2025年6月14日(土)

 北朝鮮はイランにも軍事支援を行うのか

ロウハーニー大統領(当時)と会談した故金永南最高人民会議委員長(労働新聞から)

 イスラエルのイラン核施設への空爆とイランの報復で「イ・イ紛争」がとうとう勃発してしまった。

 イスラエルによる2日連続の空爆でイラン側は核関連施設の一部が破壊されたほか、革命防衛隊のサラミ司令官とバゲリ参謀総長、それに20数人の空軍将校や核開発の責任者らが殺害されるなど多大な人的損害を被ったようだ。

 イランはドローンとミサイルで直ちに反撃し、ミサイルの一部は首都テレアビブに落下し、建物の一部が破壊され、50数人が死傷した。

 被害規模はイランのほうが甚大だが、イスラエルはそれでも民間人に死傷者が出たことで「イランは一線を越えた」と、報復を予告し、これに対してイランもまた、ミサイルによる第2波攻撃を示唆していることから「紛争」が「全面戦争」に発展しかねない状況に陥っている。

 新たな「イ・イ戦争」となれば、両国は国土を接していないことから主戦は地上戦ではなく、空中戦となる。

 イスラエルは米国から供給された最新戦闘機による空爆という攻撃手段を有するが、空軍力が劣勢のイランはヒズボラ、イエメンのフーシ派同様にミサイルしか対抗手段はない。

 現在までの戦況はイスラエル側の発表によれば、イランが発射したドローン100基全てがイスラエルに到着する前に撃ち落されており、またミサイルも大半は迎撃されているとのことである。 

 報復合戦が短期で終われば、イランはミサイル不足を懸念することもないが、仮にウクライナ戦のように長期戦となれば、圧倒的にイランは不利だ。ミサイルの在庫がなくなるからだ。その場合、ウクライナと戦争中のロシア同様にイランも第3国からミサイルを調達する必要が生じてくる。

 イランからイスラエルまでの距離は最短で約1000kmなので中距離ミサイルでなければ届かない。

 中距離ミサイルを保有しているイランの友好国はロシア、中国などに限られている、しかし、中露共にイスラエルとは外交関係を結んでいることや過去の例からしてイランに肩入れする可能性はゼロに近い。そうなると、停戦、あるいは終戦までにイランにミサイルを供給できる国は世界で唯一、北朝鮮しかいない。

 イランにとって北朝鮮は伝統的に数少ない反米、反イスラエルの「同志国」である。

 イランの核開発をめぐる米国とイランの交渉には欧米諸国を含む世界各国は米国側に立っているが、外交でも北朝鮮のみがイランの立場を支持している。

 北朝鮮の国営通信「朝鮮中央通信」はイランの国防大臣が6月11日の記者会見で「米国の軍事的圧力には屈しない」との立場を表明したことを翌日には伝えていた。

 トランプ政権がイランとの核交渉で「成果が得られない場合、衝突が起きるかもしれない」と威嚇したことに対してイランの国防大臣が「もし米国が我々に衝突を強要するならば、すべての米軍基地は我々の打撃圏内に入り、我々は駐屯国にある米軍基地を果敢に攻撃するだろう」と発言したことをそのまま紹介していた。

 「朝鮮中央通信」の記事にはイスラエルの情報機関「モサド」を「イスラエル尖端謀略機関」と称し、またネタニヤフ政権を「ユダヤ復興主義政権」と呼称していた。

 北朝鮮は1980年9月に勃発した「イラン・イラク戦争」ではイランを支持し、武器を供給した前歴がある。北朝鮮が「イ・イ戦争」でイランを後方支援したことは当のイラン自身が認めている。北朝鮮はその前の1973年の第4次中東戦争でもエジプト、シリアなどアラブ連合軍に加勢し、空軍兵士を派遣し、イスラエル軍と空中戦を演じた戦歴もある。

 イラン最高指導者のハメネイ師は1989年に初めて訪朝し、故・金日成(キム・イルソン)主席と会談しているが、5年後の1994年1月に北朝鮮は趙明禄(チョ・ミョンノク)空軍司令官(故人)が率いる軍事代表団(総勢29人)をイランに送り、テヘランでイラン革命防衛隊との間で密かに「新軍事・核協力強化協定」を交わしていた。

 さらに、金正恩(キム・ジョンウン)政権も2012年9月には当時No.2の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長をイランに派遣し、イランと科学技術分野の提携で合意していたが、ハメネイ師は金常任委員長に向かって「我々には共通の敵国がいる」と発言していた。

 金常任委員長は2017年にもイランを再度訪問していたが、この時は軍事顧問団を引き連れていた。約10日間滞在し、ハメネイ師の他にハッサン・ロウハーニー大統領(当時)や保守強硬派のアリ・ラリジャニ国会議長(当時)らと相次いで会談したが、米国の警告を無視し、金委員長はラリジャニ議長との会談では「ミサイル開発には誰の許可もいらない」と、イランへのミサイル開発支援を公然と表明していた。

 北朝鮮はハマスやヒズボラなどイスラエルに抵抗する武装勢力に対しては支持、連帯を表明するだけでミサイルなど直接的な武器支援は控えているが、数少ない伝統的友好国であるイランに対しては「反イスラエル、反米共同戦線」に立ち、武器の供給だけでなく軍事顧問団の派遣も惜しまないようだ。それもこれもイランとの連帯は国策となっているからだ。

 これまで北朝鮮はイランのイスラム革命防衛隊のコッズ(クドゥス)部隊のソレイマニ司令官が2020年1月3日にイラク・バグダッド国際空港近郊で米軍の無人攻撃機で殺害され、イランがその報復として1月8日にイラクにある米軍の拠点に弾道ミサイルによる攻撃を行った時、イランに戦闘的な連帯を表明していた。

 また、昨年4月14日にイランがイスラエルを攻撃した際には翌15日には「労働新聞」が「イラン、イスラエルに対して報復攻撃を断行」との見出しを掲げ、伝えていた。北朝鮮がこの種の国際ニュースを迅速に報道するのは極めて異例のことであった。

 記事では「国際世論は理性を失い、戦争政策を狂ったように行うイスラエルユダヤ復興主義者らとそれを積極的に庇護する米国と西側が中東全体を戦争の火の海に落とそうとしていると憂慮している」と、対イスラエルだけでなく、対米批判も欠かさなかった。

 「労働新聞」のこの記事が気になったのか、当時米国務省のマシュー・ミラースポークスマンは記者会見で「我々はイランと北朝鮮の核・ミサイル協力を信じ難いほど憂慮している」と発言していた。

 周知のように北朝鮮には西側で「ノドン」と称されている中距離弾道ミサイル「火星7号」(1段式、射程距離1300〜1500km、液体燃料使用)がある。北朝鮮は2004年の時点で「火星7号」を約200基保有していた。

 「ノドン」の他にも「スカッドER」と呼ばれている1段式の中距離弾道ミサイル「火星9号」(射程距離1,000km、液体燃料使用)もある。平安北道・東倉里から2017年3月6日に4発がほぼ同時に発射されたが、3発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したのはまだ記憶に新しい。

 イラン国営の「プレスTV」によると、昨年4月のイスラエル攻撃時にイランは初めて極超音速ミサイル「ファタ」を使用したが、この時、イスラエルが誇る防空システム「アイアンドーム」では迎撃されなかったと伝えられている。

 北朝鮮には弾道ミサイルだけでなく、迎撃が不可能なマッハ5で飛行する「火星8号」と命名している極超音速ミサイルもある。

 アンプル化された液体燃料を使用する「火星8号」はその後、2022年1月5日と11日に2度実験が行われ、速度をマッハ10まで、飛行距離も1000kmまで延ばしている。2度目の試射では「ミサイルから分離された極超音速滑空飛行戦闘部が距離600km辺りから滑空再跳躍し、初期発射方位角から目標点方位角へ240km旋回軌道を飛行し、1000kmの水域の設定標的に命中した」とされている。目標地点までの数百kmは側面機動しながら低空で飛ぶためレーダーによる捕捉が困難なようだ。 

 固形燃料を使用する新型中・長距離極超音速ミサイルもある。昨年4月に北朝鮮内陸部からロフテッド(高角度)方式で発射され、最高高度は約50kmで、少なくとも約1000km飛翔していた。

 北朝鮮はロシアに対しては一方が攻撃された場合、「滞なく自国が保有する全ての手段で軍事的及びその他の援助を提供する」(第4条)ことが明記された「ロ朝包括的戦略パートナシップ条約」に基づき短距離戦術誘導ミサイル「KN―23」や「KN―24」を供与し、派兵まで行っているが、イランとの「新軍事・核協力強化協定」が今も生きているならば、またイランまでの運搬手段が万全ならば、躊躇うことなく中距離ミサイルをイランに供与するであろう。