2016年7月12日(火)

 北の核ミサイルをTHAADで本当に撃ち落とせるのか?

THAAD発射車両


米韓両国は急増する北朝鮮のミサイル脅威に対処するため懸案の最新鋭地上配備型迎撃システム、THAAD(高高度防衛ミサイル)を韓国に配備することを決定した。中露の反発もあっ慎重な姿勢を取っていた韓国政府が配備に舵を切ったのは朴槿恵大統領の「北の核とミサイルの脅威は韓国の将来と国民の生存がかかった非常に重要な問題である」との決断による。それも、6月22日の北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ムスダン」発射成功が引き金となったようだ。

韓国の韓民求国防長官は「北朝鮮が保有するミサイルのスカッド、ノドン、ムスダンをすべて迎撃できる」と強調していたが、射程距離3000km〜4000kmの「ムスダン」の標的は太平洋上のグアムであって、韓国攻撃用のミサイルではない。それでも韓長官は「北朝鮮が何らかの目的を持って高角射撃や燃料量の調整方式で韓国に向け使用する場合、THAADは性能を発揮するだろう」と答えていたが、高角で発射された「ムスダン」をTHAADで果たして迎撃できるのだろうか?

THAADは大気圏から放物線を描いて飛んでくる弾道ミサイルを高度40km〜150kmで迎撃する。米国はこれまで11回迎撃実験を行い、すべて成功したと発表している。韓長官は記者会見で「THAADはマッハ7の速度で飛び、マッハ14まで迎撃が可能なので大気圏からマッハ14以下で落下してくる「ムスダン」をキャッチできると説明している。大気圏通過後高度40kmからマッハ10程度で落ちて来るとの試算に基づいている。

北朝鮮が6回目の発射で成功させたとされる「ムスダン」は高角で発射され、1400kmまで上昇し、発射地点から400kmの目標値に着弾している。大気圏進入直前はマッハ15〜16を記録したと言われているが、落下時の速度は不明だ。スピードが落ちれば、可能かもしれないが、それでも落下方向とか落下時間を勘案すれば迎撃は簡単ではない。

THADDが迎撃対象としているのは射線で落下してくるミサイルである。ムスダンはほぼ直角で落下してくる。THAADの最小迎撃高度である地上から40kmの地点まで落下するのにかかる時間も射線落下するミサイルよりもはるかに短い。THAADで高角発射ミサイルを迎撃できるとは言い切れない。

韓国防長官はまた、「潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も迎撃できる」としている。折しも、THAAD配備決定の翌9日、北朝鮮は日本海に向けてSLBMとみられるミサイルを1発発射した。昨年1月から始まった「北極星―1」(KN−11)と称するSLBM発射実験は5度目で、前回(4月23日)は約30km、今回はその3分の1の10kmしか飛行せず、いずれも空中爆発している。

金正恩委員長は「SLBMが生産に入り、近いうちに実践配備されれば、敵対勢力の背後でいつでも破裂するかもしれない時限弾を仕掛けるのに等しい」と語っていたが、まだ完成には至ってない。射程距離300km飛んでこそ、大気圏再進入も可能となり、多様な目標を攻撃できる。

しかし、仮に実戦配備され、韓国領海に侵入し、不意に発射すれば、対応のしようがない。偵察衛星やレーダーでは事前に兆候をキャッチできない。海上哨戒機や水中ソーナー探知機を持ってしても東西と南と三面の海を全てカバーすることはできない。

THAADのレーダーは前方120度範囲で、ミサイルが終末段階に侵入した時に補足する。韓国に配備されるTHAADのレーダーは北方(北朝鮮)から飛んで来るミサイルが迎撃対象としている。地上からの発射ならば、発射準備段階から追跡が可能だが、海深く後方地域に浸透する潜水艦から不意にSLBMが発射されれば、レーダーに映らないため飛行段階から補足し、迎撃態勢に入るには時間的に間に合わない。

韓国防長官は「海軍の対潜作戦概念により発射以前に探知して、無力化するよう努力する」と説明していたが、これまた簡単ではない。

韓国海軍の哨戒艦「天安」(1220トン=乗員104名)が2010年3月に北朝鮮の潜水艦による魚雷攻撃で撃沈された。接近されていることも、狙われていることも気付かず一発で海底に沈んでいったことは周知の事実である。

昨年8月に「地雷事件」が引き金となり、一触即発の状態になった時、準戦闘態勢を宣布した北朝鮮の72隻の潜水艦のうち約50隻が密かに出航し、姿を晦ましたが、韓国海軍が最後まで行方を追えなかったのはまだ記憶に新しい。

THAADが「ムスダン」やSLBM、あるいはICBM(大陸間弾道ミサイル)級であるKN−08やその改良型のKN−14を迎撃できるのか、北朝鮮が太平洋に向けてこれらミサイルの発射実験をした時に判明するだろう。撃ち落とせなければ、無用物ということになりかねない。