2023年1月8日(日)
ミステリーの北朝鮮元外相の「処刑説」
「処刑説」が取り沙汰されている北朝鮮の李容浩元外相(朝鮮中央テレビから)
正月三が日明けの読売新聞(1月4日)に北朝鮮の李容浩(イ・ヨンホ)元外相と外務省関係者4〜5人の処刑説が伝えられてからすでに4日が経過した。
韓国ではKBSなど韓国の3大ネットワークを含むテレビ媒体や「聯合通信」などの通信社、全国の主要紙は「読売」の記事を引用して報じただけで後追いし、裏を取ったメディアは1紙もない。この種の「粛清説」を十八番としている反北朝鮮の保守紙、朝鮮日報もなしのつぶてである。
韓国のメディアはこの件で情報機関の国家情報院に確認を求めたが、国情院は「読売」の報道に「粛清は確認されたが、処刑は不明」と返答していた。「不明」とはわからないということだ。また、粛清の背景や理由についての言及もなかった。わからないから言及のしようがないのかもしれない。
北朝鮮からの反応もゼロだ。東京新聞が年末(12月22日付)に北朝鮮が露朝国境の鉄道を通じて「ロシアに武器を輸出した」と報じた時は外務省報道官が間髪入れずに翌日(23日)には「荒唐無稽な世論操作であり、いかなる評価、解釈もする価値がない」と否定の談話を発表したのとは好対照である。
「読売」の続報もない。「読売」は処刑の時期については「昨年夏から秋頃」と特定していたが、処刑の理由は「定かではない」としていた。李元外相の処刑と前後して「相次いで処刑された」とされる外務省関係者の名前も明記されなかった。但し、「李氏を含む複数が在英国の北朝鮮大使館の勤務経験者という」ことから「同大使館が関係した何らかの問題が背景の一つとなった可能性がある」と推測していた。要は、この情報を読売新聞の中国総局に提供した「北朝鮮事情に詳しい複数の関係筋」も処刑の理由については把握しきれていないようだ。
処刑が事実ならば、昨日、今日あった話ではない。4〜5か月前に発生していた出来事である。金日成(キム・イルソン)主席死去後の1997年に韓国に亡命した黄長Y(ファン・ジャンヨプ)氏と同等の政治局員にまで上り詰めた、それも国際的に知られている元外相の処刑を国情院が把握していなかったとすれは、情報機関としてはお粗末極まりない。
国情院は一応「粛清されたのは事実」と追認していたが、仮に解任を粛清とみなすならば、李容浩氏はすでに2019年12月末に開催された労働党中央委員総会(全員会議)で外相の任を解かれ、政治局員の地位からも追われていた。翌年の2020年4月には唯一残っていた国務委員のポストからも外されていた。そのことは北朝鮮も公式に発表していて決して伏せられていた話ではない。
当時、更迭を巡っては2019年2月のハノイでの米朝首脳会談決裂の責任を取らされたとの憶測が広がっていたが、それが更迭の原因ならば、本来ならばハノイ会談直後に解任されてしかるべきであった。しかし、直後の3月に行われた最高人民会議代議員(国会議員)選挙で李氏は初当選を果たし、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が2016年5月の第7回党大会以来、久しぶりに「金日成・金正日肖像画バッジ」を左胸に付け登場した4月の最高人民会議では外相及び国務委員に再任されていた。また、4下旬には金総書記の初のロシア(ウラジオストク)訪問にも随行していた。李元首相の解任がハノイ会談と直接的に関係していないことは明らかだ。
当時、「責任を取らされ、粛清された」と囁かれていたのはビーガン国務省北朝鮮担当特別代表のパートナーである金ヒョッチョル国務委員会対米特別代表と当時米朝首脳会談を統括した党統一戦線部の金聖恵(キム・ソンエ)策略室長、金室長と共にハノイでの首脳会談を前に訪米し、トランプ大統領に接見した朝鮮アジア太平洋平和員会の朴哲(パク・チョル)副委員長の3人だった。また、当時韓国のメディアは国連駐在次席大使を務めた韓成烈外務次官や駐ベトナム大使館の参事や書記官らも「処刑された」と伝えていたが、もしかしたら、「読売」に情報を流した「北朝鮮事情に詳しい複数の関係筋」はこの時の話を今になって伝えているのかもしれない。
北朝鮮幹部の場合、金総書記の命令に従わなかったとか、スパイ行為を働いたとか、あるいは不正蓄財をしたなどの重罪でない限り、処刑されることはない。ちなみに他の4人の外交官と共に調査を受けた金ヒョッチョル特別代表は「米帝に抱き込まれ、首領に背信した」とのスパイ容疑が適用され、「3月に美林飛行場で処刑された」とされたことになっている。
仮に李元外相の処刑が事実ならば、在任中(2016年5月〜2020年1月)に米国など西側の情報機関に抱き込まれたか、あるいは海外駐在の大使館から亡命者を続出させたことへの連帯責任を問わされた可能性も考えられる。後者ならば、後に与党「国民の力」所属の国会議員となった太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使を始め金総書記の統治資金を管理する労働党「39号室」の全日春(チョン・イルチュン)前室長の娘婿で19年9月に韓国に亡命した劉賢旭(リュ・ヒョンウ)駐クウェート代理大使らが公然と金総書記の批判を展開していることと無縁ではなさそうだ。脱北外交官は北朝鮮では「米帝に抱き込まれた背信者」扱いとなっている。
過去に北朝鮮で「スパイ容疑」で処刑されたケースは枚挙にいとまがない。例えば、2013年には海外から工作員を韓国に浸透させる任務を帯びている「225局」の北京支局長が帰国後に韓国側に対南浸透スパイ網に関する情報を流したとして国家保衛部に捕らわれ、処刑されている。
古くは金日成(キム・イルソン)政権時代に朴憲永(パク・コンヨン)副首相が朝鮮戦争で勝てなかった責任を取らされ、休戦から3年後の1956年に「米帝のスパイ」罪で、また金正日(キム・ジョンイル)政権下でも農業担当の徐寛熙(ソ・グァンヒ)党書記が農業政策の失敗と食糧危機の責任を取らされ1997年に「米帝国主義の指示を受け、我が国の農業を破綻させたスパイ」との罪名で処刑されている。
また、外交官としては1990年に労働党対外情報調査部の部長に任命されるまで延べ14年間、ソ連(現ロシア)大使を務めていた権煕京(クォン・ヒギョン)氏も1998年になって「ソ連のスパイ」の容疑で身柄を拘束され、処刑されている。
北朝鮮が李元外相の動静を公開すれば、白黒つくが、その可能性が低いだけに北朝鮮の「極秘情報」を日本のメディアに出し抜かれた格好となった韓国の情報機関とメディアは李元外相の処刑が事実なのか、事実ならば、原因は何かを突き止めるべきである。