2013年9月6日(金)

訪朝したロッドマンは「囚人」を釈放できるか

 米プロバスケットボール(NBA)の元スター選手、デニス・ロッドマン氏が3日、再訪朝した。空港ではタラップから降りると、北朝鮮差し回しのベンツ―で、入国審査を経ず、そのままホテルに直行するなど今回も、VIP扱いを受けている。

 ロッドマン氏の訪朝の目的は名目上、米朝スポーツ交流にある。空港には北朝鮮五輪委員会の副委員長が出迎え、10日までの滞在期間中にバスケットやテコンドの観戦がスケジュールに組まれている。

 しかし、国際社会の関心は、「敵対犯罪行為」の罪で囚われている在米韓国人、ペ・ジュンホ氏の釈放をロッドマン氏が金正恩第一書記に働きかけ、実現できるかどうかにある。

 金正恩氏は公衆の面前で抱き合うほどロッドマン氏の大ファンである。

 前回、金第一書記は、ロッドマン氏よりも1月前に北朝鮮のシンパであるリチャードソン元米ニューメキシコ州知事に引率され訪朝したエリック・シュミット・グーグル会長一行とは会わなかった。しかし、ロッドマン氏には特別に時間を割き、宴会を催したばかりか、自らエスコートし、スポーツ競技を共に観戦していた。前回の光景を見れば、今回も再会の可能性は大だ。

 仮にロッドマン氏がペ氏の釈放を求めれば、正恩氏は無下には断れないだろう。だからといって、「連れて帰って結構」と、即釈放とはならないだろう。

 過去にクリントン元大統領が、韓国系と中国系の女性ジャーナリスト2人を、またカーター元大統領が米人宣教師の即釈放を訪朝して実現したことがあった。しかし、2011年の韓国系牧師の時にはカーター元大統領が再び訪朝したものの即釈放に失敗している。この時、カーター氏は金正日総書記にも会えなかった。

 当時、カーター元大統領は金永南最高人民会議常任委員長に会って、釈放を要請したところ、「要求は受け入れられない」と拒絶されていた。カーター訪朝から1か月後に国務省のキング北朝鮮人権担当特使が訪朝し、米政府を代表して遺憾を表明し、再発防止を約束したことで北朝鮮がやっと解放した経緯がある。

 大好きなロッドマン氏のたっての頼みとはいえ、元大統領の要請すら聞き入れなかった北朝鮮が米政府を代表する立場にない一民間人のために数少ない対米交渉カードである、それも「虎の子」をあっさり手放すとは考えられない。釈放を約束したとしても、その時期は、少し先になるだろう。

 本来ならば、ペ氏の釈放問題はキング特使が8月30日に訪朝して、話し合うことになっていた。ところが、北朝鮮は直前になってドタキャンしてしまった。米韓合同軍事演習にB52戦略爆撃機を出撃させたことが原因と伝えられているが、真相は、キング特使が手土産を持参せず、手ぶらのまま来て、連れて帰ろうとしたことに北朝鮮が「虫が良すぎる」と、反発したからではないだろうか。

 北朝鮮が期待している「手土産」はおそらく二つある。一つは、オバマ政権が米朝及び6か国協議に速やかに応じること、もう一つは、信頼関係を構築するうえで恩赦の見返りとして米国が人道支援を再開することにある。

 北朝鮮駐在の国連人道機関関係者の話では、今北朝鮮では、全人口の3分の2にあたる1600万人が慢性的な食糧不足の状態にある。5歳以下の幼児にいたっては28%が栄養失調に瀕している。

 今年の食糧の不足分、50万7千トンのうち57%しか確保できず、10月までに残り21万トンを調達しなければならない。さらに保健や栄養補給のためには9800万ドルの援助資金が必要とのことである。

 米国には昨年2月の米朝合意で供与を約束した24万トンの栄養食品(1億9千万ドル相当)がある。北朝鮮が人工衛星と称してミサイルを発射し、合意を事実上破棄したため棚上げ状態のままとなっている。北朝鮮がペ氏を人道的配慮から釈放する見返りとして、米国にそれ相応の人道的対応を求めているならば、キング特使の訪朝を必ずリセットするはずだ。

 ロッドマン氏はそのための繋ぎにすきない。北朝鮮の交渉相手は、ロッドマンではなく、オバマ政権であり、米国務省であるからだ。