2007年6月28日(木)

「第二の平島筆子事件」の余波

 4年前に北朝鮮から日本に脱北してきた石川一二三(朝鮮名:ト・チュジ)さん突然北京を経由して平壌に帰ってしまった。2年前に北朝鮮に戻った平島筆子さんと同じケースだ。

 石川さんは北京の北朝鮮大使館で「悪い人間にだまされ(日本に)誘拐された」「日本は氷のように冷たかった」と語っていたが、「悪い人間にだまされた」というのは、北朝鮮当局からそう述べるように言われたか、あるいは保身上そう言わざるを得なかったのかどちらかだろう。北京の北朝鮮大使館で「金正日将軍万歳!」叫んだ平島さんを連想してしまった。

 国から生活保護を受けながら、人道団体からサポートされながら「日本は氷のように冷たかった」と言うのは言い過ぎだとは思うが、政府の場合、彼女から「冷たかった」と言われてもある意味で仕方のない面もある。

 日本人妻や在日朝鮮人脱北者は法的には「不法入国者」あるいは「難民」扱いとなっているので、国籍を含め身分が定まっていない。このため就職もままならず落ち着いた生活ができない。また飢えた貧困の、怖い国から来たということで周辺から色眼鏡で見られ、疎外感を感じる脱北者もいる。

 かつて、日朝政府間合意に基づき正式に一時里帰りした日本人妻がそうだった。日本の親族の中には、驚いたことに数十年振りの再会を拒み、門前払いした人もいるほどだ。結局親族には誰一人会えないまま、涙ながら北朝鮮に「帰国」した日本人妻も何人かいた。

 平島さんもそうだが、北朝鮮に子供や孫、家族を残し単身脱北した人の精神的苦痛と苦悩は想像以上だ。正月やお盆に一人で過ごさなければならない孤独感、肩身の狭い思いをしている家族への「贖罪意識」、そして高齢からくる将来への不安や絶望感から、苦しくても最後は子供、孫と共に一緒に住もうと北朝鮮に舞い戻ってしまう。

 今回の場合も、支援団体の説得を振り切る形で北朝鮮に行ってしまった。そして、北京での日本非難の記者会見だ。これでは何のためにリスクを侵して受け入れたのかわからない。このままでは北朝鮮に「日本も拉致しているではないか」との「反撃の材料」を与えるだけだ。脱北問題と拉致問題を相殺させるわけにはいかない。

 彼女には帰国後は北朝鮮当局の事情聴衆が待ち受けている。脱北ルートから手助けした協力者の身元まですべて打ち明けてしまうかもしれない。彼女の「証言」を基に脱北をバックアップした人道団体やNGO関係者らが北朝鮮当局によって「指名手配」され、引渡しを求められるかもしれない。

 先頃青森に漂着した北朝鮮の「ボートピープル」の問題は日本政府に脱北者問題への新たな課題を突きつけたが、何はともあれ、現在日本で暮らしている脱北者が北朝鮮に戻らないで済むような精神的、物理的ケアーを施すことだ。日本にいる脱北者の面倒すら見られず、どうやって新たな脱北者を受け入れることができようか。