2022年2月18日(金)

 韓国大統領選挙でも「ヒトラー論争」が巻き起こる

 日本では先頃、立憲民主党の菅直人元総理が「日本維新の会」の創設者である橋下徹氏や日本維新の会について「主張は別として弁舌の巧みさでは、第一次世界大戦後の混乱するドイツで政権を取った当時のヒットラーを思い起こす」とツイートしたことに「維新の会」の馬場伸幸共同代表が猛反発し、両者の間で「謝れ」「謝らない」のバトルが演じられたが、韓国でも同様の騒動が持ち上がり、激しいやりとりの応酬となっている。

 事の発端は大統領選最中に最大野党「共に民主党」の尹錫悦(ユン・ソッキョル)候補が大手紙とのインタビューで「政権を獲得したら、文政権に対する積弊捜査をするのか」と聞かれた際に「しなければいけない。(捜査が)行われなければならない」と述べ、「文在寅(ムン・ジェイン)政権で不法と不正を犯した人たちも法とシステムに基づいて相応の処罰を受けなければいけない」と公言したことによる。

 検察総長だった尹候補は前政権に不正などの問題があれば、覆い隠さず、法の精神に則り、糾して、厳罰に処するのは法治国家としては極めて当然のことであるとの「一般常識」を語ったつもりだったが、当然のごとく積弊清算の捜査対象とされた文政権の怒りを買ってしまった。

 韓国の大統領は憲法で選挙への介入が禁じられ、中立的な立場を堅持しなければならないが、怒り心頭の文在寅大統領は「現政権を根拠なく積弊捜査の対象・不法にしたことに強い怒りを覚える」と猛反発し、尹候補に謝罪を要求し、これに与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補が「政治報復を予告するものである」と加勢したことから大統領選挙のホットなイシューとなっている。

 韓国では「政治報復」と言えば、前任大統領を後任大統領が裁くことを意味する。実際にこれまでに3人の元大統領及び元大統領の親族、家臣らが不正を摘発され、収監されてきた。中でも「報復政治」のトラウマとなっているのが盧泰愚(ノ・テウ)元大統領の飛び降り自殺である。

 早速「共に民主党」選挙対策委員会で報道官をしている盧元大統領の婿、郭相彦(クァク・サンオン)議員が「尹錫悦は李明博(イ・ミョンバク)元大統領の政治報復の先頭で私たちの家族を隅々まで捜査した」と噛みついていたが、「政治報復」には負のイメージがあり、国民の多くがアレルギーを持っているのは紛れもない事実である。

 こうしたことを意識したのか、尹候補はその後、遊説の度に「政治報復をするつもりもなければ、やらない。腐敗政治の清算は政治報復ではない」と説明する一方で与党陣営に対して「自分たちの政府が政権初期に行ったことは憲法の原則に則ったもので、自分たちの不正と不法を次の政府が取り組むことは報復となるのか」と反撃していた。その反撃の極め付きが尹候補の昨日(17日)の発言である。

 尹候補はライバルの李候補が大統領候補になるまで知事をしていた京畿道に乗り込み、李候補の「政治報復フレーム口撃」について「法と原則に従い、敵、味方の陣営に関係なく国民を略奪した行為は法の裁きを受けるべきで、それを政治報復というのは国民を欺瞞することだ」と声を張り上げ、「犯してもないのに罪に仕立て上げ、扇動するのはファシストや共産主義者らの手法で、ヒトラーやムッソリーニ・共産主義者たちがやる手法である」と与党や李候補を「ヒトラー」などに例えて非難を浴びせていた。

 尹候補はこの日は、他の場所でも「ヒトラー発言」を繰り返しており、その時は「ドイツのナチス、イタリアのファシズム、ソ連の共産主義者たちのやり方は常に自分の過ちはふたをして、他人に対してはやってもいないのに罪を被せることだ。このような虚偽の宣伝工作は全体主義者たちの占有物だ」と、政府与党及び李候補の対応をナチス、ファシズム、共産主義と変わらないと痛烈に批判していた。

 エスカレートする一方の尹候補の発言に李陣営からは「ファシズムとは何事か」「ヒトラーと例えるのは無礼極まりない」「尹錫悦は一線を越えている」「文大統領がヒトラーやムッソリーニならば、その下で検察総長をしていた尹錫悦はゲシュタポではないか」との怒りの声が一斉に上がり、李候補もまた「ありもしない積弊を清算するのが政治報復であり、検察共和国をつくるとの発想がファシズムの発想である」と尹候補をファシスト扱いして叩いていた。

 これに対して尹陣営も直ちに反撃に出て、尹候補と二人三脚で遊説を続けている37歳の李俊錫(イ・ジュンソク)「国民の力」代表がツイッターで「我々の候補がナチで、我々を支持する若者らはユーゲント(ナチスの青少年団体)と言うのか?ネガティブキャンペーンを止めたらどうか。自分らの考えと異なる人々をナチ、ユーゲントと非難するのは嫌悪政治の悪しき実例である」と与党批判を展開していた。李代表もまた「青年ゲッペルス(ナチの宣伝担当大臣」に見える)」と与党から揶揄されていた。

 与野党のバトルは単なる売り言葉に買い言葉というレベルを通り過ぎ、完全に「やるかやれるか」の、言わば「勝てば官軍、負ければ賊軍」という次元の戦いとなっているが、20世紀ドイツ史研究会の「ヒトラー 悪の言葉101」の中に「マルクス主義が勝利すれば、われわれは滅ぼされる。逆に我々が勝利すれば、マルクス主義が根こそぎ滅びる。我々も容赦しない」との言葉があるが、韓国の大統領選挙は今まさに妥協の余地のない進歩対保守派の「イデオロギー」の戦いとなっている。