2015年7月17日(金)

 イランの次は北朝鮮? 答えは「ノー」

 イランの核問題が外交的に妥結したことで北朝鮮の核問題がクローズアップされている。韓国内では「イランの次は北朝鮮」と外交解決を期待する向きもあるが、米国内では「イランと北朝鮮では次元が異なる」と冷めた見方が支配的だ。その理由は、北朝鮮の核問題はイランのそれより深刻だからだ。

 ▲核開発疑惑は北朝鮮が先

 イランの核問題は2002年8月に反体制派が核兵器開発疑惑を指摘したことから浮上し、イラン政府は2年後の2004年4月に低濃縮ウランの製造成功を発表した。

 一方、北朝鮮の核問題は、それよりも13年前の1989年に米国の偵察衛星KH-1及びフランスの地球観測衛星スポットが北朝鮮の寧辺で核施設をキャッチし表面化。北朝鮮はその後、原子炉(5千kw)の存在を認め、「実験用で、平和利用のため少量のプルトニウム(90グラム)を抽出した」と公表した。

 ▲NPT(核不拡散条約)への異なる対応

 イランは1970年にNPTに加盟。発足当初からの加盟国である。1974年には国際原子力機構(IAEA)との間で包括的補償措置(核査察)協定を締結している。

 北朝鮮はイランに遅れること15年後の1985年にNPTに加盟し、1992年にIAEAとの間で包括的補償措置協定を締結した。しかし、査察の仕方をめぐってIAEA及び米国と対立し、2003年にNPTから完全に脱退している。IAEAからも離脱している。

 ▲6か国協議は同じでも異なる構成国

 イランの核問題では、国連常任安保理事国の米国、ロシア、英国、フランス、中国の5か国プラスドイツの6か国の枠組が形成され、2013年11月から協議がスタート。そして、去る7月14日、1年8か月ぶりに解決に向けて最終合意を見るに至った。

 北朝鮮の核問題をめぐる外交交渉は、米朝と周辺国の中国、ロシア、日本、韓国の4か国が加わる6か国で構成され、2003年8月から開催されたが、2008年12月を最後にストップ。オバマ政権下では一度も開かれてない。

 ▲核を保有してないイラン、保有している北朝鮮

 イランはナタンズとエスファハーンに濃縮ウランの核施設を建設し、遠心分離機1万9千基を使って濃縮ウランを製造。現在10トン保有。低濃縮ウラン(4%)から20%近い濃縮ウランへの濃縮により、核兵器に必要な高濃縮ウランの製造に必要な仕事の98%が完了。また、アラクに重水炉を建設中。核起爆装置の開発関連活動も継続しているが、まだ核兵器の製造、保有には至ってない。

 北朝鮮は寧辺に黒鉛型原子炉(5千kw)や再処理施設などを建設し、プルトニウムを抽出。2008年6月にIAEAに対して38キログラムのプルトニウムの量(核爆弾6〜7個分)を申告。すでに2006年、2009年、2013年と核実験を3度も実施している。2013年の核実験は濃縮ウランを使った実験とみられている。北朝鮮は2009年からウラン濃縮作業に着手している。イランと異なり、すでに核を保有しており、5年内にはその数は100個に達するとの予測もある。現在は、核開発を近代化、多様化するとしてミサイルに搭載するための核爆弾の小型化の段階にある。

 ▲国連安保理の制裁決議はそれぞれ4度

 イランへの国連安保理の制裁決議は4度に及ぶ。

 1回目「1737号」は2006年12月で核関連原料及び技術の導入の禁止と核開発計画に関係する個人及び企業の資産の凍結が盛り込まれた。

 2回目「1747号」は2007年3月で武器輸出入の停止と資産凍結の拡張、政府高官ら15人と13の団体を制裁リストに新たに追加した。

 3回目「1803号」は2008年3月で核・ミサイル計画関係者の海外渡航全面禁止、海外資産凍結の対象人物・団体の拡大、「軍民両用で利用可能」な物資・技術の禁輸、輸出禁止物資運搬の疑いがある船舶の臨検調査が定められた。

 4回目「1929号」は2010年6月でイランによる国外のウラン鉱山、核関連物資・技術への投資や弾道ミサイル技術関連への投資を禁止、イランへの供給禁止物資を運ぶ船舶への燃料供給や停泊等のサービス供与の禁止、イランに出入りする禁輸物資搭載の疑いのある船舶や航空機への検査強化。革命防衛隊の関連企業を含む計40団体と1個人を指定。これにより資産凍結の対象は個人41人、75団体に拡大された。

 ▲北朝鮮に対する国連の制裁決議も4回発動されている。

 1回目「1718号」は2006年11月で弾道ミサイル技術を使用した発射の禁止、武器輸出入の禁止、核・弾道ミサイル関連及びその他の大量破壊兵器関連者の入国阻止。

 2回目「1874号」は2009年6月で領内の陸、海、空での貨物検査、すべての兵器・武器の輸出禁止、人道・開発目的以外の北朝鮮への新規融資・援助の禁止、北朝鮮への贅沢品の搬出禁止、核・ミサイル開発に関係する個人・団体の資産凍結措置の拡大。

 3回目「2087号」は2013年1月で兵器開発に利用可能なすべての品目の輸出入統制と金融機関が厳重な監視下に置かれた。

 4回目「2094号」は2013年3月で核・弾道ミサイル計画などに貢献し得る金融サービスの提供停止の義務化と禁輸品が疑われる北朝鮮関連貨物の検査義務付けが盛り込まれた。

 ※これまでに原子力総局の李済善総局長と黄錫夏局長、元寧辺原子力研究所の李済善所長、「朝鮮宇宙空間技術委員会」や同委員会幹部である白賛浩衛星制御センター長ら個人と南川江貿易会社、龍岳山輸出組合(朝鮮リョンボン総会社)ら団体が資産凍結と海外渡航の禁止対象となっている。制裁対象は個人9人、17団体に上る。

 ▲段違いなイランと北朝鮮の経済状況

 GDPはイランの4,041億ドル(2014年 IMF推計)に対して北朝鮮は約154億ドル(2013年基準)とイランの26分の1しかない。一人当たりGDPもイランの5,183ドル(2014年 IMF推計)に対して北朝鮮は約621ドル(2013年基準)とこれまた8分の1にも満たない。

 貿易量ではイランは約1億5千億ドル(輸出880億ドル、輸入520億1千万ドル)なのに対して北朝鮮は約75億ドル(輸出32億ドル、輸入43億ドル)と、イランの18分の1程度。

 イランは国連の経済制裁の発動から9年目にして制裁解除を条件にウラン濃縮活動などを10年以上制限することに同意したが、慢性的な貧困に慣れ、対外貿易依存度の低い北朝鮮には効果が乏しく、逆に北朝鮮の反発を招き、早ければ年内にも4度目の核実験に踏み切るのではと予測されている。

 ▲妥協したイラン、妥協しない北朝鮮

 イランは核保有、核武装の意思を表明せず、あくまで核の平和利用を主張していた。従って、米国など6か国がイランの平和的核利用を保証、担保したことで妥協が成立した。

 一方の北朝鮮は、2005年2月に核保有を宣言し、2012年4月には憲法の前文に核保有の地位を明記し、2013年3月の党中央委員会全体会議で「核と経済の並進路線」を採択した。

 先代の金正日政権は米国など他の5か国との協議で採択された6か国協議共同声明(2005年9月)で米国との国交正常化と平和協定の締結、経済支援を条件に核放棄を約束したが、金正恩政権になってからは共同声明の無効化を宣言。米朝との関係改善だけでなく、朝鮮半島の軍縮と非核化、世界の非核化を核放棄の新たな条件としている。6か国協議も北朝鮮の一方的な非核化を前提としている限り応じないとの姿勢を崩していない。

 イランの核問題は発生から13年目にして解決の方向に動き出したが、北朝鮮の核問題はその倍の26年経っても解決のめどが立たず、むしろ悪化の一途を辿っているのが現状だ。