2021年3月29日(月)

 罵倒されても、ミサイルを発射されようが、「我慢の子」の文在寅大統領が「キレる日」

支持率低迷の文在寅大統領(青瓦台HPから)


 文在寅大統領は実に我慢強い人だ。

 金正恩委員長の実妹の金与正党副部長から「生まれつきの馬鹿ではないか」と酷評されようが、韓国を標的にした短距離弾道ミサイルを発射されようが、北朝鮮と寄りを戻すためにじっと我慢している。巡行ミサイルに続いて新型の短距離弾道ミサイルを発射されても「今は南北が対話を続けるため努力しなければならない時期である」とまさに忍の一字である。

(参考資料:「米朝ハノイ会談」決裂後の北朝鮮の短距離ミサイル発射の全容(2019年5月4日〜21年3月25日))

 韓国は今、来年3月に予定されている大統領選挙の前哨戦でもあるソウル・釜山市長選挙の真っただ中にある。選挙戦最中の北朝鮮からのミサイル発射は巷間、「北風」と呼ばれている。「北風」が吹くと、皮肉なことに保守候補には追い風となり、北朝鮮に融和的な進歩候補には逆風となる。

 そうでなくても、各メディアの世論調査ではソウルでも釜山でも与党候補は苦戦を強いられている。仮にこのダブル選挙を落とすようだと、文大統領は求心力を失い、レイムダック化は避けられない。本来ならば、もう少し怒りを露わにしてもよさそうなものだが、まるで腫れ物にでも触るかのようにひたすら北朝鮮を刺激しないように腐心している。

 そのような文大統領にも過去に一度だけ北朝鮮に強硬な姿勢を取った時期があった。

 政権発足間もない2017年7月4日に北朝鮮が初のICBM(「火星14」)を発射した時、「核とミサイル開発に執着する北の政権の無謀さが改めて明らかになった」と非難し、約3週間後に北朝鮮が2度目のICBMの発射実験に踏み切った時は、米韓合同の地対地ミサイルの発射演習を行い、米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の追加配備も決定した。さらに、射程800キロメートルの弾道ミサイルに搭載できる弾頭重量を500キログラムから1トンに増やす指針の改定を命じた。これにより地下10メートルにある北朝鮮の戦争指揮所やバンカーの破壊が可能となり、北朝鮮を威嚇した。

 軍事面だけでなく、北朝鮮に骨身に染みるよう韓国独自の制裁にも乗り出した。さらに外交分野でも国連安保理の制裁を早急に採択するよう指示を出した。一度ならず、二度ともとなれば文大統領としても強硬策にシフトせざるを得なかった。

 振り返ると、かつて政治の師として仰いでいた民主化の闘士として知られる第14代大統領の金泳三氏は「民族のほかに同盟に勝るものはない」と公言し、政権発足当初は「太陽政策」を掲げ、金日成政権にラブコールを送った。それにもかかわらず北朝鮮は大統領就任翌月の1993年3月に核拡散防止条約(NPT)から脱退を表明し、5月には初の弾道ミサイル「ノドン」を能登半島に向け発射し、金泳三大統領を失望、落胆させた。

 それでも金泳三大統領は急死した金日成主席の後継者である二代目の金正日総書記を相手に再三にわたって南北対話を提案したが、最後まで無視されたためブチ切れ、「北朝鮮は壊れたヘリコプターのようなものだ。(北風を吹かせば、堕ちるという意味)」と最後は「北風政策」に転じてしまった。晩年「あの時、クリントン政権の対北攻撃を止めなければ良かった」と後悔するぐらい対北強硬論者に変身してしまった。

 対北政策で融和から強硬に転じたのは金泳三大統領だけではない。第17代大統領の李明博氏もしかりだ。

 「北との対話及び交流に最善を尽くす。南北関係は政権が変わっても南北間の和解と平和を維持するための努力を一層やるつもりだ」と謳った選挙公約を掲げ登場した李大統領は2010年5月に北朝鮮の潜水艦によって韓国哨戒艦が撃沈される事件が発生しても金正日総書記の責任には触れず、南北関係改善の必要性を強調していた。しかし、半年後の11月に北朝鮮による延坪島砲撃があった時には国民向け談話を発表し、「北朝鮮が自ら進んで軍事的冒険主義と核を放棄することが期待できないことがよくわかった。これ以上の忍耐と寛容はより大きな挑発を誘発するだけだ」と言って、北朝鮮の挑発にはそれ相応の懲罰を与えることを宣言せざるを得なかった。

 また、野党時代(2002年)に訪朝し、金正日総書記と会談したことのある後任の朴槿恵大統領(第18代大統領)も北朝鮮との関係については「多様な対話チャンネルを開き、『韓(朝鮮)半島信頼プロセス』を通じて関係を改善し、経済協力及び交流を進める」と公言していたが、北朝鮮が政権発足時を含め在任中に3度も核実験を強行し、ミサイル発射を乱発したため最後は大統領府で開いた首席秘書官会議(2016年9月22日)で「住民の暮らしはかまわず、ひたすら政権の維持と私利私欲を考えている」と金正恩総書記を辛辣に非難し、「私と政府は金正恩の核とミサイルへの執着を断ち、国と国民を守るためにできるすべてのことを行う」と強調していた。「できるすべてのこと」の中には特殊作戦部隊を創設し、金委員長の首を取る作戦も含まれていた。

 結局のところ、北朝鮮と対立したまま南北経済共同体形成を目指した李明博政権の南北統一ビジョンも「韓半島信頼プロセス」を通じて関係を改善し、経済協力及び交流を進める朴槿恵政権の構想も頓挫してしまった。

 韓国の大統領が誰であっても、それが北朝鮮寄りの進歩系であっても、核とミサイルの問題は米朝間の問題であり、韓国は北朝鮮の交渉相手ではない。そのことは、金正恩総書記も2019年6月12日にトランプ大統領に送った親書でも読み取れる。金総書記は親書で「ひとえに貴方と私だけが両国間の問題を解決し、70年にわたる敵対を終わらせることができる」と述べており、また8月25日の親書でも「現在も未来も韓国軍は私の敵とはならない。貴方がいつか言ったように我々は特別な手段が必要としない強い軍隊を持っている。韓国軍は我が軍の相手にはならない」と北朝鮮が相手にしているのは韓国ではなく、米国であることを強調していた。

 現に、北朝鮮は「親北」と称された第15代大統領の金大中氏が大統領に就任した年の1998年に「人工衛星」と称して長距離弾道ミサイル「テポドン」を発射し、また後任の第16代大統領の盧武鉉政権の時に核保有を宣言し、初の核実験を行っている。 

 米韓の軍事情報では北朝鮮は近々、新型潜水艦弾道ミサイル(SLBM)の発射準備を進めているようだ。

 SLBMを発射されても後生大事にしている朝鮮半島平和プロセスの実現のため耐え抜くのか、それとも「もはやこれまで」と元、前大統領と同じ道を歩むのか、まもなくその時が訪れる。

(参考資料:「バイデンVS金正恩」 米国の新政権に対する北朝鮮の「A」と「B」プラン)