2017年12月22日(金)

 平昌五輪期間中の米韓軍事演習の延期は北朝鮮説得のカードにはならない!

トランプ大統領に電話する文在寅大統領


 韓国の文在寅大統領は12月19日、米国のNBCテレビとのインタビューで「平昌(ピョンチャン)五輪期間中の米韓合同軍事演習の延期を米国に提案し、米国も今、検討している。(延期するかどうかは)すべては北朝鮮にかかっている」と述べていた。

 平昌五輪は2月9日から25日まで、パラリンピックは3月9日から18日まで開かれる。通常、米韓合同軍事演習は早ければ2月下旬から、遅くとも3月中旬から開始されるので、当然かぶることになる。

 文大統領には国威を掛けた平昌五輪の平和的開催と緊張状態が続く朝鮮半島情勢の局面打開、そして究極的には南北の関係改善に繋げたいとの思いがあるようだ。

 ティラーソン米国務長官ですら「聞いてない」との、まだ米国側と合意もしていない提案を唐突に行ったことに野党からは「安保をあまりにも疎かにしている」とか「性急すぎる」との批判の声が上がっているが、言い換えるならば、それだけ文大統領は現状を深刻に捉えているのであろう。

 米CIAは12月初旬にトランプ大統領に「北朝鮮のICBMを阻止できる時間は3か月しか残されてない」との報告を上げている。それまでの間に北朝鮮がミサイル発射など軍事挑発をすれば、米国の軍事攻撃は避けられないとの危機感が文大統領にはある。

(参考資料:北朝鮮攻撃までの猶予は3か月――平昌五輪前か、後か! )  

 文大統領の提案は今後3か月が大きな山で、今回の提案は「北朝鮮クライシス」を平和的に解決できるラストチャンスと捉え、何としてでも北朝鮮の挑発を防ぎたいから出されたとも言える。問題は文大統領が言うように、この提案を受け入れるかにかかっている。北朝鮮が五輪前に挑発すれば、文大統領の提案は当然、白紙化されるだろう。では、文大統領にはそれなりの「勝算」があるのだろうか?

 文大統領もどうやら何のあてもなく、見通しもなく、提案したわけではなさそうだ。おそらく以下4つの兆候からそれなりの期待を抱いているようだ。

 一つは、トルコで11月初旬に開かれた国際赤十字社連盟総会で南北局長級の接触があった際に北朝鮮赤十字社関係者から「米韓合同軍事演習を止めるか、中断すれば、(我々の)平昌五輪参加決定にプラスとなる」と言われていたと大韓赤十字社会長が明かしたことだが一つの拠り所になっている。

 次に、北朝鮮が国連安保理の事務次長を平壌に招請し、また国際五輪委員会(IOC)の会合に積極的に出席するなど国際社会に開かれた姿勢を示していることも好材料とみなしている。また、北朝鮮が冬季スポーツの装備を持続的に購入していることも参加への意思の表れと捉えているようだ。

 第三に、北朝鮮のスポーツを仕切る国家体育指導委員会の委員長が序列3位の崔龍海政治局常務委員から格下の崔希政治局員候補(党政務副委員長)に代わったことも参加のための準備と受け止めているようだ。実務を担うには大物の崔龍海氏よりも崔希氏のほうが適任とみなしているようだ。

 最後に、先の党軍需工業大会(12月11―12日)で金正恩委員長が核戦力完成を宣言したので来年は国際社会の制裁を回避するため局面転換を図り、対話攻勢に出るとの読みが韓国側にあるようだ。

 即ち▲金委員長が来年元旦の新年辞で核武力の完成を宣言したうえで非拡散と核凍結をカードに対話・交渉に打って出る▲平昌五輪に参加することで平和攻勢を掛けるとの分析が働いているようだ。

 盧泰愚軍人政権時代の1991年に「北朝鮮が核査察を受け入れるならば、米韓合同軍事演習を留保する」と提案した際、北朝鮮が受け入れ、その後、南北首相会談、南北非核化宣言に繋がったことも一つの判断材料となっている。文大統領は北朝鮮が平昌五輪に参加を表明し、また一定期間挑発を自制すれば、演習の規模縮小も検討しているようだ。

 しかし、別な見方に立てば、いずれも希望的観測に過ぎない。というのも、▲北朝鮮の赤十字社は政府を、あるいはスポーツを代表しているわけではない▲フェルトマン国連事務次長を平昌五輪関連で招請したわけでもない▲冬季スポーツの装備を購入しているのも、北朝鮮が3年前にオープンした馬食嶺スキー場との関連かもしれない▲IOCの加盟国ならば、総会やその他の関連行事に出るのは至極の当然のことで、異例のことではない▲国家体育指導委員会の委員長のポストが序列3位から序列23位の幹部に変わったからと言って、決定事項や基本方針が変わるわけでもない▲非拡散と核凍結をカードに対話・交渉に打って出でも米国が応じない限り、北朝鮮の目論見は実現しない―などの「反論」も説得力を持つからだ。

 文大統領は「すべては北朝鮮にかかっている」と言っているが、そもそも平昌五輪を開催するのは北朝鮮ではなく、韓国である。ホスト国の韓国は当然、平和裏の開催と成功のために全力を尽くさなければならない。軍事演習の延期はあくまで韓国側の都合で提案されているわけで、北朝鮮が求めているわけではない。北朝鮮が米韓に求めているのは軍事演習の延期でも、縮小でもない。中止であり、核保有を認めることにある。北朝鮮にとって延期のメリットは何一つない。軍事演習を早めようが、遅らせようが所詮同じことである。

(参考資料:北朝鮮はソウル五輪同様に平昌五輪もボイコットか!―その三つの理由

 文大統領は今年7月6日にベルリンを訪れた際に「ベルリン構想」を表明し、休戦協定の7月27日を機に軍事境界線付近での敵対行為を中止するための南北軍事当局会談と朝鮮戦争で引き裂かれた離散家族の再会のための南北赤十字会談を提案したことがあった。

 「条件が整い、朝鮮半島の緊張と対立の局面を転換する契機になるのであれば、いつ、どこででも金正恩委員長と会う用意がある」と発言し、首脳会談にも意欲を見せた。その際、「来年2月に江原道の平昌で開催される冬季五輪での南北統一チームによる合同入場行進」というサプライズ構想までぶち上げていた。

 北朝鮮には魅力的な提案であったにもかかわらずそれでも北朝鮮の回答はミサイルの発射であり、核実験だった。今回もまた、文大統領の提案が実ることはないだろう。

(参考資料:「米朝軍事衝突の可能性は40〜50%」ー米国の国防・外交専門家らの予測