2021年10月29日(金)

 日本は「敵基地攻撃」が本当にできるのだろうか?

移動式発射台から発射された北朝鮮ミサイル(労働新聞から)


 北朝鮮が潜水艦弾道ミサイルを発射した日(10月19日)、岸田文雄首相は国家安全保障会議を緊急招集し、北朝鮮を非難したことに10月26日付けの北朝鮮の宣伝媒体「我が民族同士」は「我々のミサイルは日本に向けられたものではない」と抗弁していたが、北朝鮮のミサイルが日本に向けられていないと信じている日本国民はいないだろう。

(参考資料:日本に向けられた? 北朝鮮の新型長距離巡航ミサイル)

 「我が民族同士」の記事が北朝鮮の本音でも、本心でもないことは、 翌日の北朝鮮国営通信「朝鮮中央通信」が「敵基地攻撃能力保有も選択肢の一つである」と語った岸田首相の発言を「容認できない」と猛反発していた ことからも明らかである。「敵がミサイルを発射する前に発射基地を無力化する敵基地攻撃能力の保有は明らかに他国に対する先制攻撃、侵略戦争挑発の可能性を開くことになる」として「容認できない」というのが北朝鮮の言い分である。

 敵基地攻撃能力保有の是非については世論調査では「相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力となる」あるいは「攻撃される前に叩くのは自衛の範疇である」との観点から賛成派が年々増えているようだが、この問題は古くて新しい問題である。

 故小渕恵三首相は国民民主党の前原誠司議員(当時民進党所属)の「ミサイル発射が日本領土内に対して行なわれた場合、北朝鮮の基地を攻撃することが憲法上認められるのでは」との質問に「誘導弾等の基地を叩くことは法理論的に自衛の範囲に含まれる、可能である」と答えていたし、また安倍晋三元首相も首相在任中の2017年1月26日,衆議院予算員会で北朝鮮のミサイル問題について触れた際に「敵基地攻撃能力」の保有を検討することを示唆していた。

 日本はこれまでは北朝鮮のミサイル発射には破壊措置命令で対応してきた。自衛隊法82条の3項に基づけば、国民の生命と安全を守るため日本の領空又は公海において弾道ミサイルを撃破することができる。ミサイルの落下は領土、領海、領空侵犯に該当するので迎撃は国際法的に許される。そのために海上には迎撃システムを備えたイージス艦を、地上にはPAC―3などを配備した。実際にはミサイルの追跡は行われたものの破壊したことは一度もなかった。

 しかし、北朝鮮のミサイル性能の向上に伴い状況は変わり、今では落とされる前に、即ち北朝鮮が発射する前にその予兆を探知すれば、先に攻撃して、無能力化することが議論の対象となっている。

 では、実際に日本が北朝鮮のミサイル基地を攻撃する日が来るのだろうか? また、北朝鮮のミサイル基地を一つ残らず白みつぶしに叩けるのだろうか?叩いても無傷でいられるのだろうか? こうした肝心な議論は何一つなされていないのが実情である。

 冷静に考えれば、日本が北朝鮮と一戦交えなければならない必然性はない。 日本と北朝鮮はパレスチナとイスラエルのような不倶戴天の関係にもない。日中、日露、日韓のような領土、資源紛争もない。韓国と異なり北朝鮮を併合、吸収、統合する意思もない。侵略する意思も、その能力もない。国交はないものの主権国家として相互尊重している。小泉政権下での「日朝平壌宣言」(2002年)と安倍政権下の「日朝ストックホルム合意」(2014年)がその証左でもある。

 さらに、北朝鮮とは国際法的には「撃ち方、止め」の休戦状態にある米韓両国と違い、日本と北朝鮮は交戦国同士ではない。従って、日本が北朝鮮からミサイルで狙われる理由はどこにも見当たらない。

 ただ唯一例外があるとすれば、核問題がこじれて米韓両国が北朝鮮と交戦状態となった場合は、日米安保条約により日本列島が補給基地、兵站基地、あるいは後方基地となるので「北のミサイル脅威」は現実のものとなるだろう。 そのことは韓国に亡命し、2010年に死去した黄ジャンヨプ元労働党書記が生前「朝鮮人民軍は戦争が起きれば、日本などに駐屯している米軍の基地を攻撃し、これらを無力化してこそ戦争に勝てると考えている」と証言していたことからも明白だ。

 しかし、晩年のトランプ前大統領同様にバイデン大統領も北朝鮮の核問題については外交交渉での解決を基本路線としているので米朝が一戦を交える可能性は低い。実際に北朝鮮が核を数十発、また米本土を照準に定めた長距離弾道ミサイル、極超音速巡航ミサイル、潜水艦弾道ミサイルまで保有している現状下では米国による軍事攻撃は簡単ではない。また、気でも狂っていない限り、北朝鮮が先に手を出すこともあり得ない。従って、戦争危機が高まった2017年の時とは状況は異なり、朝鮮半島での交戦は考えにくい。

 確かに北朝鮮が日本海に向けてミサイルを何度も発射すれば、敵基地攻撃論が勢いを増すのは自然の流れかもしれない。だが、北朝鮮のミサイル発射場は1か所、2か所の話ではない。確認されただけでも全国に少なくとも33カ所も点在している。それも、固定された発射台からではなく、どこからでも発射可能な移動式発射台が使われ、列車からも発射され、それも変則的に飛んでくる。北朝鮮が日本をターゲットにした中距離ミサイルを何発保有しているかは定かではないが、同時多発的に発射されればおそらく対応し切れないであろう。

(参考資料:短距離からICBM、巡航ミサイルまで北朝鮮のミサイル発射場は全国33か所に散在)

 朝鮮半島で戦争が勃発すれば、トランプ前大統領も認めたように人類史上初の核戦争になる恐れが大だ。

 そうしたことを想定して北朝鮮は2013年頃から第2次朝鮮戦争が勃発すれば「日本も核先制攻撃の対象になる」と日本を牽制していた。この年の「労働新聞」(3月17日付)に「朝鮮半島で戦争の火花が散れば、日本も決して(核先制攻撃の)例外ではない。これは脅しではない」との記事が掲載されていた。

 日本に対する核攻撃の言及は北朝鮮が2005年2月に核保有を宣言し、翌年の2006年10月に核実験を行って以来、一度もなかった。但し、日本への核攻撃には「米国が核戦争を引き起こした場合」とか「自衛隊が戦争に介入すれば」との前提条件が付いていた。

 事的緊張が高まる度に「日本もただでは済まされない」と脅すのは北朝鮮の常套手段だが、過去には平壌市内にワシントンとソウル、東京を同時標的にしたミサイルのポスターが公開されたこともあったことから決してハッタリと済ますわけにはいかない。

 北朝鮮が開発、実験しているミサイルの多くは核の搭載を前提としている 。北朝鮮の対外宣伝媒体である「今日の朝鮮」が首都ワシントンを核ミサイルで攻撃する「最後の機会」とのタイトルが付けられた4分間の動画像を公開したのは2016年3月26日のことである。雲の中を飛んでいくミサイルが大気圏を突入し、さらに再突入してワシントンのリンカーン記念館前に着弾し、米議事堂が爆発し、米星条旗が燃える場面がコンピュータグラフィックで処理されていたことはまだ記憶に新しい。

 スカパロッティ元駐韓米軍司令官は現職時の2016年2月27日、議会で「金正恩は自身の政権が挑戦を受けると考えれば、大量殺傷兵器を使うだろう」と証言し、ペリー元国防長官もまた2017年7月19日に出演したテレビ番組で「全面戦争になれば、北朝鮮は敗北する。しかし、そうした状況に陥れば、核兵器を使用するだろう。これが最も脅威だ。我々が間違って核戦争をするようなことになれば、それこそまさに災難である」と語っていた。

 当然、北朝鮮が一発でも韓国や日本、あるいは米国に落とせば、その瞬間、米国の核の報復を受け、地球上から消滅するのは言うまでもない。

(参考資料:シミュレーションされた北朝鮮の核使用による日韓の被害状況)