2018年3月20日(火)

 南北、米朝、そして日朝? 金正恩委員長との首脳会談を模索する安倍首相

 安倍晋三首相と文在寅大統領との電話会談(3月16日)後、韓国大統領府報道官は「安倍首相が金正恩党委員長との会談に意欲を示した」と説明していた。電話会談ではまた、「核・ ミサイル・拉致問題の全ての諸懸案を包括的に解決し、国交正常化を目指す考えに変わりはない」ことを金委員長に伝えるよう協力を要請したようだ。

 安倍首相の北朝鮮との対話、国交正常化への言及は実に久しい。

 拉致問題解決のための日本政府の手法は昔も今も、また政権が変っても一貫して「対話と圧力」であった。時には圧力と対話の比重が変わることがあっても、この対応は一貫した日本の原則であった。しかし、ここしばらくほとんど「対話」を口にすることはなかった。

 それもそのはずで安倍首相は昨年9月の国連総会での演説で北朝鮮を「犯罪集団」、金正恩委員長を「ロケットマン」と扱き下ろし、「米国と同盟を防御すべき状況になれば、北朝鮮を完全に破壊する」と発言したトランプ大統領に連帯を表明し、「全ての選択肢はテーブルの上にある」とする米国の立場に同調していたからである。

 ところが、軍事力行使をチラつかせていたトランプ大統領までが文在寅大統領に続き、北朝鮮との対話にシフトし、金委員長との米朝史上初の首脳会談に応じたわけだから、安倍政権が受けた衝撃は測り知れないものがある。「蚊帳の外に置かれた」あるいは「梯子を外された」との危機感を抱いたとしても不思議ではない。

 北朝鮮との対話についても「対話のための対話は無意味」として全く関心を寄せてなかった。事実、国連で「我々が思い知ったのは,(北朝鮮との)対話が続いた間,北朝鮮は,核,ミサイルの開発を,あきらめるつもりなどまるで持ち合わせていなかったということである。対話とは北朝鮮にとって我々を欺き,時間を稼ぐためむしろ最良の手段である」とか「対話による問題解決の試みは,一切ならず,無に帰した。なんの成算があって,我々は三度同じ過ちを繰り返そうとするのか」と熱弁していたほどだ。

 従って、文政権が平昌五輪を機に北朝鮮との対話に乗り出し際に「微笑外交に騙されている」とか「前のめりになって危ない」と、良く言えば、警鐘を鳴らし、悪く言えば、冷や水を浴びせてきたことは不自然なことではない。それだけに安倍首相の日朝首脳会談に関する言及は一大転換と言えなくもない。

 周知のように安倍政権にとって最大の外交課題の一つが拉致問題である。その拉致問題は小泉訪朝(2002年9月)以来、全く動かず、止まったままである。

 拉致被害者家族の方々の落胆と苛立ちは半端ではない。遅々として進まない拉致問題に被害者家族の不満、怒りは想像を絶するものがある。それもそのはずで、横田めぐみさんや有本恵子さんのご両親らは高齢、病弱で、いつまでも待てない状況にある。それでも、被害者家族の多くは「安倍内閣の下で拉致問題を必ず解決する」との安倍首相の言葉をひたすら信じ、今日まで忍耐強く待ち続けている。

 金正恩政権との間で2014年にストックホルム合意を交わしたことで一時は進展が期待されたものの北朝鮮の核実験への圧力への一環として解除した制裁を元に戻したこともあって、「やっとつかんだ糸口」(安倍首相)も手放してしまった。

 ところが、その北朝鮮は労働新聞(3月8日)を通じて日本に対して「大勢に乗り遅れるな」と言って来たかと思えば、18日には朝鮮中央通信が「日本政府が圧力強化を続けるならば、永遠に平壌行きのチケットが買えなくなる」と牽制していた。言い換えるならば、これは、日本との交渉再開、日朝首脳会談に応じる用意があるとのサインと言えなくもない。

 安倍首相は「拉致問題解決のためにはあらゆる選択肢を検討する用意がある」ことを以前から口にしていた。従って、北朝鮮が日本との関係改善のため拉致問題を解決する意思があるならば躊躇うことなく、金委員長との首脳会談を決断するだろう。まして、「森友学園問題」で支持率が急落しているだけになおさらである。

 数日前、政府認定の拉致被害者の一人である田中実(1978年に拉致、現在68歳)さんについて北朝鮮はこれまで「北朝鮮に入境していない」と否認し続けていたが、ストックホルム合意後の再調査で「北朝鮮に入国していた」ことを日本側に認めていたことを共同通信が日本政府関係者の証言として伝えていた。こうした情報リークも日本側の日朝交渉再開に向けての動きと無縁ではなさそうだ。

 来週(27日)は北海道松前町の無人島・松前小島で発電機などを盗んだとして窃盗罪に問われた北朝鮮木造船船長の判決がある。船長は9日の初公判で2年6カ月を求刑されたが、仮に判決で執行猶予が付けば、北朝鮮への送還問題で北朝鮮と交渉の場を設けることもできる。

 日朝水面下の動きに目が離せない。