2025年8月20日(水)
「韓国は相手にせず」と二回りも年下の「金正恩の妹」に罵倒、酷評されても李在明政権は耐えるのか?
李在明大統領と金与正副部長(「共に民主党」と「朝鮮中央テレビ」から筆者キャプチャー)
北朝鮮に強硬な尹錫悦(ユン・ソクヨル)前政権から融和の李在明(イ・ジェミョン)政権に変わったにもかかわらず南北関係は史上最悪の関係から抜け出せないでいる。原因は韓国が豹変しても北朝鮮が何一つ変わらないからである。
金正恩(キム・ジョンウン)総書記の代理人でもある実妹の金与正(キム・ヨジョン)党副部長は昨日、李在明大統領に向かって実にきつい言葉を投げかけていた。
李政権の対北融和政策を「妄想であり、馬鹿らしい夢である」と酷評し、「(李大統領は)朝韓関係が決して逆戻りしないということを知らないはずがない。知らないのならば、白痴であろう」と扱き下ろしていた。5日前の「ソウルの希望は愚かな夢にすぎない」の発言よりもさらにひどい内容だった。
ここまで罵倒されながらも李政権は尹前政権とは違い、やり返すこともなく、韓国の所幹部署である統一部を通じて「朝鮮半島の平和を築くため南北が互いに相手を尊重することが重要である」と、たしなめるだけで「敵対と対決の時代を終え、朝鮮半島の平和共存と共同成長の時代を必ず開く」(大統領室)と、いつもの言葉を繰り返していた。
南北関係が断絶したのは尹錫悦政権の時ではなく、同じく融和政策を取っていた文在寅(ムン・ジェイン)政権の時からである。
文大統領が2020年8月に光復75周年の演説で「板門店宣言で合意した事項を一つ一つ点検し、実践しながら平和と共同繁栄に向かっていく」と、北朝鮮にラブコールを送っても北朝鮮は「韓国とはもう対話することも、何か一緒にやることも、協力することもない」(金与正副部長)と宣言し、実際にコロナ関連の医療支援を申し出た文在寅大統領の特使派遣を拒んでいた。
その直後にNLL(北方軍事境界線)に近い延坪島付近で海洋水産部所属の漁船指導員が北朝鮮の海上警備兵に射殺される事件が起き、新型コロナウイルス感染症対策が評価され、71%まで跳ね上がっていた文大統領の支持率は50%までに急落し、年末には36.7%にまで暴落してしまった。
翌年(2021年)の3月15には二回りも年下の金与正氏から「生まれつきの馬鹿ではないか」と酷評されてもなお大統領は「今は南北が対話を続けるため努力しなければならない時期である」と、ひたすら耐え続けていた。
過去の例をみれば、融和政策から強硬政策に変わった大統領が3人いる。一人は、民主化の闘士として知られる第14代大統領の金泳三(キム・ヨンサム)氏である。
金泳三大統領は政権発足当初は「民族のほかに同盟に勝るものはない」と公言し、「太陽政策」を掲げて金日成(キム・イルソン)主席にラブコールを送っていた。それにもかかわらず北朝鮮は大統領就任翌月の1993年3月に核拡散防止条約(NPT)から脱退を表明し、5月には初の弾道ミサイル「ノドン」を能登半島に向け発射し、金泳三大統領を大いに失望、落胆させた。
それでも金泳三大統領は1994年7月に急死した金主席の後継者である二代目の金正日(キム・ジョンイル)総書記を相手に再三にわたって南北対話を提案したが、最後まで無視されたためブチ切れ、「北朝鮮は壊れたヘリコプターのようなものだ。(北風を吹かせば、堕ちるという意味)」と、最後は「北風政策」に転じてしまった。晩年「あの時、クリントン政権の対北攻撃を止めなければ良かった」と後悔するぐらい対北強硬論者に変身してしまった。
第17代大統領の李明博氏もしかりである。
「北との対話及び交流に最善を尽くす。南北関係は政権が変わっても南北間の和解と平和を維持するための努力を一層やるつもりだ」と謳った選挙公約を掲げ登場した李明博大統領は2010年5月に北朝鮮の潜水艦によって韓国哨戒艦が撃沈される事件が発生しても金正日(キム・ジョンイル)総書記の責任には触れず、南北関係改善の必要性を強調していた。
しかし、半年後の11月に北朝鮮による延坪島砲撃があった時には国民向け談話を発表し、「北朝鮮が自ら進んで軍事的冒険主義と核を放棄することが期待できないことがよくわかった。これ以上の忍耐と寛容はより大きな挑発を誘発するだけだ」と言って、北朝鮮の挑発にはそれ相応の懲罰を与えると、タカ派路線に急旋回した。
3人目は野党時代(2002年)に訪朝し、金正日総書記と会談したことのある後任の第18代大統領の朴槿恵(パク・クネ)氏である。
朴大統領も李大統領同様に北朝鮮との関係については「多様な対話チャンネルを開き、『韓半島信頼プロセス』を通じて関係を改善し、経済協力及び交流を進める」と公言していたが、政権発足時を含め在任中に北朝鮮が3度も核実験を強行し、ミサイル発射を乱発したため最後は大統領府で開いた首席秘書官会議(2016年9月22日)で「住民の暮らしはかまわず、ひたすら政権の維持と私利私欲を考えている」と金正恩総書記を辛辣に非難し、「私と政府は金正恩の核とミサイルへの執着を断ち、国と国民を守るためにできるすべてのことを行う」と、挑戦状を叩きつけていた。「できるすべてのこと」の中には特殊作戦部隊を創設し、金委員長の首を取る作戦が含まれていた。
結局のところ、北朝鮮と対立したまま南北経済共同体形成を目指した李明博政権の南北統一ビジョンも「韓半島信頼プロセス」を通じて関係を改善し、経済協力及び交流を進める朴槿恵政権の構想も頓挫してしまった。
韓国の政権がハト派政権であれ、タカ派政権であれ、お構いなしに核・ミサイル開発を進めるのが北朝鮮の本質である。
例えば、北朝鮮は「親北」と称された第15代大統領の金大中(キム・デジュン)氏が大統領に就任した年の1998年に「人工衛星」と称して長距離弾道ミサイル「テポドン」を発射し、また後任の第16代大統領の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の時にNPTから脱退し、核保有を宣言し、初の核実験を行っている。
ミサイルについては朴槿恵政権下で42回、文在寅政権で計36回、そして尹錫悦政権では計88回も行っていた。
北朝鮮は韓国の大統領が誰であっても、それが北朝鮮寄りの進歩系であっても核とミサイルの問題は米朝間の問題であり、韓国は北朝鮮の交渉相手ではないとの考えで一貫している。そのことは、金正恩総書記が2019年6月12日にトランプ大統領に送った親書から読み取れる。
金正恩総書記は親書で「ひとえに貴方と私だけが両国間の問題を解決し、70年にわたる敵対を終わらせることができる」と述べ、また8月25日の親書でも「現在も未来も韓国軍は私の敵とはならない。貴方がいつか言ったように我々は特別な手段が必要としない強い軍隊を持っている。韓国軍は我が軍の相手にはならない」と北朝鮮が相手にしているのは韓国ではなく、米国であることを強調していた。
「李在明政権相手にせず」の金正恩政権に李在明政権は果たしてどこまで我慢できるのだろうか?雪に踏まれ、人に踏まれても咲くのがタンポポだが、李大統領が「花咲かじいさん」になる日が訪れるのだろうか?
(参考資料:文在寅元大統領を「生まれつきの馬鹿」と揶揄した北朝鮮は李在明大統領にも同じ罵詈雑言を浴びせるかも)