2022年2月9日(水)

 投票日まで1か月に迫った韓国大統領選挙 世論調査では劣勢の与党・李在明候補の逆転への5つの条件

苦戦の与党「共に民主党の李在明候補(李在明氏のHPから)


 韓国の大統領選挙(5月9日投票日)まで1か月に迫った。

 様々なメディアが世論調査会社に委託して大統領候補の支持率調査を行っているが、どの調査でも保守野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソッキョル)候補が優位に立っている。尹候補陣営の内紛などで先月初旬までは与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補にリードを許していたが、中旬から形勢が逆転し、尹候補がその差をさらに開いている。

 大統領候補のテレビ討論会(2月3日)後に実施された各種世論調査の結果は以下のとおりである。

 「韓国社会言論研究所(KSOI)」尹44.6% 李38.4%

 「Kstat」尹38.8% 李32.6%

 「ネクストリサーチ」尹35.0% 李30.6%

 「リアルメータ」尹45.6% 李39.3%

 「エムブレインパブリック」尹36.6% 李35.7%

 「カンターコリア」尹35.0% 李31.0%

 「コリアリサーチ」尹37.1% 李35.3%

 「SOUTHERN POST」尹36.8% 李36.8%。

 唯一「韓国ギャラップ」の調査だけが35%対35%で並んでいたが、前回(2017年5月)の大統領選挙では文在寅(ムン・ジェイン)現大統領は投票日1か月前の世論調査で2位の候補に3ポイントの差を付けていた。前例に従えば、尹候補は当選ラインに近づいており、李候補は苦しい状況に立たされていることがわかる。李候補が状況を逆転させるには5つの条件がある。

その1.支持率を40%台に乗せること

 李候補の支持率はどれもこれも30%台にとどまり、40%の壁を打ち破れないでいる。一方の尹候補は上記9社の世論調査でもすでに2社で40%を超えている。

 李候補にとって深刻なのは不人気な文在寅政権の支持率(40%〜42%)ですら超えられないことである。文大統領は前回の大統領選挙では41%の得票で当選したが、李候補はこの「基礎票」すら固められないでいる。裏を返せば、進歩層の支持層を結集できないことを意味している。保守、中道層の支持を取り付けるため文政権と距離を置けば、文支持層が離れるのでプラスマイナスゼロの状態が続いている。

 投票日1か月前の世論調査で40%台に達していなければ勝てないとのジンクスがある。進歩系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領は2002年の大統領選挙で48.9%の得票を得て、46.5%の野党の李会昌(イ・フェチャン)候補との対決を制して、第16代大統領に選出されたが、1か月前の世論調査では41.0%あった。

その2.野党候補が一本化しないこと

 第3の候補である野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)候補は尹候補と同様に「反文在寅」の旗を掲げ、政権交代を連呼している。従って、野党陣営が一本化すれば、政権交代は現実となる。当然、分裂選挙となれば、李候補が漁夫の利を得ることになる。そのことは過去の大統領選挙史が証明している。

 古くは、史上最高の投票率(89.2%)を記録した第13代大統領選挙(1987年12月)が挙げられる。野党陣営は軍政から民政への移管を実現するため金泳三(キム・ヨンサム)候補と金大中(キム・デジュン)候補の一本化を図ったが、失敗し、それぞれ出馬したため軍人出身の与党の盧泰愚(ノ・テウ)候補が漁夫の利を占めた。二人の金候補が得た票は合わせると55.0%もあり、盧候補の36.6%を大きく上回っていた。

 直近では文在寅大統領が当選した前回の大統領選選挙が良い例である。文候補への対抗馬として洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補と安哲秀候補が立候補し、三つ巴となり、共倒れとなった。洪候補と安候補の二人の得票率を合わせると、45.4%で、文候補の得票率(41%)を上回っていた。

 一連の世論調査では、二人の候補に支持率では大きく引き離されている安候補に一本化しても李候補には厳しいとの結果が出ているが、仮に安候補が辞退して、尹候補が統一候補となれば、その瞬間、李候補に勝ち目はなくなる。安候補は「あくまで当選を目指す」として、大統領選レースを完走する気でいるが、安候補が票を伸ばせば、その分ライバルの尹候補の票が減るだけに安候補の言動は李候補にとって気が気ではない。

その3.慶尚北道で30%を取ること

 韓国は依然として地域主義が解消されず、「進歩イコール全羅道」、「保守イコール慶尚道」の構図は変わっていない。実際に進歩派の金大中元大統領の出身地・全羅南道の光州では保守の李明博(イ・ミョンパク)元大統領は8.5%、朴槿恵(パク・クネ)前大統領も7.7%しか票を取れなかった。その金大中氏もまた、慶尚北道の大都市、大邱での得票率は12.5%だった。後継者の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領も、そして文在寅大統領も慶尚南道出身にもかかわらず大邱では18.7%、21.7%にとどまっていた。

 尹候補は全羅道では20%以上の票を目指し、文政権下で冷遇されている金大中系や盧武鉉系の元議員らを陣営に取り込んで支持の拡大を図っている。尹候補に対抗するには李候補もまた、ソウル、釜山に次ぐ第3の都市・大邱で30%近い票を取らないと勝てない。李候補は盧武鉉、文在寅両氏とは異なり慶尚北道(安東)出身であるので保守の牙城で30%近い票を取れれば、勝機が生まれる。

その4.朴槿恵前大統領が沈黙を続けること

 昨年大晦日に赦免され、持病の治療のため現在入院中の「保守のシンボル」である朴槿恵前大統領は1週間以内に退院する見込みだ。仮に尹候補を支援するメッセージでも発信すれば、保守層の結集に繋がり、尹候補にとっては追い風となる。逆に尹候補は検察官時代に朴前大統領を逮捕し、有罪に追い込み、収監させた張本人であることから仮に朴前大統領が「逮捕は不当だった」と一言でも発すれば、それは尹候補には逆風となる。

 李候補としては願わくは後者を期待したいところだが、少なくとも尹候補に与するような発言だけは後免被りたいはずだ。むしろ、このまま沈黙を続けてくれたほうが良いのかもしれない。沈黙は尹候補を支持していない証として解釈されるからだ。

 今月、一部の熱狂的な朴槿恵支持者らが尹候補ではなく、李候補の支持を表明したことで李候補は気を良くしているが、李候補自身が朴前大統領の逮捕、罷免を他の誰よりも声高に叫んでいただけに朴前大統領の言動は気が気でない筈だ。

その5.金鍾仁・前「国民の力」選対統括委員長の支援を得ること

 李候補は「国民の力」で総括選挙対策委員長を努めていた長老の金鍾仁(キム・ジョンイン)元国会議員と面会し、支援を求めていた。

 金鍾仁氏は「当選請負人」と称されるほど選挙に長けている。与党からでも野党からでも求められれば、「助っ人」として馳せ参じている。2012年の大統領選挙では朴槿恵陣営の共同選挙対策委員長を務め、当選に寄与し、2016年の国会議員選挙では「共に民主党」の非常対策委員長となって地滑り的勝利をもたらし、翌年の文在寅大統領の当選に繋げている。また、昨年のソウル、釜山の2大都市の市長選挙では今度は一転野党「国民の力」の非常対策委員長として選挙を総指揮し、野党候補に勝利をもたらしている。

 今回の大統領選挙では文在寅大統領に裏切られた思いもあって、野党陣営に請われ、尹候補の総括選挙対策委員長を買って出たが、「国民の力」の内紛に嫌気をさして、尹候補と袂を分っている。

 李候補にとっては金鍾仁氏がバックアップしてくれれば「鬼に金棒」だが、それが無理ならば、最低でも土壇場で尹候補と寄りを戻さず、中立的な立場でいることを望んでいる。