2025年12月15日(月)

 金正恩総書記がまた泣いた!「演出」なのか「慈悲深い」のか、単に「涙脆い」のか?

クルスク州地雷除去派遣帰還兵の歓迎公演で涙ぐむ金正恩総書記(朝鮮中央TV)

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記がまたまた泣いた。

 古今東西、世界の指導者の中でこれほど涙を見せる指導者は珍しい。

 金総書記は12月12日にクルスク州の地雷除去のためロシアに派遣されていた工兵戦闘部隊の帰国を祝う舞台公演観覧中に涙ぐんだ。

 直前の帰国歓迎式典での演説で金総書記は「危険な地に工兵部隊の戦闘員をまた送らなければならなかった」と述べ、また9人の犠牲者(戦死者)を出したことを自ら認め、演説終了後に9人の遺影が飾られた追悼の壁に白い花を供えて黙祷していた。

 公演はその後に行われたが、おそらく舞台のスクリーンに「領袖の命令、党の命令を貫徹するためならば地雷原や弾雨の中にもためらわず飛び込んで勝利の進撃路を開いていく工兵部隊の戦闘員の犠牲的な戦闘精神と忠誠と愛国の魂を胸熱く顧みるようにするシーン」(朝鮮中央通信)が映り出された時に涙したのであろう。あの名物女性アナウンサーが「場内は厳かな感激に包まれた」と伝えていたことかもも想像できる。

 確か、金総書記は8月に行われたクルスク奪還のために派遣された海外作戦部隊の帰国を歓迎する式典でも101戦死者を出したこともあって追悼式の演説中に目に涙を浮かべていた。戦死者の中には「自爆攻撃」で命を落とした若い兵士が多数含まれていたので当然であろう。

父の葬儀(左)と労働党創建75周年(中)玄哲海の手紙(右)(朝鮮中央TVから筆者キャプチャー)

 それにしてもよく泣く。父親の金正日(キム・ジョンイル)前総書記譲りなのであろうが、専属料理人だった藤本健二氏(現在北朝鮮に在住)によると、父親も結構、涙脆かったそうだ。それでも父親は公式の場で涙を見せることは一度もなかった。

 金総書記が公の場で涙したのはこれが初めてではない。何度も何度も泣いている。

 父親が亡くなった2011年12月20日の通夜の席が始まりで、29日の告別式(追慕大会)でも顔をしわくちゃにして泣いていた。身内が、それも最高指導者の父親が亡くなったわけだから泣くのは当然だ。しかし、それで終わりではなかった。

 権力の座を継承してから3年目の2015年1月の元旦には前年10月に完成した平壌の育児院(保育園)を訪れた際、園児らの歓迎の歌「この世に羨むようなものはない」を聴いて涙を流していた。当時の労働新聞には「室内は涙の海となり、子供らを見つめる金正恩同志の目頭にも熱いものが溢れていた」と書かれてあった。また、この年は交通事故死した部下の金養建(キム・ヤンゴン)書記(対韓担当)の葬儀でも涙を流していた。

 北朝鮮の人民がもらい泣きしたのは新型コロナウイルス感染危機が迫る最中の2020年10月10日の労働党創建75周年軍事パレードでは演説中に声を震わせ「災害復旧の任務を終えても首都平壌には戻らず、進んで他の被害復旧地域に向かった愛国の国民に感謝の言葉を贈りたい」と述べた時だ。この時は眼鏡を外してハンカチで涙を拭っていた。

 最も強烈だったのは2022年5月には軍の指南役の玄哲海(ヒョン・チョルヘ)元帥が亡くなった時で、文化会館に安置された遺体の前で肩を震わせて泣いていた。玄元帥が愛しかったのか、病床で書いたとされる手紙を見て大泣きする姿が朝鮮中央テレビで放映された時は正直驚いた。

 翌年の2023年7月27日の「戦勝70周年」軍事パレードでの国歌斉唱の際にも目を閉じて涙を流すシーンが朝鮮中央テレビに映し出されていた。この年の12月に開催された全国母親大会でも金総書記がハンカチを取り出し、涙を拭っていた。

 涙を拭っていたのは部下の李日煥(リ・イルファン)書記が大会報告を行っている最中だった。自分の演説に声を詰まらせ、泣いたことはあったが、人の演説を聞いて感極まり涙を漏らしたのは後にも先にもこれが初めてだった。

 涙腺が緩いのか、感情の起伏が激しいのか、それとも愛情深いのか、人によって評価が分かれるが、韓国では「演出ではないか」との冷めた見方が一般的である。「独裁者のイメージを払拭するため」とか「愛民精神を強調したいがために」とか、「愛情溢れる指導者としてアピールするため」とか様々な解説がされている。

 確かに韓国の人権団体をはじめ国際人権団体などから「無慈悲な独裁者」とか「人権抑圧者」と非難されていることから「愛情溢れる指導者」「情け深い指導者」「心優しい指導者」として印象付ける狙いから意図的にやったとみられても仕方がないであろう。

 しかし、金総書記は泣くだけでなく、怒り、笑顔もよく見せる。喜怒哀楽が豊かというか、感情の起伏が激しいのである。実際に米国に亡命(1998年)している母方の叔母である高容淑(コ・ヨンスク)氏は甥の性格について「気性が激しく、我慢強くない」と米国のメディアに語っていた。

 換言すれば、我慢強くないため感情をセルフコントロールができないのかもしれない。