2018年1月14日(日)

 韓国が注目する「北朝鮮のマドンナ」―ヒョン・ソンウォル「モランボン楽団」団長

北朝鮮の国民的歌手「モランボン楽団」の団長(ヒョン・ソンウォル)


 平昌(ピョンチャン)五輪への北朝鮮の芸術団派遣を巡り明日(15日)、板門店で南北実務者会談が開かれる。

 単なる実務会談だが、北朝鮮側交渉団に元国民的人気歌手である玄松月(ヒョン・ソンウォル=本名はハン・ソンウォル)「モランボン(牡丹峰)楽団」団長が出席することとなり、韓国メディアの注目を浴びている。

 ヒョン・ソンウォルは金正日総書記の肝煎りで1985年に結成され、1990年代に一大ブームを巻き起こしたポップスユニット「ポチョンボ(普天堡)電子楽団」の専属歌手としてデビュー。今から15年前の2003年に歌った「駿馬(しゅんめ)の処女」が大ヒットして一躍トップ歌手として人気を博した。

 訪日歴もあり、1990年代初に来日公演した際に発売された「ポチョンボ電子楽団」の記念公演CDには彼女の歌が5曲含まれている。そのうち4曲が日本の歌で、小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」と森昌子の「おかさん」のほか戦前に流行った「タバコ屋の娘」もあった。

 「ポチョンボ電子楽団」は金総書記死去後の2012年7月6日に後継者の金正恩委員長の発案で「モランボン(牡丹峰)楽団」に名称が変更された。そのことは当時、朝鮮中央放送(2012年7月3日)が「元帥様(金正恩委員長)は将軍様(金正日総書記)が創られたポチョンボ電子楽団を継承した我々式の新たな軽音楽団を自ら結成して下さり、その楽団の名称を将軍様が好きだったモランボンと名付けられた」と伝えたことで明るみとなった。

 一方で「モランボン楽団」の結成は李雪主夫人の進言によるとの説もある。

 「ウナス(銀河水)管弦楽団」(2009年5月結成)の歌手だった李雪主夫人は「モランボン楽団」の運営に深く関わっていると言われている。実際に李夫人は結成直後の2012年8月25日の先軍革命発令2周年公演にも、同年10月29日に行われた金日成軍事総合大学創立記念公演にも、さらに翌2013年元旦の新年慶祝公演にも姿を見せていた。

 「モランボン楽団」に入団するには抜きんでた美貌と音楽的才能、すらりとした身体を兼ね備えてなければならない。未婚が前提で、身長は165cm、体重は50kgが条件。このうち一つでも欠けていれば、不合格となる。

 新人団員は当然、労働党宣伝先導部が選抜する。多くは少女の頃から英才コースを受け、北朝鮮の芸術家を養成する最高教育機関である「クムソン(金星)学院」や「平壌音楽舞踊大学」の卒業生で構成されるが、7人の歌手と10人の楽器演奏者から構成される最終的な選抜は李夫人の意見が反映されていると言われている。

 李夫人のアイデアなのか定かではないが、金委員長夫妻が鑑賞した楽団結成日(2012年7月6日)の模範公演では米国映画を舞台のバックスクリーンで流す一方、ディズニーのキャラクターそっくりの着ぐるみを登場させるなど異色的な公演を披露し、世界をあっと言わしめた。

 ヒョン・ソンウォルは結婚を機に一線から退いていたが、2012年3月8日の国際婦人デーの日に金正恩委員長が鑑賞した音楽会に現われた身重のヒョン・ソンウォルは司会者に促され、舞台に上がり、持ち歌の「駿馬の処女」を歌い、会場を大いに沸かせた。年齢不詳だが、現在40代とみられる。

 人気者であるがゆえに韓国メディアの格好のターゲット、餌食にされ、2013年8月にはポルノを製作し、販売に関わったとして「ウナス管弦楽団」や「ワンジェサン(旺載山)芸術団」など他の芸術人らと共に「公開処刑された」と韓国で報道されたこともあった。

 有力紙「朝鮮日報」(8月29日付)の「北朝鮮の『ウナス管弦楽団』所属芸術人十数人が淫乱物を作成、銃殺された」との記事に続き、朝鮮日報系の「TV朝鮮」が「ヒョン・ソンウォルも淫乱物関連で(8月)17日に逮捕され、20日に処刑された」と報道したため当時「ヒョン・ソンウォル死亡」は既成事実化されていた。またこの時「金正恩第一書記の昔の愛人として知られている歌手ヒョン・ソンウォル」と報じられたこともあって韓国では誰もが「金正恩の愛人」と受け止めていた。

 「モランボン楽団」で最初に功勲俳優となった人気歌手・リュウ・ジナもこの時、2013年12月に粛清され、処刑された金正恩の叔父、張成沢国防副委員長の「愛人であった」として「政治犯収容された」と報じられていた。

 しかし、ヒョン・ソンウォルは翌年の2014年9月に開かれた第9回全国芸術人大会に何と「モランボン楽団」の団長として現われた。軍服姿の彼女は最初の討論者として演壇に立ち、楽団の活動報告をしていたのだ。この大会ではリュウ・ジナも討論者として演壇に立っていた。韓国メディアの報道は誤報で、二人とも健在が確認された。

 「強盛大国」建設の宣伝隊でもある「モランボン楽団」は2015年10月に訪朝した中国序列5位の劉雲山政治局常務委員の訪朝を受け、中朝関係改善のシンボルとして功勲国家合唱団と共にこの年の12月に中国で公演をやる予定だったが、出し物をめぐって主催者の中国側とトラブり、公演直前にキャンセルして、引き揚げてしまった。この時、「モランボン楽団」訪中団を引率していたのがヒョン・ソンウォル団長であった。

 ドタキャン理由については諸説あるが、中国のネットに氾濫した「金正恩愛人説」などの中傷を中国当局が規制しなかったことに激怒したとか、演目に人工衛星の発射を称える歌が含まれ、その際、バックスクリーンにミサイル発射シーンが映り出されることをリハーサルで知り、中国側が曲目の変更を要求したことに反発したのでないかと言われていた。

 ヒョン・ソンウォルは昨年10月に開かれた労働党中央委員会第4期第2次全員会議で党中央委員候補に選出され、党幹部の仲間入りを果たしている。