2024年9月4日(水)

 水害被害の責任を取らされ慈江道の党トップが銃殺刑!?「TV朝鮮」の報道はスクープか、誤報か

救援物資を求め集った慈江道の被災者と姜鳳勲党書記(労働新聞から筆者キャプチャー)

 昨晩、ケーブルテレビ向け放送「TV朝鮮」の夜9時のニュースをインターネットで見ていたら、アナウンサーが7月末に北朝鮮の地方都市、慈江道で発生した水害の「死者が3500〜4000人に達していた」と放送していた。他のメディアではどこも扱っていないので「TV朝鮮」の独自ネタのようだ。

 「TV朝鮮」は北朝鮮の国営放送「朝鮮中央テレビ」とは何の関係もない。韓国の保守紙「朝鮮日報」系列のテレビ局である。

 「朝鮮日報」は代表的な「反北」新聞である。それが故に北朝鮮からこれまでに何度も「爆破する」と脅迫され、韓国メディアの北朝鮮訪問取材が許されていた南北融和時代には唯一取材許可が下りなかったメディアとして知られている。

 「TV朝鮮」は北朝鮮の水害状況が伝えられると、当初は慈江道の死者の数を「2500人」と報じていた。

 何もTVクールが現地に入って取材したわけではない。また、北朝鮮の公式発表、データーに基づくものでもない。情報の「ネタ元」は韓国政府当局関係者である。

 「政府当局関係者」とは北朝鮮担当部署の「統一部」もしくは、情報機関の「国家情報院」(国情院)の関係者と推定されるが、この関係者が現地に入って、死者の数を数えたわけでもない。敵対関係にある状況下にあってあり得ない話である。

 この「政府関係者」は死者が増えたことについて「洪水が引き、復旧の過程で新たに死人が発見された」と「TV朝鮮」の記者に述べている。中朝国境の鴨緑江が氾濫し、大洪水となり、あちらこちらで住宅や公共施設などが水没していたことは北朝鮮が公表した写真や映像からも窺い知ることができる。また対岸の中国側からも慈江道の被災状況を確認することができる。

 死者の数はさておき、復旧過程で遺体が一体も発見されないのはどう考えても不自然だ。日本でさえ数日前の台風10号による土砂崩れや家屋崩壊などで8人の死者が出たわけだからインフラ状況が劣悪な、脆弱で古ぼけた家屋で暮している北朝鮮の地方で死者が出ない筈はない。

 集中豪雨(7月28日)による水害被害は慈江道だけではない。中国との国境に近い平安北道の新義州市、義州郡でも同時発生し、「約4100余世帯の家屋と3000ヘクタールの耕地、それに数多くの公共の建物や施設、道路、鉄道が浸水した」と、北朝鮮のメディアは大々的に伝えていた。

 新義州の被害状況を視察した金正恩(キム・ジョンウン)総書記は7月30日に現地で開催した政治局非常拡大会議で「許しがたい人命被害まで発生させた」と、当初は人命被害があったことを率直に認めていた。

 ところが、3日後の9月2日に再度視察した際には「浸水による被害が最も大きかった新義州地区で人命被害が一件も出なかった。これは奇跡としか表現できない」と、信じ難いことに「前言」を翻していた。

 仮に金総書記の発言通りならば、慈江道は平安北道よりも被害が少ないことになる。その慈江道で死者が3500〜4000人に達したのにその一方で新義州の死者はゼロというのはあり得ない話である。いつものことだが、困ったことに北朝鮮発表の「ゼロ」も韓国発表の「4000人」もどうにも検証のしようがない。

 「朝鮮TV」はまた、北朝鮮の水害被害関連で「先月末に水害地域の幹部ら20〜30人がいっぺんに銃殺された。その中には慈江道党責任書記も含まれていた」と、これまたスクープとして報じていた。「水害被害に非理(不正)と職務怠慢の罪を着せられ銃殺された」とのことだ。

 金総書記が被害状況に怒り心頭になり「党と国家が付与した責任重大な職務の遂行を甚だしく怠って許せない人命被害まで発生させた対象者を厳しく処罰する」とし、慈江道の姜鳳勲(カン・ボンフン)党責任書記を更迭していたことは北朝鮮のメディアにも報道されており、公然たる事実である。しかし、処刑されたとなるとこれはただ事でははない。

 姜鳳勲氏は党幹部と称される労働党中央委員である。かつては軍需工業部副部長の任にあった。金総書記の取り巻き連中の一人でもある。その人物が容赦なく、処刑されたならば、それ自体が慈江道の被害が想像以上に深刻だったことの一つの裏付けとなる。

 しかし、すんなりと受け止められない理由が幾つかある。

 その一つは、金総書記から「被災者の数をまともに掌握してなかった」と、同時に叱責され、更迭された李太燮(リ・テソプ)社会安全相が処刑者の中に含まれていないことである。李氏はなぜ、銃殺されなかったのかという素朴な疑問だ。

 また、銃殺されたのが8月末ならば、この時点での慈江道党責任書記は7月30日付で同じ被災地の平安北道の党責任書記から配置換えされている朴成哲(パク・ソンチョル)氏である。「銃殺された」とされる「慈江道党責任書記」がどちらなのか不明なことだ。

 それと、この種の「処刑説」をすんなり受け止められない理由のもう一つは、「朝鮮日報」や「TV朝鮮」の「北朝鮮関連スクープ」には誤報が多いことだ。 

 例えば、2013年8月29日付の「玄松月の公開処刑」報道、2014年1月6日付の「金慶喜(張成沢の妻)の自殺&毒殺」報道、2019年5月31日付の「金英哲統一戦線部部長の粛清」報道、2019年11月13日付の「谷内前国家安全保障局長の3度訪朝」報道等等である。

 そのうちの一つ、「玄松月の公開処刑」については「朝鮮日報」が「北朝鮮の『ウナス管弦楽団』所属芸術人十数人が淫乱物を作成、銃殺された」と報じ、続いて「TV朝鮮」が国民的人気女性歌手でもある玄松月も「淫乱物関連で8月17日に逮捕され、20日に劇団員らの前で公開処刑された」と報道していた。

 しかし、玄松月氏は翌年2014年5月に平壌で開催された「全国芸術人大会」で健在が確認され、その後モランボン楽団の団長に昇格し、今では金総書記の側近となっている。

 「朝鮮日報」のネタ元はいずれも「北朝鮮消息筋」や「情報筋」あるいは「政府当局者」だが、どれもこれもガセネタだった。

 本当に処刑されているならば「姜鳳勲」の可能性が高いものと推察されるが、今後、二度と公の場に現れないとか、北朝鮮の報道から名前が完全に消えるようなことになれば、処刑の可能性が現実味を帯びてくるのではないだろうか。