2015年11月8日(日)

 軍最長老の国葬で判明した崔龍海政治局員の「異変」――失脚か!?

最高司令官である金正恩第一書記と唯一同じ元帥の称号が与えられている李乙雪元帥が7日肺ガンで死去した。

御年94歳の李元帥は、パルチザン時代の金日成主席の直属部下で、朝鮮戦争当時は師団長、戦後は軍団長、そして首都防御司令官などを歴任し、1984年からは親衛隊である護衛司令官(護衛総局局長)として、金日成―金正日政権を二代にわたって支えてきた。そうした功績もあって金第一書記自らが葬儀委員長となり、国葬が執り行われることになったが、8日に発表された170名から成る国家葬儀委員をみると、幾つかの「異変」があった。

最大の異変は、党序列では金第一書記、金永南最高人民会議常任委員長、黄秉西軍総政治局長、朴奉柱総理、金基南政治局員に次ぐ6位にあるが、金第一書記の側近である崔龍海政治局員兼書記(次帥)がリストアップされてなかったことだ。

健康悪化が理由ではないかと一部で取り沙汰されているが、政治生命を重要視する北朝鮮では健康上の問題から仮に職務を果たせなくても、地位と肩書は担保されているので葬儀に出席できなくても、葬儀委員として名前だけを連ねるのがこれまでの慣例である。実際に健康不安が伝えられている外交担当の姜錫柱政治局員の名前は名簿に載っている。

崔政治局員が最後に公の場に姿を現したのは、10月19日の功勲国家合唱団とモランボン楽団の合同公演の場で、金第一書記と並んで観覧していた。崔政治局員が金第一書記の視察から外れたのは、2日後の21日の未来科学者通りの視察からで、それ以後、23日の金鍾泰電気機関車連合企業所、26日の白頭山英雄青年発電所、28日の科学技術聖堂、今月に入ってからも3日の反航空部隊の高射ロケット射撃訓練の視察にも現れていない。

来年5月に36年ぶりに党大会を開催することについて10月31日付の労働新聞にその歴史的意義を強調した崔政治局員の投稿が掲載されていたことや、金第一書記の最側近の一人であることからもしかすると、国葬に出られないほどの重要な任務(外遊)中にあるのではとの見方も出ている。仮に失脚ならば、ごく最近の出来事ということになる。

崔政治局員については昨年2月に韓国の対北朝鮮心理作戦インターネット媒体である「自由北韓放送」が「2月21日午前6時、自宅を出ようとしたところ、軍保衛司令部所属の軍人らに連行され、保衛司令部に監禁された」と報じことがあった。

次に党中央軍事委員である火力指揮局長兼副総参謀長の朴正天上将、3軍団長(前作戦局長)の金春三上将の二人の名前も消えていることだ。

二人とも「準戦時状態」を宣布した8月20日の党中央軍事委員会非常拡大会議には出席していたが、「準戦時状態」を解除した約一週間後の28日の拡大会議で一部軍事委委員の「解任」があったと報道されていたことから一触即発の危機を招いた8月の「拡声器砲撃事件」との関連で責任を取らされ、首が飛んだ可能性が考えられる。ちなみに、二人とも昨年7月の軍需担当の故全炳浩政治局員の時には揃って葬儀委員に名を連ねていた。

さらに、党幹部の中では党民防部長の呉日正上将、さらには金正恩第一書記に影のように付き添っていた李在一党宣伝部第一副部長の名前も見当たらない。2人もまた、全炳浩政治局員の葬儀の時には名を連ねていた。

党第一副部長は6人いるが、組織担当の金敬玉と趙英俊、勤労団体担当の崔希、資金担当の全日春、軍事担当の李炳哲氏ら5人はいずれも全員リストアップされていた。

なお、今年4月に処刑されたとされる前人民武力相の玄永哲大将、金第一書記に異議を申し立てたことで粛清説が流れた前軍第一副総参謀長兼作戦局長の辺仁善大将、今年4月に韓国亡命説が取り沙汰された軍副総参謀長の朴勝源上将らはいずれもリストに名が記されてなかった。このことから「粛清」もしくは「失脚」はほぼ確実とみられる。

なお、朴勝源上将と共に韓国亡命説が流されていた元人民武力部副部長の朴在京大将と、同じく韓国で失脚説が流されていた元海軍司令官の鄭明道大将は今回の葬儀リストに名前が載っていたことでいずれも健在であることが確認された。