2025年4月7日(月)

 夫人に足を引っ張られ自滅した尹錫悦前大統領

尹錫悦前大統領夫妻(大統領室から)

 昨年日本でも話題を呼んだ韓国映画「ソウルの春」は1979年12月12日に起きた全斗煥(チョン・ドファン)国軍保安司令官率いる若手将校らによる粛軍クーデターを題材にした映画である。この日の出来事は「12.12」と呼ばれ、韓国の負の歴史として刻まれている。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領が国防長官と密議し、2024年12月3日に非常戒厳令を発令すると同時に陸軍参謀総長を戒厳軍司令官に任命し、首都警備司令部、特戦団司令部、防諜司令部、情報司令部傘下の軍人1605人と武装警察官(機動隊)3790人を動員し、議会の制圧を試みたのは事実上の親衛クーデターである。すでに「12.3」と呼ばれており、韓国の歴史に汚点として刻まれることになるであろう。

 負の歴史が繰り返されることとなったが、なぜ、軍歴もない検察官出身の大統領がクーデターを引き起こしたのだろうか?

 大いなる謎となっているが、そのヒントは尹前大統領が検察総長だった頃の2020年3月19日、最高検察庁の部長らとの夜会の席で語った以下の発言の中にある。

 「もし私が陸士(陸軍士学校)に行っていたならば、クーデターをやっただろう。クーデターは中佐がやるものだ。検察ならば部長に該当する。私は部長の時代に戻りたい」

 尹前大統領は全斗煥元大統領について大統領予備選の時代の2021年10月19日に釜山を訪れた際に「全斗煥大統領はクーデターと5.18(光州デモ武力鎮圧)を除けば、それこそ政治は良かったと評価している人もいる。全羅南道の人でもそのように評価している人がいる」と発言し、物議を呼んだことがある。「12.12」で多くの国民の恨みを買っていた全元大統領が亡くなったのはこの発言から約1か月後である。

 全元大統領の評価は選挙にマイナスになってもプラスにはならない。それなのに自身の想いを率直に吐露したのである。国民感情、世論を意識し、さすがにクーデターと光州デモの鎮圧については評価の対象外としていたが、前年の「クーデターをやっただろう」の発言と照らし合わせると、本心では「致し方ないこと」と同情していたのかもしれない。

 尹錫悦氏を野党は「独裁者」と批判していたが、そうであったとしても全斗煥氏の独裁ぶりには足元にも及ばない。僅か2年半そこそこで退陣した尹錫悦氏とは異なり全斗煥氏は8年間も政権の座にあった。その絶対的な独裁者が倒れるきっかけとなった原因の一端は李順子(イ・スンジャ)夫人にあった。

 貧しい家柄のため大学に進学できず陸軍士官学校に進んだ全元大統領とは異なり李夫人は家柄も良く、名門・梨花女子大学校医科大と延世大学校生活環境大学院で学んだ才女である。

 学生だった19歳の時に8歳年上のまだ中尉だった全斗煥氏と結婚し、22年後には夫を国軍保安司令官、さらには頂点の大統領にまで押し上げたことからメディアでは「あげまん妻」と称されていた。

 しかし、夫が大統領になってからは政治に口を挟み、出しゃばり始めたことから世間の顰蹙を買い始めた。ファーストレディーは人徳の「徳(トク)」を意味する「徳夫人」と呼ばれるが、李夫人は顎(韓国語で「トク」と発音)がしゃくれていることから「顎夫人」と揶揄されるほど陰口を叩かれた。

 収賄や不正蓄財にも絡み、夫の不正蓄財(約2200億ウォン)の内、約130億ウォン(約13億円)を管理した疑いで2004年には韓国中央捜査部に参考人として取り調べを受けていた。

 全斗煥氏は1987年に発生した民主化デモによって大統領の座から転げ落ちたが、この時の流行語が「雌鶏鳴くと国滅びる」だった。つまり、夫人がしゃしゃり出たため夫が潰れてしまったということの意味だ。

 全斗煥氏を尊敬して止まない尹錫悦氏もまた金建希(キム・ゴンヒ)夫人によって自滅を強いられてしまったようだ。

 金夫人の母親の知り合いの紹介で出会った二人は一回りも年が離れている。尹大統領の一目ぼれでだった。

 「彼はお金がなく、私とでなければ結婚できなかった。私が1990年代後半からITブームの時に株で金を儲け、事業を拡げ、財産を増やした」と言ってはばからない金夫人からすると、私が夫を出世させた、大統領にしてあげた」との思いが強いようだ。

 その金夫人には結婚前から学歴詐称や株操作疑惑など様々な疑惑がくすぶっていた。夫が検察官で後に大統領になったことで司直の追及を逃れることができた。

 金夫人は大統領選挙期間中に「家庭で夫を支える」と言っていた。そのまま内助の功に徹してれば良かったものの夫が大統領になると、李順子夫人同様に総選挙の与党候補公認問題に介入するなど政治に口を出し始めた。

 野党は国会に夫人の疑惑を捜査する「特別検察官」を任命する法案(「金建希特別法」)を何度も提出したが、夫がその拒否権を行使し、阻止してきた。しかし、それにも限度があった。野党の追及が激しくなり、袋小路に追い込まれてしまった。尹錫悦氏が大義名分のない非常戒厳令を宣布し、国会を解散させようとしたのも最愛の金夫人を死守するためとの風聞が流れる所以である。

 後ろ盾となった夫が罷免され、失職したことで今後、夫同様に金夫人にも警察、警察だけでなく、国会での追及も待ち受けている。そうなれば、夫婦揃って刑務所に収監されることになりかねない。