2019年6月5日(水)

 全国禁煙キャンペーン中なのに誰も注意できない「将軍様の喫煙」

劇場でタバコを吹かしながら公演を観覧する金正恩委員長(朝鮮中央通信から)


 万国共通で5月31日は「世界禁煙デー」である。北朝鮮でもこの日に合わせて全国で禁煙キャンペーンが実施されている。

 一昨日(6月3日)の朝鮮中央通信によれば、北朝鮮では禁煙を奨励するため「タバコ統制法」が改定され、タバコの生産を中断したようだ。新旧にかかわらずタバコの生産ができなくなっている。外国産タバコも規制対象で、輸入が禁じられている。

 ところが、朝鮮中央通信が禁煙キャンペーンを伝えたまさにその日、平壌の「5.1競技場」で「アリラン祭」と称されるマスゲーム(集団体操と芸術公演)が開幕したが、配信された写真をみると、金正恩委員長は喫煙しながら、マスゲームを観覧していた。

 翌4日も、タバコを指にくわえながら、劇場で行われた軍人家族らによる芸術公演を観覧していた。金委員長の両脇には李雪主夫人や還暦を疾うに過ぎた崔龍海最高人民会議常任委員長や金寿吉軍総政治局長ら党、軍幹部らが勢揃いして観戦していたが、金委員長のテーブルの上にだけ灰皿が置かれてあった。

 「5.1競技場」は野外なので、まだ許されるとしても、劇場は室内である。従って、禁煙であるはずだ。喫煙はあってはならないことだ。ましてや、禁煙キャンペーンの最中である。それにもかかわらず、夫人を含め誰一人、注意しようとはしない。

 思えば、5年前の2014年にも同じような光景があった。この年の2月に室内で行われた海軍と空軍所属の軍人らによる体育競技参観時も金委員長は煙草を指に挟みながら、選手らに握手を送っていた。

 また、9月も万寿台芸術劇場でモランボン楽団の公演を李夫人と一緒に観覧していたが、この時も金委員長は煙草をくわえていた。夫婦の両脇には74歳の黄炳誓軍総政治局長(当時)と85歳の金基男党宣伝担当政治局員(当時)が座っていた。

 最高指導者だからなんでも許されると言えばそれまでだが、当時31歳の金委員長からすれば、二人は父親、祖父のような存在だ。朝鮮半島の礼儀作法、礼節では年寄りの前での喫煙は控えなければならない。

 米朝首脳会談のため列車でベトナムに行く途中、下車して、タバコを吸うところを日本のメディアにキャッチされていたが、金委員長は中毒ではないかと言われるぐらいヘビースモーカーとして知られている。

 金正日総書記の料理人で知られる藤本健二氏の話では、金委員長は10代半ばから親に隠れて喫煙していたそうだ。従って、喫煙歴は足掛け18年となる。お気に入りは外国のイブ・サンローランと国内産では「7.27」(「7.27」とは朝鮮戦争戦勝記念日の7月27日を指す)という銘柄である。

 喫煙が太り過ぎないためなのか、それともストレス解消のためなのかわからないが、それでも3年前の2016年に一度、禁煙にトライしたことがあった。

 この年の3月15日に弾道ロケット大気圏再突入環境模擬試験に立ち会った際、長距離弾道ミサイルの前でタバコを手にしていたのを最後にその種の写真が配信されることはなかった。不思議に思っていたところ、突如、4月24日付の労働新聞に「タバコが人体に与える影響」との見出しの記事が掲載され、「革命をやろうとするならば、体も健康でなければならない」との金委員長の「お言葉」が載っていた。

 「世界禁煙デー」の5月に入ると、禁煙を奨励するため平壌を中心に全国各地に禁煙研究所が設立され、朝鮮中央テレビでも女性が登場し、「朝から煙草を吸う人は健全ではない。周りの環境にも不快感を与えるので非常識だ」と喫煙家を非難するインタビューまで流されていた。

 全国的な禁煙キャンペーンは常識に考えて、愛煙家の金委員長の承諾なくして勝手に始められるものではない。そうしたことから金委員長が率先して禁煙を始めたのではないかとみていたが、1カ月もしない6月4日、万景台少年団野営所を視察に訪れた時のタバコを手にした写真が配信された。それもよりによって子供らが集う少年団野営所での喫煙である。この年の10月にも病院の視察の際、喫煙していた。

 金委員長は昨年3月5日、韓国特使団と会食した際、72歳の鄭義溶大統領府国家安保室長から「たばこは体に悪いので、お止めになったらどうですか」と、禁煙を勧められる一幕があった。同席していた李雪主夫人が「いつもたばこを止めて欲しいと頼んでいるが、言うことを聞いてくれない」と手を叩いて喜んだが、正恩氏は終始、笑っていたとのことだ。

 「ハナ肇とクレージーキャッツ」の植木等の爆発的なヒット曲「スーダラ節」の歌詞に「これじゃ身体に いいわきゃないよ、分かっちゃいるけど やめられねぇ」とのフレーズがあるが、まさに金委員長の心境を表している。ストレス発散や肥満防止のため手離せないのかもしれない。