2023年10月23日(月)

 表ではパレスチナを支持しながら、裏ではイスラエルと取引した過去のある北朝鮮

第4次中東戦争でエジプト空軍に加わった北朝鮮空軍兵士(出展「自主時報」)


 世界中が懸念しているイスラエル部隊のガザへの地上侵攻はどうやら時間の問題のようだ。

 イスラエルはこの機会にイスラム組織ハマスを一気に壊滅させる作戦のようだが、当然ハマスも死に物狂いで抵抗するであろう。これにハマスへの連帯を表明しているレバノンに拠点を置くイスラム教シーア派武装組織、ヒズボラがハマスに本格的に加勢すれば、紛争はレバノンにまで拡大するであろう。すでにヒズボラは誘導ミサイルや迫撃砲でレバノンとの国境沿えのイスラエル軍の駐屯地や集落を攻撃しており、これに対してイスラエルも激しい空爆で応酬している。

 仮にイスラエルがハマスの根絶と同時にヒズボラ掃討作戦に乗り出し、空爆を含む全面攻撃に乗り出せば、ヒズボラの背後にいるイランが黙っていないであろう。傍観せず、軍事介入するかもしれない。イランの外相が「イスラエルがガザへの地上侵攻を実行に移せば対応をせざるを得ない」と介入を示唆する発言を行っているからだ。

 パレスチナのガザでの武力衝突がレバノンとイラン、さらにはイスラエルから空港を爆撃されているアサド政権のシリアを巻き込む形でエスカレートすれば、これは事実上「第5次中東戦争」である。

 イスラエルでは今回のハマスの奇襲攻撃に北朝鮮製の対戦車ロケット「F−7」が使用されたことからハマスと北朝鮮との関係が取り沙汰されているが、北朝鮮はハマスと対立するアッバス自治政府を承認しており、ハマスとは直接的な繋がりはない。しかし、北朝鮮の友好国でもあり、準軍事同盟関係にあるイランやシリアがイスラエルと交戦状態になれば、北朝鮮は第4次中東戦争(1973年)で演じたような後方支援を行うのは確実である。

 第4次中東戦争では北朝鮮はエジプト・シリア連合軍に対して空軍を中心に軍事顧問団を派遣し、戦略戦術を授けただけでなく、北朝鮮の空軍兵士が直接戦闘に加わり、イスラエル軍と空中戦まで演じていた。武器の支援については言うまでもない。

 北朝鮮はイランに対しては1979年にイラン革命で発足したホメイニ新政権が反米だったことからイラン・イラク戦争(1980−88年)ではイランに肩入れし、また、2011年4月から始まったシリアの内戦では軍事顧問団を派遣するなどアサド政権を軍事的にサポートしてきた。内戦の最中の2013年4月にシリアに向かっていた北朝鮮の貨物船がトルコ政府の検閲にあい、小銃など1400丁と弾薬3万発が押収される事件が起きたことはまだ記憶に新しい。シリアと北朝鮮の関係は先代のハーフィズ・アサド大統領と金正恩(キム・ジョンウン)総書記の祖父・金日成(キム・イルソン)主席とが義兄弟のような関係を結んだこともあって強い絆、連帯感で結ばれている。

 イスラエルはロシアと中国とは国交を結び、友好関係にあるが、北朝鮮とは敵対関係にある。従って、警戒するのはイランなど反イスラエル陣営に北朝鮮の武器が流れることである。

 北朝鮮の武器輸出は国連安保理の制裁で全面禁止されている。しかし、北朝鮮がウクライナ戦争の長期化で砲弾など在来式兵器が枯渇しつつあるロシアへの供与を始めたように直接、あるいは間接的にイランやシリアに武器を供給する可能性は大である。

 北朝鮮の中東への武器輸出は「アラブの大義を支持する」との看板の下で行われているが、実際は「買うところがあれば、売る」という実利主義に基づいている。兵器販売対象国についてはいかなる制限も設けず、代金さえ支払えば、どの国に対してもミサイルなど兵器を売却してきた。当時、北朝鮮にとって武器輸出こそが外貨獲得の唯一の手段になっていたからだ。

 そのことは北朝鮮自身も認めている。朝鮮中央通信は1998年6月16日に「ミサイル輸出は(米国の経済制裁下にある)現状では必要な外貨を獲得する手段であり、止むを得ず選んだ道である」と認めていた。 

 韓国統一部の統計によれば、北朝鮮は1987年から92年までの間にイランやシリアなどにミサイル約250基(当時5億8千万ドル相当)を売却していた。その中には射程600kmのミサイル「スカッドC」も含まれていた。

 北朝鮮の中東へのミサイル輸出はイスラエルの安全保障にとって深刻な脅威になるためイスラエルはかつて北朝鮮と直談判したことがある。それというのも、信じ難いことに北朝鮮から「イスラエルと交渉する用意がある」との働き掛けがあったからだ。

 中東への北朝鮮の武器流入を止める好機と捉えたイスラエルが1992年11月にエイタン・ベントゥール外務省アジア局長を密かに平壌に派遣し、イランへのミサイル売却の中止を要請したことは公然たる事実である。

 クリントン政権下の1993年6月に始まった米朝高位級会談の次席代表となった金桂寛(キム・ゲグァン)外務省参事(現外務省顧問)や軍高官らがベントゥール局長に対応したが、北朝鮮側は「イランとはイデオロギーで結ばれているわけではない。あくまで商業ベースの話だ。イスラエルが見返りを補償してくれるならば、イランなどへのミサイル売却を中止する用意がある」と回答していた。その後、判明したことだが、この時の交渉で北朝鮮は資金難により開発が中断されたままになっていた平安北道・雲山にある金鉱山に3億ドルの投資を打診していた。

 その後、北京で数回、交渉が行われ、ユダヤ系の米鉱山企業「マクリッチ社」の貿易使節団が訪朝し、話を詰めたが、核査察問題で交渉中だった米国からの圧力もあってイスラエルは1993年8月にこの交渉を打ち切ってしまった。

 イスラエルが北朝鮮との交渉を一方的に打ち切ると、北朝鮮は1994年1月に趙明禄(チョ・ミョンノク)空軍司令官を団長とする軍事代表団をイランに派遣し、イランとの間で「新軍事・原子力強化協定」を交わした。その結果として生まれたのが1998年7月のイランの中距離ミサイル「シャハブ3」の試射であり、1か月後の北朝鮮の「人工衛星」と称した長距離弾道ミサイル「テポドン」の発射である。

 北朝鮮とイスラエルの立ち位置は正反対にあるが、奇遇なことに両国が置かれている状況は酷似している部分がある。

 イスラエルは四方八方、敵に囲まれ、孤立しながらも核兵器を含む圧倒的な軍事力と米国の全面的なサポートの賜物で存続している。国際的に孤立している北朝鮮も同様に大量破壊兵器と大国・中国のサポートをバックにイスラエルと同じ道を辿っている。そのことは8年前の国連総会における両国代表の演説で垣間見ることができた。

 当時、イスラエルのネタニヤフ首相は国連演説で国連安保理がイランとの核協議で妥協し、これを国際社会が容認したとして、40秒以上も沈黙したまま演壇から各国代表を睨みつけていた。イランと妥協したのは国連安保理事国+ドイツの6か国だが、主導したのは同盟国の米国であった。それだけにイスラエルは米国が寝返ったことを苦々しく思っていた。

 同じ舞台で北朝鮮の李スヨン外相も険しい表情で「国連安保理は我々の宇宙平和利用の権利を乱暴にも蹂踏みにじった」と不満をぶちまけていた。北朝鮮の非難の矛先は制裁決議を主導した米国だけでなく、拒否権を発動しなかった中国とロシアにも向けられていた。北朝鮮もまた、中国が米国に妥協したため「人工衛星発射の権利を奪われた」と、中国に対して苦々しく思っていた。

 ネタニヤフ首相はイランの核ミサイル開発は「イスラエルではなく、欧州や米国を狙ったものである」と主張し、イランとの核合意は「悪い合意である」と扱き下ろていたが、北朝鮮もまた「決議案に賛成した国に問いたい。我々に対する圧力はいつの日か自らの首を絞める結果となるだろう」と中露を批判していた。

 当時、北朝鮮は党機関紙「労働新聞」で「一極化世界を企む米国と他の核保有国らはお互いに対峙する国家利益と理念を持っている。しかし、他の国の核保有についてはいかに相手が長い付き合いの友であっても、また、その国の生死存亡がかかっていたとしても、意に介さず、お互いに野合し、必死で妨害している。19世紀の欧州のブルジョア政治家が『永遠の聯盟はない。あるのは永遠の利益だけだ』と言ったことがある。今日の核大国はこの政治家の説教とおり、動いている」と書いていたが、大国に翻弄されるという点においては北朝鮮とイスラエルは共通していた。

 「歴史にもしもはない」と言われるが、約30年前の北朝鮮とイスラレルの交渉が成立していれば、また、2019年2月の米朝交渉が成功していれば、北朝鮮の中東介入も、ロシアへの武器売却も防げたのではないだろうか。

(参考資料:「漢江の奇跡」をもたらした韓国の「ベトナム戦争特需」とこれからの北朝鮮の「ウクラナイ戦争特需」)