2025年2月23日(日)
戒厳令で炙り出された9年前の「女性レストラン従業員集団脱北事件」の仕掛け人
2016年4月に脱北し、韓国に入国した北朝鮮女性従業員13人(JPニュース提供)
中国の浙江省寧波市で働いていた北朝鮮レストラン女性従業員13人が2016年4月7日に韓国に集団亡命した事件は国際的な波紋を巻き起こした事件として記憶に生々しく残っている。
中国からの脱北者(亡命者)の場合、通常2〜3カ月は東南アジアなど3国に留まった後に入国するが、この時は13人が僅か2日で中国から第三国のマレーシアを経由して韓国に入国したことや所管の韓国統一部の北朝鮮離脱住民定着支援事務所(ハナ院)に送られず国家情報機関の「国情院」傘下の北朝鮮離脱住民保護センター(旧合同尋問センター)に送られたことから韓国当局の「関与説」が囁かれていた。中国から第三国経由の一泊二日のソウル入りは韓国当局の手引きがなければ実質的に不可能なためである。
当時、一行を引率していたレストランの支配人(当時36歳)は「マレーシア空港に降りて韓国大使館に入り、当日すぐに空港に移動する際にはマレーシアの特殊警察と見られる30人に護衛してもらった。(韓国の)パスポートが用意されていたし、空港で出国審査も受けずに飛行機に乗った」ことを明らかにしていた。
こうしたことから北朝鮮が「韓国に拉致された」と騒ぎ、南北間で自らの意思による「脱北」か、「拉致」を巡り激しい応酬があった。
事件発生から9年目の今年2月、意外なところからこの事件の「黒幕」の存在が明るみになった。それも、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の非常戒厳令絡みで浮き彫りとなった。
全国を14カ所のネットワークで結ぶ韓国の代表的な総合ニュースメディア「ノーカットニュース」は昨日(22日)、戒厳令宣布2日前に京畿道・安山のロッテリアでの内乱謀議に加わっていた軍情報司令部の鄭ソンウク大佐(陸士52期生)が「この集団脱北作戦を最初に計画し、成功させた功労者である」と報じていた。
情報司令部の傘下には拉致、暗殺を担当する特殊諜報部隊(北派工作員部隊)「HID」があるが、「ノーカットニュース」によると、当時、「902部隊」(現:情報司令部100旅団2事業団)の工作チームリーダーだった鄭大佐(当時は中佐)は「2015年1月からこの集団脱北作戦を計画し、成功させた功労により国防長官から表彰されいた」とのことである。
鄭大佐この時の「工作活動」が当時、情報司令官だった盧サンウォンの目に止まり、以後、重宝されていたようだ。盧サンウォン氏は尹大統領の非常戒厳令の立案者である金龍顯(キム・ヨンリョン)国防長官と共に逮捕され、裁判に掛けられている。
盧サンウォン氏が退役した後に発生した情報司令部の要員による中国への情報司令部所属海外ブラック要員(工作員)の名簿流出事件により当時、所管の情報司令部100旅団長だった鄭大佐は職務を停止され、出世の道を絶たれたが、今回の戒厳令では盧前司令官から声がかかり、「不正選挙の証拠を確認するため中央選挙管理委員会の電算サーバーに入るよう」命じられていた。盧前司令官は3年で退役する鄭大佐に「旅団長になれるよう後押ししてあげる」と約束していた。
鄭大佐は検察の取り調べに「盧元司令官が数回にわたり進級の話を持ち出し『私が口添えしてあげる』と言いながら、自分に仕事をさせた」とし、「進級したいという欲が出て、指示に従わざるを得なかった」と陳述していた。
この集団脱北事件を巡っては元労働党書記の黄(ファン)ジャンヨプ氏の亡命(1997年)以後、自国民の脱北を韓国が大々的に発表しても騒くことがなかった北朝鮮が珍しく、朝鮮赤十字委員会を通じて男性支配人を除く「12人は誘因、拉致された」との談話を発表し、さらに米CNNの記者を招き、平壌で脱北した12人の家族らに引き合わせ、「娘を会わせろ、返せ」と訴えさせていた。
また、北朝鮮外務省は国際人権機構に対して12人の送還のための対策を講じるよう要請する一方、韓国に対しても北朝鮮赤十字社を通じて韓国の赤十字総裁に救出を要請する書簡を送りつけていた。
これに対して韓国政府は北朝鮮の主張を「国際的イメージ失墜を挽回するための単なる詭弁に過ぎない」として一切取り合わず、また、「12人の同僚らは拉致された」と証言した7人についても「彼女らも脱北することになっていた。予定が狂って、途中で気が変わって帰国してしまった」と反論していた。
意思による「脱北」か、それとも「拉致」かで遣り合った当時の南北の言い分を整理すると、双方の主張は以下のように対立していた。
▲北朝鮮側の「拉致」の主張
・ 朴槿恵政権は「制裁が効いている」「金正恩体制は揺らいでいる」ことの証として、脱北を誘導する必要性があった。
・苦戦が伝えられる総選挙の対策として「脱北事件」を起こす必要があった。選挙前に大々的に発表したのに選挙後は完全黙秘してしまった。
・引率者である男性支配人が金銭トラブルを抱え、韓国情報機関に抱き込まれた。
・13人の共同記者会見を一度も開いていない。マスコミにもインタビューさせていない。
・12人の女性従業員は断食闘争を行っていて、一部は失神状態に陥ったと言われているのに弁護人の接見も拒否している。
▲韓国側の反論
・ 集団で拉致するのは不可能である。
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体の自由を奪われ、船に乗せられ連行された日本人拉致と違い、第三国を経由して空路入国している。拉致ならば、途中いくらでも逃げるチャンスがあったはずだ。
・韓国に入国した際にほぼ全員がマスクとサングラスをしていた。拉致され連れて来られたならばわざわざ正体を隠す必要はない。
・ 身なりも怪しまれず、韓国に向け出国できるよう全員が韓国人旅行者を装っていた。拉致されたならば、全員が同じような服装は不自然である。
・拉致されたならば、北朝鮮当局が真っ先に中国当局に調査の依頼や原状回復を求めてしかるべきなのにそうした動きは一切なかった。
・心変わりして北朝鮮に戻った7人の証言も辻褄が合わず、説得力が乏しい。