韓首脳への約束を破れば、その代償が高いことは金委員長自身が誰よりも知っているはずだ。それだけにリスクを冒す可能性は極めて低いが、唯一、気になるのは合意破棄覚悟の上で過去に発射した「前科」があることだ。今から7年前の2012年4月13日の発射がそれだ。

 建国の父・金日成主席の生誕100周年(4月12日)の翌日に 北朝鮮は人工衛星「光明星3号」を打ち上げたが、その約1か月半前の2月29日に北朝鮮はオバマ前政権との間で以下のような合意を交わしていた。

 「米朝は関係改善の努力の一環として信頼醸成措置を同時に講じることで合意する」

 米国は信頼醸成措置として▲北朝鮮をこれ以上敵対視せず、自主権尊重と平等の精神で両国の関係を改善する準備ができていることを再確認する▲米国は文化、教育、スポーツなど各分野で人的交流拡大の措置を講じる意思を表明する▲北朝鮮に24万トンの栄養食品を提供し、追加の食糧支援を実現するために努力する▲対北朝鮮制裁が人民生活など民需分野を狙わないことを表明する▲6者会談が始まれば、制裁解除と軽水炉提供を優先的に論議することを約束した。

 一方の北朝鮮も米朝高位級会談に肯定的な雰囲気を維持するため実りある会談が行われる期間▲核実験と長距離ミサイルの発射を行わない▲寧辺のウラン濃縮活動を臨時停止し、国際原子力機関(IAEA)の監視を受け入れることを確約していた。

 しかし、北朝鮮はこの「2.29合意」を無視し、発射を強行した。「停止を約束したのはミサイルであって、人工衛星ではない」と抗弁したが、仮に衛星打ち上げのロケットであっても国連安保理決議は「弾道ミサイル技術を使用した発射をこれ以上実施しない」ことを要求していたので明かに決議違反だった。

 オバマ政権は北朝鮮の合意破りを非難したが、北朝鮮は「国際法で公認された宇宙利用の権利である」「6か国協議共同声明には人工衛星を発射してはならないとの合意はない」「平和的な衛星打ち上げは米朝合意とは別問題である」等と反論し、合意の破綻を意に介さなかった。結局、米朝合意は破棄され、栄養食品の支援も見送られた。

 金正恩委員長は2016年2月に「光明星4号」が発射された際に「実用衛星をもっと多く発射せよ」と指示し、この指示を受けた北朝鮮の国家宇宙開発局(NADA)は7か月後には推進力を3倍に増やした新型の停止衛星運搬ロケット用大出力エンジンを開発し、その地上噴出実験を成功させている。

 北朝鮮が最後に発射した2017年12月27日の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15型」は全長22メートル、2段式であるのに比べて「光明星」は全長30メートル、3段式で一回りも、二回りも規模が大きい。

 当時、米航空宇宙研究機関の「エアロスペース」は「38ノース」への寄稿文で「北朝鮮が公開したエンジンは小型無人用探索装備を発射するには十分だ。停止軌道に通信衛星など多様な低高度偵察衛星を発射するのに適している」と解析していた。また、ロシアの政府系メディアも2017年11月に訪朝したロシアの軍事専門家のコメントとして「北朝鮮は数メートルの解像度を持つ重さ100キロ以上の地球観測衛星1基と静止軌道に投入する数トン以上の通信衛星1基の開発をほぼ完了した」と伝えていた。

 北朝鮮の党機関誌・労働新聞は2017年12月25日付の「国家宇宙開発5か年計画」に関する記事の中で「平和的宇宙開発を一層推進し、広大な宇宙を征服していく」と、今後も開発研究を進めていく意思を明確にしていた。労働新聞が「宇宙開発の権利」を主張する記事を掲載したのは2017年12月の1か月だけで計3回。人工衛星の研究・開発が金正恩政権の重要な国策の一つであることがわかる。

 「宇宙開発は我々の自主権の権利行使である」との立場に立つ北朝鮮は国際社会が批判しようが、安保理が制裁を掛けようが、中国が説得しようが、これまで人工衛星の開発、発射を中断することはなかった。

 しかし、仮に金委員長がシンガポールでの首脳会談でトランプ大統領に人工衛星発射場と称している東倉里の「西海衛星発射場」の解体、閉鎖に同意したならば、人工衛星の開発計画も断念、放棄したことになる。

 今回のベトナムでの首脳会談で北朝鮮は制裁解除の見返りとして核実験と大陸間弾道ミサイルの試験発射を永久的に破棄することを文書で確約し、提出することを申し出たが、濃縮ウラン施設の破棄を最優先した米国が受け取らなかったことで北朝鮮が「人工衛星」を大義名分に発射に踏み切る可能性も決してゼロではない。

 米国から譲歩を引き出すための単なる牽制なのか、それとも、本当に発射を再開する気なのか、世界の耳目は東倉里に向けられている。