2025年8月29日(金)

 「金正恩訪中」はトランプ大統領の揺さぶりが狙い

前回訪中した金正恩総書記と握手を交わす習近平主席(朝鮮中央テレビ)

 中国の抗日戦争勝利式典には最高人民会議常任委員長の崔龍海(チェ・リョンヘ)政治局常務院を派遣すると伝えられていた北朝鮮は一転、金正恩(キム・ジョンウン)総書記自身が「習近平同志の招きによって中国人民抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利80周年記念行事に出席する」(朝鮮中央通信)と、昨日中国外交部と足並みを揃え、同時発表した。

 このニュースはビッグニュースとなって世界を駆け巡っている。それというのも、北朝鮮は父親の金正日キム・ジョンイル)前総書記の時代から外国の首脳や要人が集まる式典や国際会議の場には出席しないのが慣例になっているからである。何しろ、北朝鮮のトップがその種の場に現れたのは金日成(キム・イルソン)主席が暗殺されたエジプトのサダト大統領の国葬に参列した1981年が最後だった。

 実際に、金正恩総書記は同盟関係にあるロシアの5月9日の対独戦勝式典ですら、習近平主席ら20カ国の首脳らが招待され盛大に行われた2015年の対独戦勝70周年の時も、今年の80周年の時も出席しなかった。

 中国に対しても10年前の30か国の首脳を含む49か国から参加した70周年式典には出席せず、代わりに当時政治局員だった崔龍海氏が代理出席していた。

 側近とはいえ当時、No.2の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長ではなく、格下の序列5位だった崔龍海書記を派遣したことは中国にとっては心外だったのか、天安門で行われた式典では端に追いやられ、天安門をバックに出席者全員で記念写真を撮った時は向かって二列目の左端に立たされた。

 ひな壇の中央席には皇帝の色でもある黄色のジャケットを着て現れた朴槿恵(パク・クネ)大統領が習主席、プーチン大統領と並び立ち、世界の注目を集めた。

 日米の反発をよそに西側首脳として唯一出席を決断した朴大統領はこの式典を中国との蜜月ぶりを内外に誇示し、「中朝」から「中韓」に時代がシフトしたことを印象付ける場にしたが、今回は韓国は李在明(イ・ジェミョン)大統領でなく、禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長が出席することから10年前とは逆パターンで金総書記が「中朝蜜月」を誇示する番となった。

 金総書記を招請した中国側の思惑はさておき、金総書記が「慣例」を破って訪中し、式典に参加する北朝鮮側の狙いは何か探ってみる。

 韓国、中国、ロシア、米国、そして米朝首脳会談の場となったシンガポールとベトナムの首脳以外とは会談したことのない金総書記にとって26か国首脳と顔を合わせることで外交的孤立を脱皮し、一気に外交網を広げることができるし、世界中の注目を浴びるメリットもある。しかし、最大の狙いは次の3点であろう。

 一つは、中国との関係修復にある。

 北朝鮮にとっての第1の友好国は以前は中国であったが、今ではロシアである。中朝関係は北朝鮮がロシアとの関係を深めれば深めるほど隙間風が吹いていた。

 中国が北朝鮮に見せつけるかのように昨年、4年半ぶりに日中韓首脳会談に応じただけでなくプーチン大統領の訪朝(6月19日)に合わせるかのように韓国との「外交安全保障対話」(2プラス2)に応じたのはまさに中国の不快感の表われだった。

 その結果、中朝修交75周年の昨年は「友好の年」だったにもかかわらず、4月の開幕式には中国共産党No.3の趙楽際全人大常務委員長が訪朝し、出席したにもかかわらず、10月6日に北京で予定されていた閉幕式は北朝鮮がカウンターパートナーの崔龍海氏を派遣しなかったため開かれなかった。今年は初めて両指導者の新年の祝電の交換もなかった。

 こうした亀裂が生じたかつての血盟関係を中国が力を入れている行事に出席し、中国の顔を立てることで修復しようとの狙いが見え隠れしている。

 もう一つは、中国を引き入れての露中朝の3か国同盟関係の構築にある。

 北朝鮮はロシアと中国とは「包括的戦略パートナーシップ」と「中朝友好協力相互援助条約」を結んでいる。どちらの条約にも「いずれか一方の締約国がいずれかの国又は同盟国家群から武力攻撃を受けて、それによって戦争状態に陥った時は他方の締約国は直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」と明記されている。

 中国とは良好な関係にあるロシアは3か国同盟関係を切望しているが、肝心の扇の要となる中国は欧米を意識し、あるいは経済制裁を恐れ、露朝との表立った軍事協力にはこれまで消極的であった。しかし、中国にとっては核心問題である台湾を巡り米国を中心に西側諸国が外交、経済、軍事面で圧力を掛けている状況下では露朝と手を握るのも強力な牽制カードとなり得る。今回、北京で3者間で意思疎通が図れれば、今後、日本海、あるいは太平洋での中露の空海合同訓練に北朝鮮が加わる可能性も十分に考えられる。

 最後に、トランプ大統領へのけん制である

 トランプ大統領は「金正恩とは良い関係にある」とか「金正恩に会うつもりだ」と公言しているものの言葉だけで行動に移していない。

 核保有を認めなければ、制裁も解かない。北朝鮮の生存権を脅かしている軍事演習も中止せず、逆に日韓との軍事協力を強め、圧力をかける一方であると、北朝鮮は捉えている。所謂、米朝対話の前提条件である敵視政策を撤回しないのが北朝鮮にとっては大いに不満である。ならばと、業を煮やした金総書記は「中国カード」を切ることでトランプ大統領を牽制、揺さぶるつもりのようだ。

 トランプ大統領は「北朝鮮は中国を嫌っているようだ」と語っていることからも明らかなように金総書記は前回、米朝首脳会談の場でトランプ大統領に対して複雑な対中感情を吐露していた。

 対中包囲網に余念がないトランプ大統領はこれをチャンスとみなし、北朝鮮をベトナムのように中国から引き離そうと試みたが、ハノイでの2度目の会談が決裂し、頓挫してしまった。

 トランプ大統領が現状維持に安住し、このまま何もしなければ仮に台湾有事が現実となった場合はロシアに派兵したように中国にも援軍を送ることになり、そうなれば米国と一戦交えることになるとの最悪のシナリオを突き付けようとしているようにみえる。

 シンガポールで2018年6月に最初の首脳会談が開かれた時も、ベトナムで2019年2月に2度目の会談が開かれた時も金総書記は1か月前には訪中していた。

 過去を振り返ると、9月に順延された米韓合同軍事演習(「乙支フリーダムシールド」(UFS)の約20件の野外機動訓練(FTX)がトランプ大統領の決断次第で仮に中止ということになれば、意外と早い時期に米朝首脳会談が開かれるかもしれないが、金総書記の「訪中カード」が功を奏するかどうか、予断は許さない。