2015年9月12日(土)

 現実となった「中朝を離反させ、人権で攻撃せよ」の黄(ファン)元労働党書記の「遺言」

 朴槿恵大統領が9月2日から5日まで訪中し、中国政府の「抗日戦勝70周年」式典に出席し、軍事パレードも参観した。パレードには朝鮮人民軍ではなく、韓国国軍の参観団が招かれた。どれもこれも1992年の国交樹立以来、中韓史上初めての出来事である。

 日米の反発をよそに式典への出席を決断した朴大統領にとって式典は中国との蜜月ぶりを内外に誇示し、「中朝」から「中韓」に時代がシフトしたことを印象付ける場となった。それ即ち、北朝鮮の更なる孤立ぶりを浮き上がらせる結果にもなる。今から5年前に死去した朝鮮労働党元書記の黄ジャンヨプ氏の「提言」が今まさに現実味を帯びつつある。

 黄氏が亡くなったのは奇しくも労働党創建65周年の日にあたる2010年10月10日である。享年86歳であった。黄元書記の訃報は金正日総書記にとっては何よりの「吉報」となった。「裏切り者は消せ」とばかり、亡命から17年間命を狙ってきたのに、直接手を下すまでもなく、心臓麻痺で亡くなったわけだからさぞかし歓喜の声を上げたことだろう。しかし、1年後の2011年12月、黄氏よりも17歳も年下だった金総書記も古希を待たずして69歳でこの世を去った。

 二人は総書記と書記という上下関係にあったが、1997年に韓国に亡命してから黄元書記は最後まで「金正日政権打倒」に執念を燃やしていた。

 黄元書記は2003年10月に米国、2004年4月に日本を訪れたが、日米訪問の目的は金正日政権打倒の策を伝授することにあった。その策とは、一つは、中朝同盟関係に楔を打ち込み、中国を北朝鮮から切り離すこと、もう一つは人権問題で北朝鮮を徹底的に攻撃することであった。今まさに、黄元書記の「怨念」が実を結ぶかのように金正恩政権は中朝関係でも人権問題でも苦境に立たされている。以下は当時の黄氏の「提言」である。

 ▲2003年の米議会向けの「提言」

 「北朝鮮を改革、開放に誘導させるうえで重要なことは、米日韓3国が人権擁護の旗を高く掲げ、北朝鮮の独裁集団の人権蹂躙状態を広く暴露し、北朝鮮独裁集団を世界的範囲で政治、道徳的に孤立せることに一次的な力を注ぐべきである。世界的範囲でその普遍的価値が認められている人権問題を持ち出し、対北政策に対する大義名分を明らかにすることによって北朝鮮統治者らと中国、ロシアとの非原則的な連帯性を断ち切ることである」

 「北朝鮮を全世界的な範囲で政治、道徳的に孤立させ、中国とロシアとの不当な親善関係を断ち切ることは北朝鮮問題解決の2大前提条件である。これらの問題が解決した次に北朝鮮の人民が民主主義的に覚醒し、改革、開放を要求し、果敢に立ち上がるよう彼らに国際社会が物心両面から大々的な援助を与える問題を考慮すべきだ。首領独裁者集団が掌握しているのはごく少数の側近数百人に過ぎない。人民が民主主義的に覚醒し、改革を求め、大衆的に進出すれば独裁者らはそれを防ぐことはできない。仮に北朝鮮が中国のように改革、開放の方向に着実に向かえば、その時こそが朝鮮半島の冷戦が終わったことを意味する」

 ▲2004年の「提言」(論文「北朝鮮問題解決のための戦略的方途」から)

 「金正日政権を除去するならまず中国を北朝鮮から引き離す問題から解決しなければならない。簡単なことではないが、米国が北朝鮮との戦争の覚悟があるならば中国を北朝鮮から引き離すことは決して難しいことではない。中国は北朝鮮問題で米国と日本との関係が悪化するのを望んでない。米国は中国に対して金正日を支える必要性のないことを説得する一方で、北朝鮮に対する中国の影響力を認める必要がある。米国が北朝鮮に対する影響力を独占する考えがないこと、必要ならば金正日除去後の北朝鮮政権が必ずしも親米的でなくても構わないこと、改革開放を支持し、中国、米国に対して平等な関係を持つ政権ならば賛成するとの立場を示す必要がある」

 「米国の目標が金正日独裁政権を崩壊させ、改革開放されることで、またそうすることによって世界平和と世界民主化を促進することが重要であることを中国に強調する必要がある。仮に中国が米国を牽制する手段として北朝鮮を利用するとの古い思考方式に固執した場合、日本と台湾を核武装させるとの点を強調させる必要がある。」

 ▲2006年7月の筆者とのインタビューで
中朝関係について

 「何度も強調しているが、中国が北朝鮮と同盟関係を維持している限り、中国の北朝鮮に対する影響力は0.01%しかない。しかし、同盟関係を絶つということになれば、100%の影響力を持つと思う。これがポイントだ。だから、現状では中国の胡錦涛(主席)が北朝鮮に行ったとしても何も言うことができない。また、金正日が耳を貸さないということも知っている。同盟関係を維持している限り、どうにもできない。これが中国にとっての限界だ」

 「私は金正日政権の命脈を握っているのは中国であるということを常日頃強調してきた。中国との同盟が絶つようなことになれば、金正日政権は死に体となる。従って、同盟関係を絶つ問題が最も重要だ。そのためには日米両国が掲げるべき目標は中国が責任を持って中国式改革・開放に北朝鮮を導くよう働きかけることだ。そうなれば、金正日政権は自然に崩壊するだろう。これにより、核問題も自然に解決される。中国が金正日政権を除去し、朝鮮半島の民主化を実現することが中国にとって米国、日本との協力関係を一層発展させ、中国の安定した発展を保障する道であることを認識させなければならない。仮に米国が、こうした確固不動の決心をすれば中国は決して反発できないであろう。中国に米国と対決する気がなければ、北朝鮮との同盟を維持するために日米と対立するのは中国の根本利益に反するからである」

 北朝鮮の人権問題について

 「核問題だけでは世界から北朝鮮を孤立させることも、中国を刺激させることもできない。何よりも人権問題を最優先させるべきだ。人権問題で中国に圧力を加えれば、中国は手を上げるだろう。国際世論が犯罪国家及び人権蹂躙国とみなされている国と中国が何故に同盟関係を維持しなくてはならないのかとの声を上げるようになれば、中国は手を上げざるを得ないだろう。人権問題で国際世論を喚起させることが必要だ。人権問題で北朝鮮を攻撃するだけでなく、併せて中国を圧迫することも大事だ。だからと言って、中国の人権問題を取り扱うべきではない。それは愚かなことだ」

 なお、黄元書記は北朝鮮の近未来について「金正日体制さえなくなれば、誰が後継者になっても2年以上は続かない」と2004年10月に予測していたが、後継の三男の金正恩政権はすでに4年目を迎えている。どうやらこの「予想」は外れたようだ。