2008年10月30日(木)

効果が上がらない経済制裁

 漆間巌官房副長官は29日の拉致問題対策本部関係省庁対策会議で、拉致問題解決の手段として現在実施している経済制裁について「今の北朝鮮への制裁を検証した結果、北朝鮮が痛痒を感じないものであって、圧力にはならない」と、制裁の効果を検証したうえで、「大事なのは北朝鮮が本当に困る圧力をかけられるかどうかだ。今後、工夫する必要がある」と述べていた。

 漆間巌副長官は04年8月から07年8月まで警察庁長官を勤めていた時代「北朝鮮への圧力を担うのが警察。潜在的な事件を摘発し、実態を世間に訴える。北朝鮮関係者が起こしている事件は徹底的に捜査するよう全国警察に求めている。有害活動を抑える意味でも大事だ」と述べ、圧力の陣頭指揮を取っていたことで知られている。

 制裁、圧力の象徴的存在である漆間巌官房副長官が、「今の制裁は北朝鮮への圧力にはならない」と発言したことは、効果が上がってないことを実質的に認めたことに等しい。

 日本政府はこれまで北朝鮮に以下のような経済制裁法案を成立させた。

 2002年にキャッチーオール規制と改正外国為替法(北朝鮮への送金を規制する法律)を成立させ、2003年には外国船舶安全性検査(PSC)を実施した。2004年には特定船舶入港禁止法(万景峰号の入港などを禁止する法律)を成立させ、2005年には改正油濁損害賠償法(保険会社に未加盟の船の入港を禁止する法律)を通した。さらに保険付き郵便物(限度額48万円)の検査を強化し、郵便窓口で送金主への金額の確認。郵便物の開封を求めた。また、外国為替及び外国貿易法に基づき、国内の輸出関連企業100社を対象に軍事転用されていないか、抜き打ち検査を行なってきた。

 これら規制方案とは別途に、2004年12月には食糧支援など人道支援の凍結を決め、さらに2006年7月には北朝鮮のミサイル発射に抗議し、万景峰号の入港を禁止した。2ヶ月後の9月には資金の移転防止措置も講じた。そして、10月には北朝鮮の核実験との関連で全ての船舶の入港禁止と北朝鮮製品の輸入禁止措置、北朝鮮からのチャーター便の乗り入れ禁止などの制裁措置を発動した。

 経済制裁の結果、金融機関による送金(貿易は除外)は2001年=5億8千7百万円(25件)があったのがほぼゼロとなった。現金などの携帯輸出額も2001年=38億4千万円(392件)から大幅に減少した。北朝鮮船籍入港は2002=1,415隻あったものこれまたゼロとなった。アサリも紅ズワイガニなどカニの輸入も2005年3月からは全面ストップとなった。その結果、日朝貿易は2001の4億7千5百万ドルから昨年は1千万ドルを切って700万ドルの有様だ。それでも効果が出なかったとは。

 経済制裁の効果とは、北朝鮮が交渉の場に出て、拉致問題で誠意を示して初めて「あった」と結論付けられる。具体的には生存者の存在を、特定失踪者の存在を認め、日本に返してこそ、「効果があった」と評価できるのである。北朝鮮の経済に打撃を与えるのが制裁の本来の目的ではない。

 中朝貿易は2001年の7億3千7百万ドルから昨年は19億ドルに跳ね上がった。また、韓国と北朝鮮の南北貿易も2001年2億7千6百万ドルから17億9千万ドルと6倍の伸びを示した。

 中国は北朝鮮に鉱山の利権を得るため12億ドルも投資しているし、韓国の北朝鮮に対する経済支援は2002年から07年まで12億3千万ドルに達している。

 北朝鮮とは疎遠の関係にあったEUも北朝鮮との貿易に本腰を入れ始め、今年上半期は昨年同期の26%増の8千8百万ドルを記録している。

 米国の敵性交易法の解除とテロ支援国指定解除により北朝鮮が今後、国際金融機関などへの加入が認められれば、ベトナムの例を取るまでもなく、国際社会からの融資、借款を得ることも可能となる。

 韓国の現代経済研究院の報告書(米国の対北経済封鎖解除の経済的効果)によれば、米国との貿易が正常化し、北朝鮮が世界貿易機構(WTO)に加入すれば、北朝鮮の貿易額は現行の29億ドル(07年度)から19倍の551億ドルに伸びるそうだ。

 小泉純一郎元総理は現職の06年3月の国会答弁で「私が訪朝した2002年当時とは随分違う。韓国や中国が経済的に支援している中にあって日本だけが経済制裁して効果があると思えない」と言っていたが、その通りの結果となった。

 北朝鮮は同じ拉致被害者を抱えるタイとの間でも昨年は1億9千万ドルと減少したものの06年には4億ドルの貿易量があった。

 政府は10月15日、全閣僚をメンバーとする拉致問題対策本部(本部長・麻生太郎首相)の会合を首相官邸で開き、拉致被害者の早期帰国を目指す方針を確認した。麻生首相は席上、「事件発生からすでに30年という時間がたっている。(被害者家族は)かなりの年配ということもあり、一刻の猶予も許されない」と強調した。そのうえで「日本は日朝関係を前進させる用意があるとずっと言っている。待っているのは北朝鮮の行動であり、早急な帰国実現を強く求める」と述べ、拉致被害者の再調査委員会の設置など北朝鮮側に具体的な行動をとるよう求めた。

 しかし、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は22日、日本と8月の実務者協議でまとめた拉致被害者再調査や制裁一部解除などについて、麻生政権は「これらの合意を白紙化した」と主張、「日本と懸案を協議し解決することは空虚であり、時間の浪費でしかない」と批判する論評を掲載した。

 麻生太郎首相は30日昼、北朝鮮による拉致被害者の再調査委員会の設置が実現していないことについて、「対話と圧力は北朝鮮との交渉の基本で、常にどういうふうにやるかが課題だ。8月以降、話が進んでいない。それを見ながら考えることだ」と述べた。再調査がさらに遅れれば北朝鮮への経済制裁を行う可能性を示唆した発言だ。首相官邸で記者団の質問に答えた。これに関連して、河村建夫官房長官も同日午前の記者会見で「(再調査の動きが)全然起きないとなれば、さらに圧力を強めていかなければいけない」と強調した。

 拉致問題をめぐっては、漆間巌官房副長官も29日に開かれた政府の拉致問題対策本部関係省庁対策会議で、「大事なのは北朝鮮が本当に困る圧力をかけられるかどうか。今後、工夫する必要がある」と語り、追加制裁措置を検討すべきだとの認識を示していた。首相と河村氏の発言は、追加経済制裁を行う場合の条件を示したものだ。