2018年8月3日(金)

 例外、例外、また例外で崩れる「北朝鮮制裁の壁」


 金正恩委員長が掌を反して、それまで拒んでいた「非核化」を前提にシンガポールでトランプ大統領と首脳会談を行った最大の理由は、米国から体制保障(安全保障)を取り付けることだ。北朝鮮にとっての体制保障とは、米国による敵視・敵対政策の撤回、即ち軍事攻撃をしないことと北朝鮮の経済を窒息させないことだ。

 前者については平和協定の締結、その前段階としての戦争終結宣言を、後者についてはずばり国連による経済制裁の撤回を強く求めているが、米国も国連(安保理)も北朝鮮が「完全な非核化」に向け、具体的な行動を取るまでは戦争終結宣言にも、制裁の緩和、解除にも応じない方針だ。

 しかし、その一方で、後者については北朝鮮との関係改善に意欲を燃やす韓国の文在寅政権が「特例」や「例外」措置を次々と要請し、それが受け入れられていることから北朝鮮に対する制裁の壁が徐々にではあるが、崩れつつあるようだ。

 韓国政府はすでに2月の平昌冬季五輪に北朝鮮を参加させるため国連の制裁対象人物である崔輝・国家体育指導委員長と、米国独自の制裁となっていた金正恩委員長の妹・金与正氏の二人を国連と米国から「例外」認定を取り付け入国させ、加えて「哨戒艦撃沈事件」(2010年発生)の張本人とみなしていた金英哲党副委員長(前偵察総局長)までも韓国のブラックリストから外して入国させていた。

 また、平昌五輪を前に北朝鮮の馬息嶺スキー場での南北合同練習に韓国の選手らを参加させる名目でアシアナ航空機を北朝鮮に向け飛ばしたが、本来ならば「北朝鮮を経由した航空機の米国への入国を180日間禁止する」という米国の行政命令に抵触する行為だった。この平昌五輪では韓国政府は「三池淵管弦楽団」(114人)らの宿泊費を含め北朝鮮代表団に対し約3億円を南北交流基金から支出していた。

 平昌五輪後も朝鮮半島の軍事的緊張緩和を盛り込んだ「板門店宣言」に則り、南北将官級軍事会談(6月14日)を開き、黄海(西海)側の南北ホットライン(通信線)を復旧させたが、これに伴う北朝鮮への光ケーブルなどの関連装備や文書交換用のファクスの供与を安保理の制裁から「例外」扱いとさせていた。

 さらに、今月20〜26日にかけて北朝鮮側の金剛山で行う予定の朝鮮戦争離散家族再会事業(南北100人ずつ)のため7月9日から面会所や宿舎となる金剛山ホテルの改修作業のため韓国から60人が派遣され、支援にあたっているが、費用は全額韓国側の負担である。

 南北離散家族再会事業は2015年10月を最後に行われておらず、約3年間面会所などが使用されていない。韓国政府は設備運営のため北朝鮮への輸出が禁じられているガソリンなど一部品目について例外的に輸出を認めるよう国連安保理に要請しているが、これまたすでに「例外」として認められている。

 また、「板門店宣言」では北朝鮮側の開城工業団地内に南北当局者が常駐する共同連絡事務所を設置することにも合意しているが、開設となれば、発電機を稼働させるための燃料供給などが必要となるため韓国政府は現在、国連に北朝鮮制裁免除を要請している。

 この他に南北を結ぶ東海線・京義線鉄道の南北連結区間の復旧に向けて7月20〜24日にかけて東海線の北朝鮮側連結区間(金剛山青年駅―軍事境界線)と京義線の北朝鮮側区間(開城―新義州)の工事や信号・通信設備の点検作業が韓国主導で行われたほか、山林分野の協力に関する南北分科会議(7月4日)も開かれ、韓国政府は伐採や開墾で荒廃した北朝鮮の山林復興に向け協力することを約束している。

 北朝鮮は2008年時点で山林全体の面積の32%にあたる284万ヘクタールが荒廃し、これによる洪水や山崩れなどが社会的、経済的被害を増大させている。どれもこれも、韓国側の支援が前提となっている。

 南北間では文化、スポーツ交流も目白押しで、すでに先月は平壌で開かれた南北統一バスケットボール大会(7月3〜6日)に韓国代表選手団(100人)が軍用機2機に分乗して訪朝し、逆に韓国の大田で開催されたコリアオープン卓球大会(7月17日〜22日)には北朝鮮が選手16人とコーチ合わせて25人を派遣していた。

 今月にはインドネシアで開かれるアジア大会(8月18〜9月2日)にバスケットボール、カヌー・ドラゴンボート、ボートの3競技で南北合同チームが結成されるほか、慶尚南道・昌原で開催される世界射撃選手権大会(8月31〜9月14日)とソウルで韓国の2大労組(韓国労総と民主労総)が主催する「南北労働者統一サッカー大会」(8月10〜12日)にも北朝鮮は選手団を派遣する予定にある。秋には今度は韓国で南北統一バスケ大会が開催されることにもなっている。これらのイベントでも恐らく「例外」措置が取られることになるだろう。

 南北問題を管轄している韓国統一部は国連安保理に対北朝鮮制裁の免除要請は「制裁緩和のためのアプローチではない」と説明しているが、先月訪米した康京和外相はポンペオ国務長官と共同で安保理理事国を対象に行った会見(7月20日)で「北朝鮮との対話・協力に向け必要な部分では限定的な制裁免除が必要である」と強調していることから南北交流・協力が増大すればするほど、韓国では北朝鮮制裁は形骸化していくかもしれない。