2023年3月1日(水)

 再び食糧危機に瀕した北朝鮮!金総書記がミサイルの発射に立ち会っても、農場に行かない理由は?

毎年不作に苦しむ北朝鮮の農業(「今日の朝鮮から」)


 北朝鮮では2月26日から金正恩(キム・ジョンウン)総書記の陣頭指揮の下、朝鮮労働党中央委員全員会議拡大会議が開催されている。

 初日に演壇に立った金正恩総書記は会議の目的について「今年の穀物生産目標を成果的に獲得し、数年内に農業生産で根本的な変革を起すことにある」と強調していた。また、「農業生産を革命的に転換させる」との決意を示していた。「根本的な変革」や「農業生産の革命的な転換」が何を指してるかについては具体策については明らかにされていなかった。

 昨年12月末に開催されたばかりの党中央委員会議拡大会議が3か月もしない間に再招集され、それも農業問題を議題にしたところをみると、食糧事情が相当逼迫しているようだ。韓国メディアによると、南部の開城市でも餓死者が発生しているとのことである。開城は北朝鮮で最も美味しいコメが生産される、言わば米どころである。ここで、餓死者が出ているというのが事実ならば、北朝鮮の食糧不足は深刻な状況にあるとみて間違いない。

 事態を打開するため年に1度、ないし2度しか行われない会議が早々と招集されたわけだが、党幹部らが集まって話し合ったからと言って、食糧不足が一気に解消するわけではない。現に、これまで何度も、何度もこの種の党中央委員会議や政治局会議を開いても、北朝鮮の慢性的な食糧不足は好転するどころか、むしろ「癌」のように悪化する一方だ。

 金正恩政権が発足した2012年から党中央委員全員会議の開催だけで延べ14回にもなる。そのうち半数は2021年以降である。全員会議以外の政治局会議を含めると、2020年は19回、2021年は18回、そして昨年は15回に及ぶ。ちなみに2012年から2019年までは年3回程度で、多くても2019年の5回が最多だった。北朝鮮はまさにここ数年は飽きもせず、会議、会議、また会議の連続である。

 金正日(キム・ジョンイル)前政権下では「会議からは何も生まれない。会議する時間があるならば、現場に、農場に出て労働者、農民と共に汗水を流せ」との金正日前総書記の「教示」もあって、会議はほとんどやらなかった。実際に17年間(1994年7月−2011年12月)の在任中、党規約で定められた5年に1度の党大会ですら開催しなかったほどである。

 金正日前総書記は「会議で打ち出の小槌を振ってもコメは大量に零れ落ちてこない」という考えだったようで、経済、特に食糧問題の改善は先代からの難題で、一朝一夕にはいかないと思っていたようだ。結局のところ、金正日前総書記もお手上げとなり、人民の悲願である「食べる問題」をそのまま3代目に継承させてしまった。

 先代から負の遺産を引き継いだ格好の金正恩総書記は政権の座に就いた2012年4月、金日成(キム・イルソン)主席生誕100周年記念閲兵式での演説で「人民が二度とベルトを締めることのなく社会主義富貴栄華を思う存分享受できるようにするのが我が党の確固たる決心である」と誓っていた。そして、6年後の2018年4月に開催した党中央委員第7期第3次全員会議での報告では2016年5月の党第7回大会で打ち出した「国家経済発展5カ年戦略遂行の期間に田畑ごとに豊穣の秋をもたらし、全国に人民の笑い声が高らかに響き渡るようにせよ」と号令を掛けていた。

 結果はどうなったのか? 最悪の状態のままだ。そのことは一昨年(2021年)6月に開催された党中央委員第8期第3次全員会議での農業担当の李哲萬(リ・チョルマン)党書記の次の一言が表している。李書記は「昨年の台風被害で人民の食糧事情が逼迫している」と吐露していた。事態を重く見た金総書記が「現在、人民の食糧状況が緊張しているので解決のための今総会で積極的な対策を出さなければならない」として軍に備蓄米の放出を指示したことはまだ記憶に新しい。

 この年の12月に開かれた第8期第4次会議でも3番目の議題に農業問題(「社会主義農村問題を正しく解決するための当面の課題」)が取り上げられ、金総書記は「自然災害から農作物を守り、農業生産を高めることが至急の課題である」と、全党員に呼びかけていた。

 不幸なことにそれでも改善されず、昨年7月に北朝鮮は国連に初めて「穀物700万トン生産に支障を来している。2018年は495万トンで、過去10年で最低を記録した」と実態を報告していた。

 この時の報告では2019年の生産量については言及がなかったが、417万トンと推定されている。ちなみに初代の金日成政権下の1987年の時の生産量が450万トンだったことを考えると、北朝鮮は35年経っても現状が大きく変わっていないことがわかる。

 世界食糧計画(WFP)は北朝鮮の2018年の一人当たり一日配給量は380グラムと推定し、2019年5月に発表されたWFPとFAO(国連農業機構)の「北朝鮮食糧実態報告書)には「数百万人が餓死寸前」と書かれれてあった。北朝鮮は数百万人が餓死状態にあることは認めていなかったものの2019年4月29日付の労働新聞は「コメで党を支えよう」「ゴールドよりもコメが貴重」とコメ不足を切実に訴えていた。

 すでにアフリカ諸国の平均を大きく上回った栄誉不足の人口比率はなんと、5か年経済期間中(17〜19年)にもかかわらず42.6%と、金正日前政権晩年(09〜11年)よりも増えていた。

 金総書記は稲刈りのシーズになると全軍・全人民に「ごはんを食べる者は全員農村の支援に行け。一粒残さず収穫するよう」総動員令を出し、今年は全国で献米キャンペーンを奨励しているが、どうやら焼け石に水のようだ。

 農業、食糧問題が危機的な状況にあることを認めているからこそ金総書記は会議を開き、ハッパを掛け、また指示も出しているが、不思議なことに自ら農場を見て回ることはしない。

 調べてみると、2012〜22年までの経済視察270回のうち農業視察はたったの9回である。2019年からの4年間は2回、それも田んぼ、畑ではなく、温室農場の竣工式への出席だった。「コロナ」のせいか、経済視察も減り、2013年の49回から昨年は8回に留まっている。

 農場を視察した結果、成果が上がらなければ、その責任を問われることになりかねない。金総書記は自己責任や権威失墜に繋がるのを何よりもを恐れているのかもしれない。