2025年8月5日(火)
戒厳令発令のため無人機に続きアパッチヘリでも北朝鮮の攻撃を誘導しようとした尹錫悦前大統領
海上の軍事境界線と呼ばれている朝鮮半島西海(黄海)上の北方限界線(筆者作成)
尹錫悦(ユン・ソクヨル)前政権が非常戒厳令を発令するため北朝鮮との軍事衝突を企図し、北朝鮮の攻撃を誘導する工作を行っていたことはほぼ間違いないようだ。
事の真相を明らかにするため当初は与党「共に民主党」の「外患誘致罪真相調査団」が調査に乗り出していたが、今では「内乱容疑」を調査している゙銀錫(チョ・ウンソク)特別検察チーム(特検)が「外乱容疑」まで調べており、その過程で軍関係者らの証言を得ているようだ。
「外患」工作も内乱共謀者の金龍顯(キム・リョンヨン)国防長官(当時)が陸士3期後輩にあたる盧サンウォン前情報司令官の作戦に基づき、国軍防諜司令官、情報司令官、ドローン作戦司令官、地上軍事作戦司令官らに命じて決行したものだが、これまでに北朝鮮のゴミ風船飛来地点への爆撃企図と無人機の平壌侵入は事実として判明している。
この二つの工作に加えて今、新たな疑惑として浮上しているのが武装したヘリを軍事境界線(MDL)や北方限界線(NLL)ぎりぎりに飛ばし、北朝鮮の挑発を誘導しようとしたことだ。
「共に民主党」の秋美愛(チュ・ミエ)議員が確保した陸軍航空司令部傘下の航空旅団所属の航空大隊関係者の陳述によれば、航空司令部は昨年1年間でアパッチヘリを7〜8回西海(黄海)のNLLに飛ばしていた。
北朝鮮と隣接している京畿道利川市に本部のある陸軍航空司令部は北朝鮮の機械化軍団の予想進入路を探索、待ち伏せし、攻撃を加える部隊で、近接航空支援と特殊作戦を任務としている。
韓国は前年の2023年11月22日に文在寅(ムン・ジェイン)前政権下で北朝鮮との間で交わされた「9.19南北軍事合意」の一部効力を停止していた。合意破棄により軍事境界線より5km以内での砲兵射撃訓練も連隊級以上の野外機動訓練も、また偵察無人機の投入も可能となっていた。
武装ヘリNLL投入作戦は合同参謀本部の命令に従い、昨年5月から6月までの1か月間に1,2回集中的に実施されている。
当時、ヘリは30mm機関砲弾と戦車や装甲車を攻撃するミサイルで武装されており、この時は合同参謀本部からヨンビョン島、ペクリョン島を通って北朝鮮方向に20分間飛行するよう異例の指示が下されていたとされている。
通常これら島を飛行する場合は、安全問題を考慮し、北朝鮮と距離を置き、「L字」で帰任する飛行経路を辿るが、この時は北朝鮮側に露出される危険をあえて冒してまでNLLに沿って飛行する指示が下されたと証言者は陳述している。
それも飛行作戦は夜間ではなく真昼に行われ、何と北朝鮮の軍基地と僅か2〜3kmしか離れてない場所を飛行していた。そのためこの作戦に投入された操縦士は「真下の北朝鮮の漁船が肉眼で見えるほどだった」と証言している。特検は当時、この作戦に投入された部隊もすでに特定している模様だ。
「北朝鮮の攻撃を誘導せよ」の作戦は内乱の設計者と目されている盧サンウォン前情報司令官の手帳からもすでに裏付けられている。
盧前情報司令官を起訴した特検によると、昨年6月から11月にかけて延べ4回にわたってアパッチヘリ部隊がNLL越しに飛行し、作戦を遂行したとのことである。そこで、昨年6月から11月までの軍事状況をみると、以下の通りである。
6月 尹政権が南北軍事合意の効力停止を閣議決定すると同時に脱北団体が早速、5日〜6日にかけて大型風船10個で宣伝ビラ20万枚を散布。このビラ散布について「共に民主党」の調査団は「軍の心理戦部隊が対北ビラ散布に密かに関与し始め、政府が組織的に介入した」と、調査報告書の中で明らかにしている。また、北朝鮮軍が対抗して8日にゴミ風船を飛ばしてきたため韓国軍心理戦部隊は9日に11年ぶりに「耐えられない措置」として対北拡声器放送を再開。これに反発した金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)副部長が9日に「我々の対応行動(ゴミ風船)は9日中に終了する計画だったが、韓国が拡声器放送を開始したことで状況が変わった。これは、極めて危険な状況の前奏曲である」と韓国を非難する談話を出していた。
7月 尹大統領の支持率が急落し、3日には国会に尹大統領の弾劾訴追発議を要求する嘆願が100万人を突破。「共に民主党」など野党6党は金建希(キム・ゴンヒ)夫人の国会召還や国会が指名した特別検察官による捜査を可能とする「特権法」を国会に上程。韓国軍は2日から南北軍事境界線の東部と西部の戦線で6年ぶりに陸上砲兵訓練を実施した。北朝鮮が7月24日に韓国に向け飛ばしたゴミ風船500個のうち480個が軍事境界線を越え、韓国エリアに落下し、ソウルにも多数飛来。龍山の大統領室の境内にも初めて落下した。与党の成一鐘(ソン・イルチョン)議員が「我々は黄海道にある北朝鮮のゴミ風船の拠点13カ所をすでに把握している。我が軍はいつでも攻撃することができる」と北朝鮮を牽制した。
8月 尹大統領は12日、国防長官に高校(沖岩高校)の1期先輩にあたる金龍顯大統領警護処長を起用。合同参謀本部の金明秀(キム・ミョンス)議長は12日、「北朝鮮は米艦合同軍事演習(乙支フリーダムシルド)期間中に挑発するかもしれない」と発言し、軍に対して「挑発してきた場合、即・強・最後の原則に従い、行動せよ」と指示。「韓国ギャラップ」が27日から29日にかけて行った世論調査の結果、尹大統領の支持率は20台前半の23%に下落。30日にはドローン作戦司令部のキム・ヨンデ司令官が国家安保室を訪問。
9月 韓国軍は5日午後、1時間にわたってペクリョン島とヨンビョン島から自走砲と多連装ロケットを使い、射撃訓練を実施し、計390発の砲弾を発射。このエリアでの海上射撃訓練は6月26日以来実に70日ぶりであった。合同参謀本部は「国民の安全に深刻な危害が及ぶか、レッドラインを越えたと判断した場合、断固たる軍事措置を取る」と北朝鮮を牽制。金国防長官も国防部庁舎で開かれた就任式で「北朝鮮が挑発すれば『即、強力、最後まで』を合言葉に北朝鮮に残酷な代価を払わせ、政権を終末させる」と宣誓。韓国ギャラップが9月10日から12日にかけて実施した世論調査で尹大統領の支持率は大統領就任以来、初めて20%に下落した。
10月 合同参謀本部は5日に「我々の軍事的目標は唯一、金正恩一人である」と、金総書記を挑発。韓国軍は対北宣伝ビラによる挑発が難しくなると、戒厳令布告の口実をつくるため無人機を使用。金国防相が側近の呂寅兄(ヨ・インヒョン)国軍防諜司令官に指示し、ドローン作戦司令部が3日、9日、10日とNLL海上の島から無人機を連続して飛ばした。
11月 韓国海兵隊の西北島諸防衛司令部がペクリョン島やヨンビョン島を守るための防衛訓練を6日から3日間実施。訓練には海兵隊と陸・海・空軍の兵力約6600人と艦艇約10隻、航空機35機が参加。これとは別に6日には合同参謀本部が西黄海地域で地対空ミサイル「天弓」や地対空誘導弾「パトリオット」などの射撃訓練を実施。7日にも黄海上で地対地弾道ミサイルの実射撃訓練を実施。訓練は敵の攻撃拠点と想定した地点を打撃する方式で行われた。また、27日には海兵隊がペクリョン島で海上訓練を実施し、「Kー9」自主砲を約200発発射した。北朝鮮が28日夜から29日早朝にかけてゴミ風船約40個を飛ばし、30個が首都圏に落下すると、金前国防相は合同参謀本部を訪れ、「なぜ、北朝鮮のビラ風船に警告射撃をしないのか、風船を飛ばしている原点(地点)をなぜ攻撃しないのか」と、金明秀議長を叱責していた。なお、「韓国ギャラップ」が8日に発表した世論調査では尹大統領の支持率は就任以来最低の17%に落ち込んでいた。
当時の緊迫した状況が手に取るようにわかるが、特検が確保した内部関係者のテープ起こしには「アパッチヘリは西海岸以外にも内陸、それも北朝鮮の歩哨所近くまで飛行する異例の方式だった」とか「平素と異なり、当時飛行した時には30mm機関砲弾とミサイルが装填されており、それも平常時に備蓄されていた実弾ではなく、戦時備蓄用まで動員していた」とのやり取りが含まれていた。また、「高度を上げ、敵に見えるようにせよ」との指示や訓練途中の交信も盗聴防止用の秘密通信ではなく、盗聴が可能な一般通信網を利用していた内容も含まれていた。
当時、操縦士らは「偵察目的ではなく、北朝鮮が我々に気づくことを願っての飛行だった。(大統領の)支持率が下がっていたので北風を起こそうとしたのではないか」と疑っていたとする操縦士らの会議での会話内容も特検は確保していた。
こうしたことから特検はアパッチヘリが撃墜される恐れがあったとして尹前大統領と盧前情報司令官らに外患予備陰謀容疑を適用することを検討している。