2023年7月11日(火)

 米韓対北朝鮮 チキンレースの第1ラウンドの鐘が鳴った! 異例の2度にわたる金与正の米偵察機撃墜予告

北朝鮮の排他的経済水域に食い込んでいる韓国の防空識別圏(韓国国防部配布)


 米韓対北朝鮮の「威嚇合戦」が非難の応酬から直接行動に訴える危険な段階に入りつつある。

 「米軍の戦略偵察機が2日から9日にかけて数回も我が国の領空を数十kmも侵犯した。こうした挑発的な空中偵察行為は必ず代価を払うことになる」と、米国を非難した国防省の談話(10日午前)に続き、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹で、対米、対韓担当の金与正(キム・ヨジョン)党副部長までが2日連続で談話を出した。尋常ではない。

 昨夜出された最初の談話では米偵察機が10日午前5時と8時50分にも「我が方の海上軍事境界線の上空をまたもや侵犯した」と非難し、「もし、再び海上軍事境界線を越えてわが方の経済水域を侵犯するときには明確で、かつ断固たる行動で対応するということを委任によって繰り返し警告する」と米国を牽制していた。

 「委任によって」とは党中央、即ち兄の金正恩総書記からの指示を指している。与正副部長は正恩総書記の代理人でもあり、スポークスマンでもある。国防部の談話よりもはるかに重みがある。

 最初の談話から9時間後の今朝未明に出された2度目の談話でも「私は委任によって我が軍の対応行動をすでに予告した。繰り返される無断侵犯の際には米軍が非常に危険な飛行を経験することになる」と、米国に釘を刺していた。言葉ではなく、行動を、即ち撃墜も辞さないと、明確に予告したのである。

 当の米国は北朝鮮の領空侵犯非難について国防省(ペンタゴン)の報道官が「侵犯していない。我々は国際法が認める場所で安全かつ責任感をもって飛行し、作戦を遂行している」とコメントし、韓国の合同参謀本部は「領空を侵犯したとの北の主張は事実ではない。通常の偵察活動である」と反論し、「北朝鮮は意図的に緊張を煽っている」と逆に北朝鮮を非難していた。

 侵犯したのか、侵犯していないのか、第3者にはわかりようがないが、与正副部長の談話は国防省の談話とは異なり、米軍偵察機の侵入経路などについて触れていた。

 最初(10日)の談話では「今日の未明5時頃からも、米空軍戦略偵察機はまたもや蔚珍の東270kmから通川の東430kmまでの海上上空で我が方の海上軍事境界線を越えて経済水域の上空を侵犯しながら、我が国の東部地域に対する空中偵察を強行した。我が空軍のスクランブルによって退却した米空軍偵察機は8時50分頃、江原道高城の東400kmの海上上空で我が方の海上軍事境界線の上空をまたもや侵犯して空中偵察を働く重大な軍事的挑発をしかけた」と指摘していた。

 今朝の談話では「昨日、米空軍戦略偵察機は5時15分から13時10分まで江原道通川の東435kmから慶尚北道蔚珍の東南276kmまでの海上の上空で朝鮮東海の我が方の経済水域の上空を8回にわたって無断侵犯し、空中偵察行為を強行した」と、時間も距離もより詳細に明かし、かつ侵犯したとされる回数まで上げていた。

 国防省の談話では米偵察機は「我が国の主権が行使される領空を侵犯した」ことになっていたが、与正副部長の談話では「我々の200カイリの経済水域(上空)を侵犯した」に代わっていた。侵入したのが12カイリ(22km)の領海(上空)ではなく、領海の基準線からその外側の200カイリ(370km)の排他的経済水域(EEZ)内とされていた。

 EEZは国際法上、領海ではなく、通常無害通航権が認められる公海である。ペンタゴンが言うところの「国際法が認める場所」には当然EEZの上空、即ち国際空域も含まれる。

 北朝鮮が「EEZ内の偵察飛行を認めない」と言いだしたのは今回が初めてである。では、米国はおとなしく従うだろうか?

 EEZの上空は領空ではなく、国際法上問題ないとの認識ならば、今後も同じ場所で偵察飛行を続けるであろう。まして、北朝鮮の軍事境界線上のEEZの一部と韓国のADIZ(防空識別圏)は重なっているのでこのエリアでの慣例となっている偵察飛行を止めるわけにはいかないであろう。

 そうなると、北朝鮮は大見えを切った以上、公言どおり、撃墜せざるを得なくなる。

 但し、与正副部長は談話の中で「経済水域の上空、その問題の20〜40km区間では必ず、衝撃的な事件が発生することになるであろう」と、撃墜対象地域を20〜40km内に限定していた。

 金正恩総書記が2018年9月に文在寅(ムン・ジェイン)前大統領との首脳会談で交わした軍事分野での合意事項によると、南北双方は黄海上では軍事境界線から北方20km、日本海側では北方40km内の上空での飛行及び偵察活動を行わないことになっている。

 仮にこれが北朝鮮にとってのレッドラインならば、米偵察機もこの合意事項を遵守すれば、撃墜される可能性はゼロに等しい。しかし、ことはそう簡単ではない。

 リベットジョイント偵察機「RC135」(全長41.5m、全幅39.9m、全高12.70m、最高速度933km)は約440km離れた所から北朝鮮を偵察できるとされているが、4年前の2019年4月29日に偵察活動を行った際には軍事境界線から30km離れた江原道の春川一帯から北朝鮮の東側地域を偵察していた。一般的には知られていないが、近年ではしばしば軍事境界線の上空付近を東から西、西から東に往復飛行している。

 また、偵察機ではないが、2017年には米戦略爆撃機「B−1B」2機とそれを護衛する戦闘機「F−15C」5機が「海の38度線」と称される北方限界線(NLL)を越え、北朝鮮の領空に近いところで2時間にわたって軍事示威を行ったこともあった。

 NLLから150kmまで北上し、北朝鮮の領空には入らず、潜水艦弾道ミサイル(SLBM)基地のある新浦を120km〜150km離れたところで監視していた。確か、米軍の爆撃機がNLLを越え、北上したのはこの時が初めてであった。NLLは日本海に面した元山沖から距離にして60kmしか離れてない。

 「B−1B」の北上は核実験とミサイル発射実験を続ける北朝鮮をいざとなったらいつでも攻撃できるとの本気度を示すための軍事デモンストレーションの意味合いが強かった。

 脅しに屈すれば、あるいはやると言って、やらなければ、舐められると双方の軍部が思っているならば、どちらも引くわけには行かないであろう。

(参考資料:北朝鮮が米偵察機の撃墜を「予告」 本気?ハッタリ? 6年ぶりの北朝鮮の「威嚇」)