2008年3月11日(火)

「拉致工作幹部浮上」が意味するもの


 拉致問題が久しぶりにマスコミの俎上に載った。朝日新聞が11日の一面トップで地村保志夫妻と蓮池薫夫妻の拉致を北朝鮮の工作機関「対外情報調査部」の当時のトップ二人が指示していたとの警察の捜査結果を記事にしたからだ。名前も、当時部長だった李完基(イ・ワンギ)と副部長の姜海竜(カン・ヘリョン)と特定されていた。

 日本人拉致にはこれまでにキム・セホ、キム・ナムジン、ハン・グムミョン、チェ・スンチョル、キム・ミョンスク、ユ・スンチョル、シン・グァンスら7人の工作員が関与、もしくは実行したことが明らかにされている。

 金正日総書記は2002年9月17日の日朝首脳会談の席で小泉総理(当時)に「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走って行なった」と釈明していたが、対外情報調査部のNo..1とNo.2が直接指示し、調査部に所属する7人の工作員が実行したということは、日本人拉致は必然的に対外情報調査部の組織ぐるみの犯行という結論に達する。

 しかし、唯一指導体制、体系下の北朝鮮にあって対外情報調査部もまた上層部からの指令、許可なく勝手なことはできない。対外情報調査部を直轄しているのは労働党で、担当者は対南書記だ。従って、対外情報調査部を指導する対南担当書記も、少なくとも日本人拉致を承知、もしくは指示していた疑いが浮上してくる。当時、対南担当は空席で、金正日組織・宣伝担当書記が兼ねていたと取り沙汰されている。そうなると、金総書記にも責任が及ぶ可能性が出てくると、韓国のマスコミは指摘している。

 夫の申相玉監督と共に78年に北朝鮮に拉致され、その後脱出した韓国の女優崔銀姫さんの手記「闇からのこだま」に金総書記(当時書記)と李部長とが一緒に写っている写真が載っているのもその疑いを強める根拠の一つになっている。さらに、もう一つ、問題とされているのは、金総書記に「偽証」の疑いが出ていることだ。

 金総書記は小泉総理に対して「私が承知するに至り、これらの事件に関係した責任ある人々は処刑された」と説明していたが、対外情報調査部の幹部らの関与が明らかになった今、98年に「責任ある人」として処刑されたとされるチャン・ボンリムは「替え玉」ということになる。

 そもそもチャン・ボンリムは日本人拉致事件が頻発した77年から80年までの間は、対外情報調査部には在職していなかった。その期間は人民武力部偵察局で翻訳室長をしており、対外情報部に副部長として異動したのは89年からで、従ってこの時期の日本人拉致には関わっていないことになる。また、拉致事件との関連で処分(懲役15年)されたとされるもう一人、キム・ソンチョルは、対外連絡部の人間で、対外情報調査部には属していない。

 朝日新聞は「指示に関わった幹部の存在が浮かんだことで、北朝鮮が二人の現在の消息や、金総書記と二人の関係についてどう説明するかなどが今後の日朝交渉の焦点となる」と書いていたが、「拉致問題は終わった」との立場を取る北朝鮮が弁明するはずもなく、また「誰が指示したか、私にはわからない」と高村外相が野党議員の質問(07年12月5日の国会で)を交わしたところをみると、外務省も本気になって金総書記との関係を追及する気はなさそうだ。結局のところ、1973年に発生した金大中拉致事件と同じように最終的な責任の所在はうやむやになってしまうかもしれない。