2016年8月11日(木)

 金正恩委員長の首に懸賞金を賭けたビラが散布

懸賞金付きの金正恩委員長の「手配」ビラ


北朝鮮は韓国による「最高尊厳(金正恩委員長を指す)を冒涜する」ビラ散布を中止するよう再三求めているが、韓国内の脱北団体や人権団体による北朝鮮へのビラ撒き攻勢は沈静化するどころか、勢いを増す一方だ。

怒り心頭の北朝鮮もドローンを使い、朴槿恵大統領を誹謗中傷するビラを空中から散布したり、ビニール袋に入れて川の流れを利用して韓国領域に送り込んだりそれなりの「対抗措置」を取っているが、「情報閉鎖国」である北朝鮮と違い、誰もが自国の国家元首を公然と批判できる情報公開の韓国にはほとんど効果がないようだ。

北朝鮮に向けたビラ撒きが公然と、それも頻繁に行われるようになった理由は4つある。

第一に、韓国政府の北朝鮮への対応が対話から圧力一辺倒にシフトしたことだ。

北朝鮮と対話していた頃は、南北関係への影響を考慮し、朴政権はビラ撒き団体に自制を促していたが、「核を放棄しなければ体制を存続させない」との強硬路線に転じた今ではほとんど黙認している。

第二に、米国やEU諸国をはじめ国際社会が支援、応援していることだ。

何よりも国際社会が北朝鮮の核問題やミサイル問題だけでなく人権問題にも非難の声を上げ始め、脱北団体を支援していることが大きい。米国務省は年平均300万ドルを韓国の脱北団体に支援している。この2年間は財政難から支援額が縮小されていたが、米議会の承認もあって今年からはまた増額されている。

第三に、「無慈悲に懲罰する」との北朝鮮の脅しが慢性化し、ビラ撒き団体が全く意に介してないことだ。

北朝鮮が2014年にビラ満載の風船に向け13.5mm高射砲を十数発発射した時には、委縮したものの北朝鮮の「実力行使」は後にも先にもこれ一回限りで、それ以降は「挑発すれば、懲罰する」との韓国軍の警告もあって「反共和国ビラ散布が軍事境界線や海上、空中のどこで行われようが、その散布手段が風船であれ、何であれ、その散布方法が公開であれ、非公開であれ、物理的攻撃を加える」との脅しが全く効いてないのが実情である。

最後に、脱北団体がレゾンデートルをアピールするパフォーマンスとしてビラ撒きが決行されるケースが多いことだ。

韓国には大小、様々な脱北団体、反北団体が存在する。「打倒金正恩政権」で協力関係にあるが、どの団体も、組織維持のためには構成員だけでなく、財源も必要で、多くは韓国民の募金や保守団体からの寄付に頼らざるを得ない。そのためにも存在を知らしめるためのマスコミ受けするパフォーマンスが必要となる。その一つが、ビラ撒きである。

今年も、昨年10月10日の労働党創建70周年に合わせてビラ30万枚と1ドル札2万枚、労働党を批判するUSBDVD500個と韓国宣伝雑誌300冊を入れた大型風船10個を飛ばした「自由北韓連合」なる団体が3月3日と4月6日、4月29日、さらに36年ぶりに開催された党大会に合わせ5月12日にも風船ビラを飛ばしている。6月21日も米国に本部を置いている人権団体「HRF」と合同でビラ30万枚と、一ドル札2000枚とUSB1千個が入った風船を飛ばしている。

先月も「HRF」が約35万ドル投じて製作したドローンを利用し「金正恩暗殺」が主題の映画「インタビュー」のUSBDVDを撒いていたことが話題を呼んだが、そうした最中、今月、金正恩委員長の首に5千万ドルの懸賞金を賭けたビラが登場した。

「懸賞金ビラ」を飛ばしたのは「北朝鮮解放救国戦線」(救国戦線)なる脱北団体で今月6日、非武装地帯付近に集まり、約10万枚を袋に詰め、風船に縛り付けて北朝鮮に向けて飛ばした。

二つ折りのビラの左側には「懸賞手配 懸賞金:米国金 5千万ドル(US弗50,000,000)罪名は殺人、人民迫害(人権蹂躙)−北朝鮮解放救国戦線」と印字されており、右側には氏名、年齢、性格、罪状、さらには「血統」まで書かれてある。「白頭(革命)血統」ではなく、「在日(在日帰国者)の子供」であることを北朝鮮の国民に知らしめることで、後継者としての「正当性」に疑問を抱かせ、造反を促すことに狙いがあるようだ。

「救国戦線」は6年前の2010年9月9日の北朝鮮の建国記念日に合わせて結成された脱北軍人から成る組織である。当時、設立記念写真に納まった軍服らしきものを着たメンバー17人を見ると、前列真ん中に座っている3人を除き、残り14人は全員、サングラスをかけていて、そのうち5人は女性で、中心人物は対北朝鮮宣伝媒体である「北韓自由放送」の金聖民代表である。

「救国戦線」は▲北朝鮮軍を体制転覆の主体に変化させる▲北朝鮮内の反政府勢力と連合し、独裁政治を攪乱すること等を目的として設立されたが、実際には北朝鮮への心理戦の展開、韓国民向け安保教育の他に北朝鮮寄りの野党や在野勢力を「従北勢力」として叩くことを主な活動としている。

「懸賞金付きのビラ」を作成したことについて「救国戦線」は「懸賞金手配はサダム・フセインやウサマ・ビン・ラーディンの殺害にも役立ったことから効果があると判断して、計画した」と動機を語っているが、オバマ政権が先月6日に金委員長を人権抑圧者として「制裁対象」に指定したことがきっかけとなったようだ。ちなみにビン・ラーディンには5千万ドル、フセインにはその半分の2千5百万ドルが賭けられていた。

北朝鮮はこの新手のビラに対して対南宣伝媒体である「我が民族同士」が「米国と南朝鮮(韓国)傀儡に指示された人間のゴミの屑らによる反共和国ビラの散布妄動が猛威を振るっている」として「無慈悲に懲罰する」と威嚇しているが、今のところまだ手は出していない。