2010年4月17日(土)

ハムレットの李明博大統領

 沈没した韓国海軍哨戒艦の艦尾がやっと引き揚げられた。中から回収された無残な水死体に遺族は泣き崩れ、その姿を見て、多くの国民は哀れ悲しんだ。

 沈没の原因は北朝鮮による魚雷攻撃によるとの見方が支配的になってきた。それに伴い、韓国内では保守団体などを中心に報復の声が高まりつつある。今のところ、軍部は音無しの構えだが、同僚がやられた恨みは想像を絶するものがある。

 韓国の新聞「ソウル経済」はこれから韓国が取るべき報復手段として軍事的対応、経済的対応、国際的対応の三つのオプションを挙げていた。

 軍事的対応としては@海の境界線であるNLL(北方限界線)とDMZ(軍事境界線)で北朝鮮の領海侵犯、挑発の動きがあった場合は放置せず、即座に軍事攻撃を加えるA米軍と協力して韓国艦隊の脅威となっている北朝鮮の軍事基地を叩くB戦時作戦統制権の韓国移譲を延期し、縮小傾向にあった米韓軍事訓練を一層強化し、北朝鮮を軍事的に圧迫する等が挙げられている。

 経済的には@開城工業団地開発をはじめあらゆる南北交流を中断するA民間部門を含め人道支援を全面中断するB国連の制裁をさらに強化するC北朝鮮の経済的スポンサーである中国に対して北朝鮮支援をストップするよう要請することなどが指摘されている。

 最後に国際社会での対応としては@米国に北朝鮮テロ支援国の再指定を要請するA北朝鮮への投資を表明している国々に投資の自粛を要請するB核関連で国際的圧力を一段と強めることなどが考えられている。

 しかし、どれもこれもリスクを伴い、ブーメランとして韓国に跳ね返ってくる。

 第一に、軍事的報復は、やったらやり返せと、報復合戦となり、へたをすると局地紛争、全面戦争を招きかねない。戦争を覚悟しなければ、とてもできない話だ。軍事報復は、厳戒態勢下にある北朝鮮にとっては、「飛んで火にいる夏の虫」である。

 米紙クリスチャン・サイエンスモニターが、李明博大統領は北朝鮮の犯行を裏付ける確実な証拠があっても、「北朝鮮の仕業である」とそう簡単には発表できないかもしれないと報じていたが、痛いところを突いている。

 韓国は世界的な経済危機を抜け出し、今年5%の経済成長率を目標としている。6月にはG−20財務長官・中央銀行総裁会議があり、11月にはG−20首脳会議も予定されている。このようなときに、朝鮮半島で政治的、軍事的緊張が高まれば、韓国は投資対象国から投資回避国に成り下がり、好転した経済が急落するというのが、その理由のようだ。

 仕返しはしたいものの、経済が悪くなるのも困るということのようだ。

 ならば、経済的報復ということになるのだが、李明博政権になって、経済交流及び経済協力はほぼ中断状態にある。従って、中断するにもその対象がないのが実情である。

 開城工業団地からの撤収を求める声もあるが、ここを止めて困るのは北朝鮮以上に韓国の方かもしれない。

 韓国はこの工団開発のため鉄道や道路などインフラ整備への政府の投資が1兆ウォン、民間企業の設備投資が5千億ウォンと、これまでに1兆5千億ウォン相当を投じてきた。仮に撤収となれば、投資額が全てパーとなる。

 仮に開城工団が完全に閉鎖された場合、北朝鮮側の年間外貨収入損失額は420億ウォン程度だが、韓国は、現代経済研究所の統計では、現在建築中の工場が完成された場合に創出される2兆4千9百ウォン相当の経済的効果を失うことになる。あまりにもデメリットが大きい。

 国際的共助での報復についても、事は簡単ではない。

 米国などの力を借りて、国連による外圧を加えた場合、せっかく再開の兆しが出てきた核問題をめぐる6か国協議が再び凍結してしまいかねない。オバマ政権が最優先としている核問題の解決がさらに遠のく恐れがある。

 それどころか、このまま現状を放置すると、プルトニウム核開発だけでなく、ウランの核開発に拍車をかけてしまいかねない。気がついた時には、プルトニウム爆弾に続き、ウラン型爆弾を手にするという悪夢を見るかもしれない。

 北朝鮮という国は圧力には反発で対抗する国であることを米国の歴代政権はいやっと言うほど味わってきた。

 オバマ政権に対しても昨年4月に国連がテポドン発射非難決議を採択した時には北朝鮮は言うことを聞くどころか、「自衛的核抑止力の強化」で対抗し、6月の核実験制裁決議を出したときにはおとなしくなるどころか、プルトニウムの兵器化とウラン濃縮作業の着手を公言し、さらに昨年9月に米国が北朝鮮の資産凍結を行った時には「ウラン濃縮試験が成功裏に進んでいる」と威嚇してきた。

 最近では、今月米国が北朝鮮を核使用の攻撃対象から外さなかったことについて北朝鮮は「自衛的抑止力を強化し、100%我々の原料と技術に依存した軽水炉が稼動することを(世界は)目撃するだろう」と宣言したばかりだ。

 どれもこれも、韓国にとってリスクを伴うものばかりだ。さりとて、6月2日はソウル市長選など全国地方自治体選挙がある。

 李明博政権にとっては国民の審判を受ける初の中間選挙である。勝利するためにも「罪を犯した者には断固とした措置を取る」と言った以上、何らかの報復をしなければならない。

 李大統領も5月中の決断を迫られている。