2016年2月19日(金)

 軍事衝突に発展するか―朝鮮半島4つの危機

 北朝鮮が「水爆実験」と称する4度目の核実験に続き「衛星」と称して長距離弾道ミサイルを発射したことで朝鮮半島の緊張が高まりつつある。国連安保理の制裁決議次第では北朝鮮の反発も予想され、3月から始まる米韓合同軍事演習期間中に不測の事態が発生する恐れもある。

 近年、朝鮮半島クライシスは4つのパターンから発生している。

 一つは、北朝鮮によるミサイル発射→国連安保理の制裁→北朝鮮の核実験強行→国連安保理の追加制裁→危機到来というパターンである。

 振り返れば過去10年間でこのパターンが3度再現されている。2006年(7月ミサイル発射、10月核実験)、2009年(4月ミサイル発射、5月核実験)、そして2013年(12年12月ミサイル発射、13年2月核実験)の3回だ。

 例えば、北朝鮮が人工衛星と称して2009年4月に「テポドン2号」(衛星)を発射した際にはゲーツ国防長官が「迎撃も辞さない」と言明し、迎撃の意思をロシア政府に事前通告までしていた。また、2013年2月に北朝鮮が3度目の核実験を示唆した時には米太平洋軍のロックリア司令官が「北朝鮮が核実験を試みた場合、基地に対して局地攻撃を加える可能性もある」と威嚇し、北朝鮮が実際に核実験を強行するやドニロン大統領補佐官(国家安全保障担当)は「北朝鮮が米国を攻撃目標にできるような核ミサイルを開発しようとするのを米国は絶対に傍観しない」と警告を発していた。

 これに対して北朝鮮は安保理の制裁決議は「宣戦布告に等しい」として、核放棄を約束した2005年の6か国協議共同声明の破棄や朝鮮休戦協定の白紙化を宣言する一方、米国が「人工衛星を迎撃した場合、迎撃手段だけでなく、本拠地にも報復打撃を開始する」との人民軍参謀部声明を出していた。北朝鮮の朴林洙国防委員会政策局長は発射直後に訪朝した米元高官に対し「迎撃されれば、日米のイージス艦を撃沈する態勢だった」と北朝鮮の「本気度」を伝えていた。その後、「反撃」は当時金正日総書記に随行していた後継者・金正恩氏の指示によるものであったことが判明している。金第一書記は「仮に迎撃された場合、戦争する決意であった」と伝えられている。

 二つ目は、米国による米韓合同軍事演習→北朝鮮の準戦時態勢突入→危機到来というパターンである。

 「キー・リゾルブ」と「フォールイーグル」と呼ばれる米韓軍事演習が毎年春に行われる。

 今春の演習は3月7日から4月30日まで実施される。昨年は韓国軍20万人と米軍1万人が参加して実施されたが、今年は1個空母強襲団や戦闘機45機も増強され、B52戦略爆撃機や原子力空母など米戦略兵器が投入され「最先端の史上最大規模の演習」(韓国国防省)となる。北朝鮮の核・ミサイルを先制打撃する「作戦計画 5015」が今回の演習で初めて導入される。

 北朝鮮は米韓合同軍事演習を「我が共和国を不意に先制攻撃するための核戦争演習」と非難し、軍事演習が行われれば「軍事的に対応する」とその都度、臨戦態勢を敷いてきた。かつて金第一書記は米韓合同軍事演習について「我慢にも限界がある」と述べ、全面的な反攻撃戦に向けた作戦計画を検討し、署名した経緯がある。2013年の演習ではB−52核搭載戦略爆撃機とF−22が動員されたことに反発し、軍総参謀部が中距離弾道ミサイル「ムスダン」を東海岸基地に配備するなど戦争一歩手前まで緊張が高まった。

 また、2014年にも軍トップの黄秉西人民軍総政治局長(次帥)が陸海空及び戦略軍の決意大会で「もし米帝が核航空母艦と核攻撃手段で我々の自主権と生存権を脅かすなら、我が人民軍隊は悪の総本山であるホワイトハウスとペンタゴンに向けて、太平洋上にある米帝の軍事基地及び米国の大都市に向けて核弾頭ロケットを発射することになる」と米国にこぶしを振り上げていた。

 金正恩第一書記は今回、ミサイル発射(2月7日)を前に召集した朝鮮労働党中央委員会と党人民軍委員会の連合会議・拡大会議で「反米全面対決戦を総決算」するとの決意表明し、全軍に最高司令官の命令に従うよう訓令している。

 三つ目は、韓国によるビラ撒きと拡声器の宣伝放送にする北朝鮮の発砲による危機到来のパターンである。

 韓国国防部は「水爆実験」への報復措置として南北軍事境界線近くで展開していた北朝鮮向け宣伝放送の時間をミサイル発射でさらに拡大する。北朝鮮は「最高尊厳」と奉る金第一書記を誹謗するビラ撒きや拡声器放送には「物理的打撃を加える」「照準射撃をする」と再三に亘って威嚇してきた。実際に昨年(2015年)夏には砲弾を撃ち込んでいる。これまで軍事境界線を挟んだ小銃による撃ち合い、侵入したゲリラや工作員との銃撃戦、海上での艦船による海戦や離島への砲撃はあったものの本土への砲撃は朝鮮戦争休戦(1953年7月)以来過去62年間一度もなかった。

 北朝鮮人民軍参謀部が「48時間以内に拡声器を撤去しなければ、攻撃を開始する」との声明を出したことから韓国では朴大統領の出席のもと直ちに国家安全保障会議が地下バンカーで開かれ、38度線全線に最高レベルの警戒態勢を敷いたことはまだ記憶に新しい。

 四つ目は、渡り蟹シーズンでの北朝鮮警備艇による領海侵犯→韓国警備艇による警告発砲→北朝鮮警備艇の反撃による危機到来というパターンである。

 海の38度線と称される西海(黄海)のNLL(北方限界線)一帯は4月から渡り蟹操業が解禁となる。毎年、北朝鮮の警備艇が自国の漁船の「越境」や韓国警備艇による拿捕を防ぐため南下するが、その都度韓国の警備艇と事を構える。過去に南北艦船による海戦が4度起きている。その延長戦で2010年には韓国の哨戒艦が北朝鮮潜水艦の魚雷で撃沈され、韓国の領土、延坪島も砲撃されている。

 この「延坪島事件」は戦争勃発一歩手前までエスカレートした。2度にわたる砲撃戦で甚大な被害を被った韓国軍は哨戒艦沈没事件後「一発撃ったら、10発、100発で報復する」と北朝鮮に警告を発している。金寛鎮国防長官(当時)は「北朝鮮が追加挑発すれば、自衛権の次元から航空機を利用し、(砲撃基地を)爆撃する」とまで公言していた。

 朴槿恵政権と金正恩政権下での昨年の危機一髪は南北高官会談が実現し、土壇場で回避されたが、今回は韓国政府も軍も容赦なく、強行に出ているだけにちょっとした衝突が一歩誤れば、局地戦、全面戦争にエスカレートする可能性もある。