2022年9月14日(水)

 北朝鮮の戦術核がソウル上空500mで爆発した場合、死傷者31万人 「金正恩核先制使用発言」の脅威

北朝鮮の戦術ミサイル(労働新聞から)


 金正恩(キム・ジョンウン)総書記の最高人民会議(7〜8日)での演説は衝撃的だった。

 「絶対に核を放棄しない。核交渉も取引もしない」と述べ、「我が国の核保有国としての地位は不可逆的なものとなった」と宣言したからだ。また、その不退転の決意の表れとして核戦力を法制化したこともショックだった。

 核戦力の使命と構成、指揮統制、及び核兵器使用決定と使用原則、使用条件の6項目から成る「核戦力政策に関する法令」でとりわけ、軽視できないのは核兵器の使用条件である。

 北朝鮮は核を使用するケースとして、以下5項目を挙げていた。

 1) 我が国への核兵器、またはその他の大量殺りく兵器による攻撃が強行されるか、あるいは差し迫ったと判断された場合

 2) 国家指導部と国家核戦力指揮機構への敵対勢力の核及び非核攻撃が強行されるか、あるいは差し迫ったと判断された場合

 3) 国家の重要戦略施設への致命的な軍事的攻撃が強行されるか、差し迫ったと判断された場合

 4) 有事の際、戦争の拡大と長期化を防ぎ、戦争の主導権を掌握するため作戦上、必要不可避と判断された場合

 5) その他の国家の存立と人民の生命安全に破局的な危機を招く事態が発生して核兵器で対応せざるを得ない不可避な状況が生じた場合。

 通常兵器であれ、核兵器であれ攻撃されれば報復手段として無条件核を使用することを鮮明にしただけでなく、そうした脅威が差し迫っていると判断しただけで反射的に核を使用することが明らかにされていた。要は、条件付きながらも核の先制使用を公言したことだ。

 米韓連合軍は朝鮮半島有事の際に作戦計画「5015」に従って行動を起こすことにしている。具体的には北朝鮮に核兵器使用の兆候が見られる場合、先制攻撃し、また北朝鮮内に急変事態が生じた場合にも核・ミサイル施設を統制するため米韓連合軍を投入する。北朝鮮の核・ミサイル発射の兆候が見られたら「30分以内に先制打撃する」韓国軍の「キルチェーン」の概念もこの作戦計画に反映されている。

 この「5015」作戦計画の中には核ボタンを握っている米韓特殊部隊による金総書記の「斬首作戦」も含まれているが、「核戦力政策に関する法令」に則れば、北朝鮮はこのケースでも核を使用することになる。さらに、トランプ政権下で真剣に検討されていた「先に殴って、出血させることで震え上がらせ、反撃する気を喪失させる「鼻血作戦(戦略)」も該当する。

 金総書記の「先制核使用」宣言に韓国のメディアはこぞって反応し、「朝鮮日報」「中央日報」「韓国日報」「京郷新聞」「ソウル新聞」「文化日報」などの大手紙から「韓国経済」「ソウル経済」「世界日報」などが社説で取り上げていたが、どれもこれも危機感は感じられなかった。

 例えば、「ソウル新聞」(「北 核武力法制化 無謀な核遊び容認できない」)は「北朝鮮は核を頭に載せて自滅の道にはいるべきではない」と警告し、また「京郷新聞」(「核武力法制化の北朝鮮 挑発的措置で得るものはない」)も「北朝鮮は体制安保危機が外国からの攻撃ではなく、自国内の不満と変化要求によるものであることを直視すべきだ」と、北朝鮮の「被害妄想」を扱いにしていた。

 韓国のメディアも、国民も「北朝鮮が核の使用を試みる場合、韓米の圧倒的な対応に直面し、北の政権は自滅の道に入る」(韓国国防部スポークスマン)ことから核の使用はあり得ないとの楽観論に基づいていることは言うまでもない。

 朝鮮半島での核の使用も核戦争も妄想、空想に過ぎないとの多くのメディアの論調の中で「ソウル経済」の昨日(13日付)の「北 戦術核を龍山に投下した場合,最大で31万人が死傷・・・10kt核攻撃シミュレーションをしてみた」との見出しの記事が目を引いた。

 同紙は北朝鮮が仮に大統領官邸や国防部、合同参謀本部、米韓連合司令部など安全保障上の中枢施設が集中している龍山の上空で核爆弾がさく裂した場合の韓国の被害状況を核分析サイト「ニュークマップ(NUKEMAP)」の公開プログラムを使用し、独自にシミュレーションした結果を発表していた。

 それによると、龍山上空500mで北朝鮮が10kt(1キロトン=TNT1000トン)の爆発規模の戦術核を使用した場合、死亡者5万人、負傷者26万人の計31万人の死傷者が発生する。これに死の灰(核落塵)含めると中長期的に実際の人命被害は増大するものと予測されていた。

 シミュレーションでは核爆発から1秒後に半径150m規模の火口が生じ、大統領室などは後形もなくなく、蒸発し、爆心地から半径2.99km内の周辺地域で熱放射線に露出された人は50〜100%の確率で火傷を負う。

 熱放射線に露出されなかったとしても半径1050m内の生物は5シーベルト以上の致命的な放射線に露出し、被害者の大多数が4日から1週間内に死亡するか、致命的な状態に置かれる。また、該当期間内に生存できた5シーベルト以上の被爆者の15%以上は放射線の後遺症による癌を患い、「徐々に死んでいく」とされていた。

 北朝鮮の核爆弾が韓国に投下された場合の被害状況についてはこれまでもワシントンの反核団体「天然資源保護協会」のトーマス・コーク博士らがシミュレーションしていたが、同博士が2004年10月に中国で開かれた国際安保セミナーで発表した論文「朝鮮半島の核使用シナリオ」によると、高度に都市化されたソウルで爆発した場合、被害は広島、長崎に比べて最小で6倍、最大で10倍以上とみられていた。

 具体的にはソウル100mの上空で1.5ktの核爆弾が爆発した場合、130万人の死者が発生(即死者30万人、外傷死者10万人、死の灰の短期死亡者55万人、長期死亡者35万人)し、500mの上空の場合は40万人が即死、その後、順次22万人の市民が死亡するとされていた。ソウル駅や市庁、南大門など一帯のビルの多くは吹っ飛び、高層ビルも崩壊するなど龍山一帯は一瞬にして焦土化してしまうとされていた。

 一方、米国が北朝鮮に対して核攻撃した場合については前出のトーマス・コーク博士の論文「「朝鮮半島の核使用シナリオ」によると、米国が北倉にある空軍基地を核攻撃した場合、「最大で135万人の死傷者が出る」とシミュレーションされていた。