2019年4月7日(日)

 北朝鮮にとっては悪夢の「リビア方式」


 先のベトナムでの2度目の米朝首脳会談は「ビッグディール」(一括方式による完全なら非核化)を要求した米国と「スモールディール」(段階的、ギブアンドテーク方式)を求めた北朝鮮との溝が埋まらず「ノーディール」に終わった。

 米国が提案する「ビッグディール」とはいわば「リビア方式」を指す。トランプ大統領は6日、ネバタ州での共和党関連行事での演説でハノイ会談が物別れに終わったことについて「北朝鮮は(ビッグディールに)合意する準備ができてなかった」とその理由を説明していたが、金正恩委員長にとってはとても呑める提案ではなかったはずだ。

 トランプ大統領が金委員長にサインするよう求めた「ビッグディール」とは、朝鮮戦争終結宣言や連絡事務所の相互設置、経済支援を見返りに北朝鮮がすべての核兵器と核物資、及び化学兵器を米国に搬出し、すべての核関連活動を凍結、破棄し、ミサイル施設を解体すれば、制裁解除に応じるというものだ。「先核放棄、後制裁解除」が前提となっている。換言すれば、北朝鮮が完全に核とミサイルを放棄しない限り、制裁解除に応じないと言うものだ。

 このトランプ政権の提案について3月末に李スヨン党国際部長の招きで訪朝したドイツ社会民主党元党首で、昨年3月まで外相だったジグマール・ガブリエル氏に対して李部長や李容浩外相らは一様に「我々はリビアが核兵器を委譲した後にカダフィ政権の崩壊を見ている」と「リビア方式」を受け入れる考えがないことを鮮明にしていた。

 ガブリエル前外相がドイツの週刊誌「シュピーゲル」(4月4日付)に語ったところによると、両李氏は「イランの核合意についても米国で新たな大統領が誕生するや合意から脱退した状況をみている」と述べ、リビアとイランの教訓から「ビッグディール」は不可という考えを伝えたようだ。

 カダフィ政権下にあったリビアは2003年12月、核計画放棄を宣言し、大量殺傷兵器(WMD)の破棄を約束した、米英両国の専門家とIAEA査察団による主要疑惑施設への訪問を含め検証対象に含まれる全ての施設に関する文書を提供し、サンプル採集、写真撮影にも応じた。疑惑施設への不意の視察も受け入れた。

 査察と同時にリビアは大量破壊兵器関連施設の廃棄に着手した。核関連物資や機材、スカッドCミサイルなどが米国に引き渡され、米テネシー州のオークリッジの国家安保団地倉庫に運び込まれ、保管された。化学兵器はリビア国内で米英両国の兵器専門家らの立ち会いの下、処分された。

 米国はこうした手続きを経て2004年、リビアに対する経済制裁を大幅に緩和し、連絡事務所を設置したうえで、2006年5月にテロ支援国リストから解除し、大使館をトリポリに開設した。

 ベトナムでの米朝拡大会議に出席し、北朝鮮側に「リビア方式」を受託するよう迫ったとされるボルドン大統領補佐官は当時、軍備管理問題担当国務次官として関わっていた。カダフィ政権を核武装から解除させたボルドン氏は意気軒高で、2004年7月に韓国を訪問した際、延世大学での演説で北朝鮮に対して「リビアを教訓にすべき」と以下のように呼び掛けていた。

 「北朝鮮のような体制の国が過去の過ちを見直し、国際社会への仲間入りを果たせれば、米国もそのような国に対して積極的に働きかけることは実証されている。リビアがその例である。孤立した体制の国の指導者が自国の将来を考え、大量破壊兵器を放棄したことで恩恵を受けたという事例をリビアは見せつけてくれた」

 「米英両国はリビアに対して特別な約束や報酬を与えなかったが、最も魅力的な報酬を提供している。それは国際共同体に加わることによって得られる恩恵を入手できる能力である。ならず者の国家でなくなった以上、リビアはもはや諸外国から見放されることはない。経済的あるいは安全保障上の恩恵を得られたことがその結果である」

 「パウエル国務長官がリビアの例から『我々は北朝鮮の人々もリビアの現状をみて、同様の決断をすることを望む』と述べたことは記憶に新しい。金正日(総書記)はライス大統領補佐官の指示に従うべきである。彼女は本気で、金正日にカダフィ大佐に会って欲しいと数日前に述べていた。そうすることで北朝鮮は国際社会に仲間入りし、金正日は様々な恩恵を受けることができる」

 米国からの働き掛けもあって最高指導者のカダフィ大佐も反米同志だった金正日総書記に対して「査察に開放的であるべきだ。自らの国民に悲劇が降りかかるのを防ぐためにも北朝鮮は我々を見習うべきだ」と進言していたが、カダフィ大佐は2011年10月、米仏の支援を受けた反政府勢力によって拘束、殺害されてしまい、42年間続いたカダフィ政権は終焉してしまった。

 カダフィ大佐の呼び掛けに「帝国主義者の威嚇・恐喝に負けて、戦う前にそれまで築いてきた国防力を自分の手で破壊し、放棄する国がある。恥知らずにも、他の国に対して『模範』に見習えと、勧告までしている」と当時不快感を露わにしていた北朝鮮はその後、カダフィ政権が崩壊したことについて「制度転覆を企図する米国と西側の圧力に屈し、あちこち引きずられ核開発の土台を完全に潰され、自ら核を放棄した結果、破滅の運命を避けることができなかった」と同情するよりも「当然の帰結」と突き放していた。

 金正恩委員長が「リビア方式」から学ぶことがあるとすれば、核とミサイルは、そう簡単には手放してはならないということなのかもしれない。