2018年3月27日(火)

 「金正恩電撃訪中」の狙いー「18年前の金正日訪中」の再現

昨年訪中した北朝鮮の李スヨン党副委員長(前外相)と握手する習近平主席


 金正恩委員長が中国を電撃訪問したようだ。

 まだ、確認されてないが、訪中が事実ならば、衝撃的だ。金正恩政権が2012年に正式に発足してから初の訪中となるからだ。

 それにしても、来月予定されている南北首脳会談にしろ、韓国を介しての米中首脳会談の打診にせよ、そして今回の電撃訪中もいずれも18年前に父・金正日総書記が取った外交手法である。まさに、歴史は繰り返されたのである。

 今回同様に、金正日総書記の今から18年前の2000年5月29日の電撃訪中にも世界は唖然となった。

 その理由は、金日成主席が死去(1994年7月)してから、また党総書記のポストを喪に伏せていた3年後の97年10月に継承してからの初の外交訪問であったこと、加えて非公式、それも隠密訪問であったことにある。特に、金大中大統領との首脳会談(6月13−15日)を直前に控えていただけに様々な波紋を呼んだ。

 今回、金正恩委員長の滞在期間は不明だが、金正日総書記の時が3日間と短期だった。一応は中国側の招請という形式を取ったものの、実際は北朝鮮側が裏で働きかけて実現したものであった。

 外交慣例からすれば、対外的な元首格である金永南最高人民会議常任委員長が前年(1999年6月)に訪中しているので、本来ならば中国側から李鵬全人代常任委員長か、江沢民国家主席が訪中する番であった。

 しかし、そうした外交上の「相互主義」の慣例を無視し、金正日総書記自身が直接、それも1983年以来実に17年ぶりに北京に赴いたのは、南北首脳会談や秋に予定していた米朝首脳会談を前に中国首脳との間で是非協議しておかなければならない重要な懸案があったからに他ならなかった。そのことは金正日訪中が南北首脳会談合意(4月8日)後に急遽計画されたことからも窺い知れた。今回も同様におそらく北朝鮮側が先に動いたのだろう。

 中国の最高指導者の訪朝は2005年10月の胡錦濤主席が最後で、この13年間、胡主席も、後任の習近平主席も北朝鮮を一度も訪問してない。ましてや2013年3月に就任した習近平主席にいたっては、これまでの中朝外交慣例を無視し、韓国を先に訪問(2014年7月)する有様だった。

(参考資料:中国はなぜ、北朝鮮を説得できないーその5つの理由 )   

 一方、北朝鮮はこの期間、金正日総書記が2010年5月に訪中し、8月もロシア訪問の帰途中国に立ち寄っている。また、死去(2011年12月)する半年前の2011年5月にも訪中していた。

 「相互主義」や「シャトル外交」に則るならば、また、中国が南北とのバランスを取るならば、今度は、習近平主席が訪朝してしかるべきだが、結局は北朝鮮の方から中国詣でする羽目となった。

 金正恩政権は米国が主導する国連安保理制裁決議に習近平政権が同調したことに反発し、「米国への盲従で体質化された安保理事国らがかかしのように(決議賛成)に手を挙げた」(国防委員会声明)と中国を「米国のかかし」と罵り、また「反共和国制裁決議のでっち上げに共謀した国々」(労働新聞)と「米国の共犯」扱いにし、さらには「朝中親善がいくら大事とはいえ、命である核と変えてまで中国に対し友好関係を維持するよう懇願する我々ではない」(朝鮮中央通信)と敵意すら露わにしていた。ところが一転、中国詣でをせざるを得なかったのは、父親同様に南北・米朝首脳会談を前に中国の支持を取り付ける必要性が生じたからであろう。とりわけ史上初のトランプ大統領との米朝首脳会談を前に中国を後ろ盾にする必要性があったものとみられる。

 米朝首脳会談を前にトランプ政権が対話派のティラーソン国務長官とマクマスター大統領補佐官を解任し、後任に米朝首脳会談が不発に終わった場合、軍事オプションによる解決を公然と主張する強硬派のポンペオCIA長官と「ネオコン」の代表であるボルドン元国連大使を据えたことに危機感を覚えていることは言うまでもない。

(参考資料:中国が想定していた知られざる「第二次朝鮮戦争シミュレーション」 )   

 もう一つは、食糧支援や経済支援を取り付けることにあるようだ。

 北朝鮮としては食糧、経済事情が苦しいこともあって、南北首脳会談で予想される韓国側の切り札、「経済カード」の効力を弱める策として中国からの経済援助を事前に取り付けておく必要性もあるのだろう。

 中国が求めていた核実験とミサイル発射の凍結に踏み切る一方で、金正恩政権は非核化についても言及した。また、韓国の文在政権との対話にも応じた。習近平政権の要求を、訪朝受け入れの前提条件をクリアしたことで訪中の障害が取り除かれたことになる。

 中国もまた、金正恩政権が核実験とミサイル発射を凍結し、非核化を宣言すれば、伝統的な友好関係の復活を待望しているところであり、また、北朝鮮へのテコ入れは貿易戦争を仕掛けてきたトランプ政権への報復(対抗)措置にもなる。

 今回、中朝双方の思惑が一致した形で金正恩委員長の訪中が実現したものとみられるが、金正日総書記の18年前の訪中では趙明禄人民軍総政治局長と金英春人民軍総参謀長の軍トップ二人と、外交、統一分野の責任者らを同行させていた。

 今回は、随行者が誰なのかも注目される。