2009年6月9日(火)

金総書記の実妹は「江青」か「淀君」か

 昨日、金正日総書記の実妹である慶喜(日本では「敬姫」と表記)氏が、平壌音楽大学で歌劇を指導した兄の金総書記に夫の張成沢氏と共に随行したことがメディアで取り上げられた。

 後継者問題が騒がれている折に金総書記の実妹が十数年ぶりに表舞台に登場したわけだから注目を集めるのは無理もない。というのも慶喜氏については、これまで様々な憶測が流れていたからだ。

 アルコール中毒症説から、護衛官との浮気説、そして離婚説まで流されていた。あげくには昨年夏に脳障害で倒れたのは金総書記ではなく、慶喜氏で、「フランス人脳外科医が正男氏に頼まれ、平壌で治療したのは、慶喜だった」等の怪情報もあった。

 最近では、「後継者に長男の正男を推している」「正雲を推す第5夫人の金玉と対立している」など後継者絡みで韓国のメディアに面白おかしく登場していた。いずれも検証のしようのない伝聞だが、慶喜氏が健在だったことはこれではっきりした。  

 朝鮮中央通信に紹介された肩書きは「党中央委員会部長」だった。この肩書きでの紹介は、1995年10月以来実に14年ぶりのことだ。彼女は1991年に党軽工業部部長に就任している。18年間も同じポストにいるとは考えられない。しかし、その後、解任されたとか、更迭されたとの話も伝わっていない。

 今回の金総書記の視察は工場など彼女が担当する軽工業関連ではない。彼女が随行するのは明らかに場違いだ。もしかしたら、担当が変わっているのかもしれない。

 もう一つ意外なことがあった。夫の張成沢氏よりも先に紹介されていることだ。

 北朝鮮ほど序列を重視する国はない。夫は情報機関の国家安全保衛部と警察の人民保安省の二つの権力機関を総括する党行政部長のポストにある。まして、金総書記の名代、あるいは代行的立場にある実力者とも言われている。その夫よりも、また崔益圭党宣伝部長よりも先に名前を紹介されたということは、慶喜氏の方が格上であるということだ。

 慶喜氏は1994年の金日成主席の国葬の時も、1995年の呉振宇人民武力相の国葬でも序列は40番台だったのに対して、夫の張部長は100番台だった。過去も、今も、彼女のほうが夫よりも力があるということだ。換言するならば、彼女こそが影のN0.2で、金総書記の隠れた右腕である。

 彼女は夫と共に金家からの跡継ぎを支える役割を担うのだろう。金総書記はかつて「慶喜が言うことは、私の言うこととして聞け」と部下に訓示したことがあった。毛沢東主席の晩年に権力を振るっていた江青のような「女帝」として君臨するかもしれない。あるいは金総書記に万が一の場合は、豊臣秀吉の後継者である秀頼の母親、淀君のような存在になるのかもしれない。やはり、なんだかんだ言っても最後に頼りにするのは「血統」のようだ。