2025年2月21日(金)
非常戒厳下の逮捕者リストに文在寅前大統領からサッカー界のレジェンドまで
隠遁生活中の文前大統領(左)と韓国サッカーのレジェンド、車範根氏(JPニュース)
日本は近代、戒厳令を一度も体験してことがないので成功した場合、あるいは失敗した場合、どういう結果になるのか予想もつかない。
韓国は1960年代と、1980年に過去2度経験している。いずれも軍人政権による戒厳令なので成功している。今回は検察官出身の民間大統領による韓国史上3度目の戒厳令だった。案の定、失敗に終わった。
結果として、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は国会で弾劾、拘束され、憲法裁判所に立たされている。裁判所の弾劾審判は来週25日の尹大統領の最終意見陳述を最後に3月上旬には罷免か、弾劾棄却かの宣告が下される。
弾劾可否を判定する上で非常戒厳令発令の際に尹大統領が戒厳軍に国会議員の逮捕を命じたのかが大きな争点となっている。中でも対立点となっているのが国家情報機関「国情院」の洪章元(ホン・チャンホン)前第1次長が一枚の紙に記したメモの真偽である。
洪前第1次長は憲法裁判所で▲戒厳令当日に尹大統領から「この機会に(議員を)全員捕まえろ!いっぺんに整理しろ!(警察に移譲された)対共捜査権を国情院に与えるから防諜司令部に手を貸せ。資金なら資金で、人員なら人員で無条件助けろ!」と電話で指示されたこと▲国軍防諜司令官の呂寅兄(ヨ・インヒョン)に電話を入れたところ「呂司令官が14人の逮捕者リストを読み上げたのでその名前をメモした」としてメモ用紙を公開し、尹大統領が直接、逮捕を指示したとの証言を行った。
憲法では戒厳令下にあっても国会議員の政治活動は保障され、政治家を逮捕することはできない。従って、尹大統領の命令が事実ならば、これ一つとっても尹大統領は憲法を違反したことになり、罷免の対象となる。
「洪章元メモ」に記載されている逮捕者は野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表、与党「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表、禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長、李學永(イ・ハクヨン)国会副議長、共に民主党」の朴賛大(パク・チャンデ)院内代表、尹大統領を国会で弾劾した鄭清来(チョン・チャンレ)法制委員会委員長、国防委員会所属の金民錫(キム・ミンソク)議員、「タマネギ男」こと「祖国革新党」の゙
国(チョ・グック)前代表、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の最側近、楊正哲(ヤン・ヨンチョル)前民主研究院院長、大法院(最高裁)の金命洙(キム・ミョンス)前長官、中央選挙管理委員会の゙海珠(チョ・ヘジュ)前常任委員、ユーチューブチャンネル「ニュースファクトリー」の金於俊(キム・オジュン)放送人、毎週土曜日に尹大統領弾劾を求める集会を主催している市民団体「ろうそく行動」の金民雄(キム・ミンウン)代表、労働組合のヤン・ギョンス「民主労組」委員長の14人である。
しかし、これは第1次ターゲットであって、非常戒厳を陸士先輩の金龍顯(キム・ヨンヒョン)国防長官と共に画策した盧サンウォン前情報司令官の手帳にはこの他にも約500人の逮捕者リストが作成されていた。
その中には文在寅前大統領及び任鍾ル(イム・ジョンソプ)前大統領室長ら文政権下の要人から与党と袂を分かれた第3野党「改革新党」の李俊錫(イ・ジュンソク)前代表、文在寅政権下で中央選挙管理委員会委員長だった權純一(クォン・スンイル)最高裁裁判官、李在明代表の逮捕令状を棄却した劉昌勳(ユ・チャンフン)ソウル中央地裁部長判事、人気ギャグマンの金濟東(キム・ジェドン)氏らの名前までリストアップされていた。さらに、驚いたことに韓国サッカー界のレジェンド、車範根(チャ・ボングン)氏も含まれていた。
車範根氏は1970〜80年代の韓国を代表するストライカーである。高麗大学在学中の1972年に国家代表としてデビューしてから78年までの間に118試合に出場し、55得点を記録し、24歳の時に世界最年少でFIFA公認の「センチュリークラブ」(Aマッチに100回以上選手らのクラブ)に加入し、その後78年からはドイツのクラブに移籍し、フランクフルトやバイエル・レバークーゼンに所属し、ブンデスリーガで活躍した、謂わば、韓国人選手海外進出の先駆者でもある。
現役引退後は現代グループの「現代ホランイ(虎)」(現:蔚山HD)の監督や「水原三星ブルーウィングス」の監督などを歴任し、韓国のナショナルチームを率いたこともあったが、ソウル五輪が開催された1988年に立ち上げたサッカー選手の有望株を発掘して授賞する「車範根サッカー賞」は今年で37回を数えており、韓国のサッカーの発展に寄与した功労者の一人である。
日本に例えると、サッカー日本代表の男子の単独最多得点記録保持者(75得点)でもあり、1968年のメキシコ五輪でアジア人初の得点王となった釜本邦茂氏のような存在である。そのようなスーパスターまで非常戒厳令の逮捕対象にしているから恐ろしい。
車氏は「サッカーしか知らない私が何で?」と驚きを隠していなかったが、どうやら娘の不正入学容疑裁判で有罪を宣告され、収監されだ
国(チョ・グック)前代表を応援するメッセージを発信したことが原因とされている。
車氏ば代表とは縁もゆかりもなければ、面識もない。それでも車氏も過去に娘の問題で辛い経験をしたことで゙代表に同情したことが尹政権の逆鱗に触れたようだ。
それにしても蛇に睨まれたカエルではないが、有名人であっても当局に睨まれると、「政敵」扱いされるのが韓国だ。
振り返れば、朴槿恵(パク・クネ)政権も反政府的な文化人や芸術家、言論人らのリストを秘かに作成し、彼らの文化・芸術活動を支援しないよう圧力を掛けていたことがあった。
「セウォル号」の遺族らに連帯を表明する映画俳優のソン・ガンホ(右)とキム・ヘス(左)
ブラックリストには沈没した客船「セウォル号」への朴政権の対応を批判し、「政府施行令廃棄を求める宣言」に署名した文化人594人と大統領選挙(2012年12月)で野党の文在寅候補支持を宣言した文化人・芸術家6517人らを含む約9400人がリストアップされていた。
文化人・芸術家の中には米アカデミー賞受賞作品である「パラサイト 半地下の家族」に主演した韓国を代表する演技派俳優、ソン・ガンホ、様々な主演女優賞に輝いたトップ女優のキム・ヘス、韓流ファンならだれでも知っている俳優のキム・テウ、「オールド・ボーイ」でカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞した映画監督の朴贊郁(パク・チャヌク)ら有名人、著名人が多数含まれていた。
(参考資料:映画、芸能界でも割れる尹錫悦大統領弾劾賛否)