2025年12月29日(月)
「金正日の第4夫人」扱いされた金玉秘書は本当に収容所に送られたのか?
金正日前総書記の訪露に付き添っていた金玉秘書(労働新聞)
金正恩(キム・ジョンウン)総書記の儀典を担当していた金昌善(キム・チャンソン)前党秘書室長が死去した。
労働党中央委員でもある金昌善氏は南北首脳会談や米朝首脳会談に姿を現していたことから対外的には儀典責任者としてその名が知られているが、北朝鮮国内では先代の金正日(キム・ジョンイル)時代の1994年に秘書室副部長に抜擢されてから長い間、金一族の日常生活を補佐する「執事」として知られている。
御年81歳だが、代代わりしてもその地位を維持し、亡くなる寸前まで党秘書室長、国務委員会部長の肩書を保持していたこと、訃報に接した金正恩(キム・ジョンウン)総書記が「深い哀悼の意」を表し、花輪を送ったことをみても金昌善氏が金ファミリーにとってどれほど重要な人物だったかがわかる。
金昌善氏と好対照なのが、もう一人の「執事」こと、金玉(キム・オク)氏である。
金玉氏は、金正恩総書記の身の回りを世話している玄松月(ヒョン・ソンウォル)党副部長のように金正日前総書記を秘書として傍にいた女性である。韓国のメディアは愛人もしくは「第4夫人」と称していた。
それと言うのも、金正日氏が亡くなる10か月前の2011年2月に当時、与党保守系の女性議員が中国の北朝鮮に精通する高位層の人物から聞いた話として、「金正日は2年前(2009年)に(個人秘書の)金玉(キム・オク)と正式に結婚し、二人の間には7歳の子供がいる」との仰天発言をしていたからだ。高容姫(コ・ヨンヒ)夫人が死去した2004年頃から二人が事実上同居したこともあってそうした噂を信じたのであろう。
平壌音楽舞踊大学でピアノを専攻し、旺載山軽音楽団でピアニストとして活躍していた頃、秘書室にスカウトされた金玉氏について知っている人物は唯一、金ファミリーの専属料理人だった藤本健二氏、ただ一人である。藤本氏は金玉氏について「1980年代初めから金玉同志は将軍(金正日)の個人秘書だった。奥さま(高英姫夫人)がいない時は宴会場では奥さまの席に座っていた」と証言していた。
金正日氏の信頼は厚く国防委員会(現国務委員会)課長の肩書きで2000年10月に趙明禄(チョ・ミョンロク)国防第一副委員長に随行して訪米し、コーエン国防長官やオルブライト国務長官らとの会談の席には同席していた。また2010年の金正日氏の訪中にも同行し、姜錫柱(カン・ソッチュ)党国際部長らと共に温家宝首相との会談の席に同席していた。金正日氏にとって最後の外遊となった2011年8月のロシア訪問にも随行している。
金玉氏が2006年の訪中から外遊に随行したことでその存在がクローズアップされた頃、米海軍分析センターのゴーズ海外指導者研究局長は「自由アジア放送」とのインタビューで「事実上ファーストレディーとして実権を行使している金玉氏が今後代理人として乗り出す可能性が非常に高い」とコメントしていた。
その根拠についてはゴーズ局長は「金総書記の個人組織や資金管理担当の朝鮮労働党39号室に深く関わっている金玉氏は北朝鮮政権の資産に対し一定の影響力や統制権を持っており、金総書記に不測の事態が起きた場合の後継構図において力と手段を備えているからだ」と主張していた。
しかし、予測に反し、金正恩政権になると金玉氏は姿を消した。
金正恩政権下で公式の場に姿を現したのは2012年4月の労働党第4回代表者会と金総書記が李雪主夫人と手を繋いで視察した凌羅遊園地場に同行した時の2度だけだ。後は、非公式だが、2012年7月に藤本氏が北朝鮮に戻った際に金正恩総書記が開いた歓歓迎宴だ。李雪主夫人や金与正(キム・ヨジョン)、張成沢(チャン・ソントク)氏らと一緒にテーブルの席に着いていた。
金玉氏の動静はこれを最後に伝えられなくなった。
ところが、韓国では7〜8年前から「金玉は2014年に政治犯収容所に送られた」とまことしやかに伝えられている。
当時、金玉氏の父親、金考(キム・ヒョク)は労働党財政経理部副部長、弟の金均(キム・ギュン)は金日成総合大学第1副総長、妹の金玉景(キム・オッキョン)は政務院人民方支局総副局長という重責に付いていた。
粛清説については40歳そこそこの若さで大学のNo.2の地位に上り詰めた弟が「正恩は姉が後押したから後継者になれた」と友人らに言いふらしていたことが金総書記の逆鱗に触れたとか、張成沢の娘がフランスに留学していた時に妹がルームメイトで親しかったため2013年12月に張成沢が粛清、処刑された際に連座し、一家もろとも収容所に送りこまれたというのが根拠で今でもそのように囁かれている。
しかし、確認したところ、父親は2014年までは労働党財政経理部副部長の地位にあり、解任されたのは2015年1月で「名誉退職」扱いになっていた。従って、少なくとも2013年に粛清されたというのは事実ではない。
健在ならば、金玉氏はまだ還暦を過ぎたばかりの61歳である。