2019年10月9日(水)

 1カ月ぶりに登場した金正恩委員長の異例の農場視察の裏に何が?

1カ月ぶりに姿を現した金正恩委員長(労働新聞から)


 金正恩委員長が昨日(8日)久しぶりに姿を現した。平安南道の介川で行われた超大型放射砲の試験射撃を視察(9月10日)以来およそ1か月ぶりの登場だ。

 一週間前(10月2日)の新型潜水艦発射弾道ミサイル「北極星3号」の発射には異例にも立ち会わなかった。それが、どういう心境か、今回、意外にも農場を訪れていた。

 農場と言っても、人民軍第810軍部隊が管理しているトウモロコシ畑ではあるが、金委員長の農場視察は極めて珍しいことである。父(金正日総書記)の後を継いで、2012年に政権を担ってからこれまで農場に足を運んだのは数えるほどしかない。過去、7年間の金委員長の経済関連視察のうち農場視察だけを調べてみると;

 

 2012年(24回)0回  

 2013年(49回)1回  

 2014年(25回)0回  

 2015年(47回)2回  

 2016年(35回)2回  

 2017年(21回)1回  

 2018年(38回)1回

 過去7回のうち、3回(2015年、2016年、2017年)が人民軍第810軍部隊管轄のトウモロコシ畑である。後は、昨年7月のジャガイモを栽培する三池淵農場視察の1回だけで、その他3回は温室で生野菜を栽培する農場(2回)と果実を栽培する農場の視察である。

 一般農民が共同組合で管理する農場はもっぱら、総理に任せているのが実情だ。一見、役割分担しているようにも思えるが、金委員長が農業視察を敬遠する理由は何と言っても、成果が期待できないことにある。農村を指導しても、慢性的な不作、食糧危機の打開策がないことに尽きる。

 祖父の金日成主席は麦わら帽子を被って炎天下の中、農村をよく現地指導していたものだが、父親の金正日総書記は生前、ほとんど農村を視察しなかった。視察して、成果を出せなければ、その指導力が問われるからだ。

 農業や経済がうまくいかず、人民の間で不満が高まれば、その担当者に責任を転嫁させ、更迭、処分するのが北朝鮮の統治スタイルである。今から23年前の金正日政権下の1996年には大量の餓死者を発生させたとして徐寛煕党農業担当書記が、2010年には経済(貨幣改革)政策の失敗で朴南基党計画財政部長が責任を問われ、処刑されたのはまだ記憶に新しい。

 「食の問題」を解決することが労働党の最優先課題ならば、最高指導者たる者、農場に自ら率先して足を運び、農民を鼓舞しなければならない。金委員長が体制を維持するには人民の支持が不可欠で、そのためには先代が守れなかった国民への約束、即ち「白米と肉汁と瓦葺の家」を担保すること以外にない。

 今回は、2015年から恒例となっている人民軍第810軍部隊傘下の1116号農場を現地視察したが、どういう心境の変化があったのか知りたいところだ。特に、気になるのはスウエーデンでの米朝実務協議の決裂で動静が注目されている最中、それも労働党創建日(10日)を前に妹の金与正・党第一副部長ら党幹部を引き連れ、農場を視察していることだ。

 米国との交渉が決裂しても余裕のあるところを見せつけるための、あるいは国連安保理の経済制裁を自力更生で乗り切る意思を内外に示すためのパフォーマンスなのか、それとも来年が最終年度の5か年経済計画目標達成に向け人民を発奮させることに狙いがあるのか、定かではないが、9月10日に超大型放射砲の試験射撃を視察した際に「後は連発射撃試験だけやるだけだ」と発言していることや「北極星3号」の新型潜水艦からの発射も課題として残っているだけにこのままおとなしく経済視察だけを続けるとは思えない。

 果たして、金委員長の次の手は何か? 

 米韓のみならず、水産庁の取締船と北朝鮮漁船の衝突事故で北朝鮮の反応が気になる日本としても金委員長の言動には目が離せない。