2009年5月25日(月)

「雌鳥鳴くと、国滅びる」

 盧武鉉前大統領の自殺は、大きな衝撃となって韓国社会、政界を揺さぶっている。

 遺体が安置されている釜山の自宅には弔問客が長蛇の列をなしているが、盧武鉉前大統領を自殺に追いやったと批判の対象とされている政治家は与野党関係なく、弔問を拒否されているようだ。その中には与党のハンナラ党の幹部のほか、盧前大統領批判の急先鋒だった先進自由党の李会昌党首や盧前大統領の後継者として李明博大統領と大統領選挙を戦った鄭東泳・民主党元代表らも含まれていた。民主党幹部らが門前払いをされているのは前大統領を守らなかったのかへの批判による。

 また、「李明博政権の政治報復の犠牲となった」と受け止めている地元の人々は、李大統領からの顕花を拒否する始末だ。そのため李大統領は弔問の意向を表明しながらも、現地へ行くべきかどうか苦慮している。

 検察も動揺を隠し切れてないようだ。検察庁長官は責任の一端を感じたのか、直ちに哀悼の意を表明し、前大統領への捜査終了を宣言したが、盧支持者らの怒りは収まらず、長官の辞任を求める声すら起きている。

 盧前大統領の自殺をめぐっては遺書が残されていたこともあって様々な風聞が流れているが、死人に口なしだ。

 盧前大統領は2003年に大統領に就任した当時、国民に「特権と差別の是正」、「不正腐敗の追放」、「良い政府の具現」を公約した。いずれも歴代大統領が成し遂げられなかった国民的課題である。意気揚々とし、やる気まんまんだった。この人なら、と国民に大いに期待されていた。しかし大統領に就任して理想と現実の違いを思い知らされたようだ。

 「特権乱用」と「不正腐敗」という点では歴代大統領ほどひどくはなかったが、それでも同じ身であったことには間違いない。おそらくファミリーが多額の献金を受けていたことで誰よりもショックを受けたのは本人自身ではなかっただろうか。所詮、周りから「祭り上げられた存在」に過ぎなかった。

 韓国の大統領は5代続いて、不正献金にまつわる金銭スキャンダルに見舞われたが、共通しているのは、大統領夫人及びその兄弟がいずれも連座していたことだ。全斗煥元大統領、金大中元大統領の場合も、夫人の兄弟が真っ先に金銭授受で逮捕されていた。盧前大統領の夫人の場合も、「不正献金授受疑惑」で真っ先に検察に呼ばれ、事情徴収されていた。

 韓国には「雌鳥が鳴けば、国滅びる」という「格言」があるが、大統領夫人が出しゃばれば、ろくなことはないという意味だ。朴正煕元大統領の夫人の陸英修女史から始まり、韓国の大統領夫人は夫の威厳を笠に振舞ってきた。人事に口を挟んできた夫人もいたほどだ。控えめな日本のファーストレディーとは大違いだ。

 韓国では大統領夫人は尊敬の念を込めて国民から「徳夫人」(トップイン)と敬称される。しかし、全斗煥元大統領の夫人の李順子女史の場合、顎(トッ)がしゃくれていたこともあって、別な意味で「トップイン」と呼ばれていた。「出しゃばり夫人」という意味だ。 

 貧農の出身で、かつ学歴社会の韓国にあって高卒の出での夫と結婚し、大手企業とは縁もゆかりもない貧しい庶民派弁護士だった夫を支え、国会議員選挙では何度も落選の苦渋を舐めながらも最後は大統領にまで押し上げた「あげまん」が最後は夫の足を引っ張ったと言えなくもない。

  病院に安置されていた遺体を見て、夫人が失神したとのニュースを聞いて、波乱万丈のこの夫婦が歩んできた人生こそ、歪んだ韓国社会の縮図と言えなくもない。