2025年6月16日(月)
北朝鮮 海軍司令官は粛清されたのか? 知られざる「幽霊人事」
南浦造船所での「崔賢号」進水式に出席していた金明植海軍司令官(朝鮮中央通信から)
清津の造船所で進水に失敗して横転した5000トン級駆逐艦「姜健(カンゴン)号」の進水式が6月12日、場所を羅先造船所に移して、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の出席の下、盛大に行われたが、本来ならば立ち会っていなければならない金明植(キム・ミョンシク)海軍司令官の姿が見えなかった。
北朝鮮初の駆逐艦である「崔賢(チェヒョン)号」の進水式が朝鮮人民解放軍の創建日である4月25日に南浦の造船所で行われた時は北朝鮮のメディアは「朝鮮人民軍の金明植海軍司令官(海軍大将)をはじめとする海軍の主要指揮官たちと海軍の東・西海艦隊と管下水中および水上艦戦隊の指揮官たちが、金正恩総書記を限りない敬慕の念を抱いて丁重に迎えた」と伝えていたが、「姜健号」の進水式では「海軍の主要指揮官たちが限りない敬慕の念を抱いて金正恩総書記を丁重に迎えた」とされ、金司令官の名前は読み上げられなかった。
式典の模様を伝えた国営通信「朝鮮中央通信」によると、海軍司令官は金明植海軍大将から方光錫(パン・グァンソプ)上将に代わっていた。
単なる人事交代なのか、それとも電撃解任なのか、不明だが、折しも米国の北朝鮮問題媒体「NKニュース」は事故を起こした清津造船所での進水式で金総書記の傍らにいた金明植海軍司令官が清津造船所のホン・ギルホ支配人ともどもその後、配信された写真から消されていたことを伝えていた。
ホン支配人は事故直後、清津造船所の技師長や行政副支配人、それに党の責任者である党軍需工業部のリ・ヒョンソン副部長ともども「重大事故の発生に大きな責任がある」として身柄を拘束されていたが、金前司令官はこの時は拘束者のリストには含まれていなかった。
「NKニュース」は北朝鮮の主要幹部が写真から消されたのは2013年に処刑された金総書記の叔父、張成沢(チャン・ソンテク)党行政部長以来であることから金前司令官も連帯責任を取らされた可能性が高いと伝えていた。
金前司令官は浮き沈みの激しい将軍である。経歴を見ると、これまでも何度も更迭されていた。
今から12年前の2013年4月に東艦隊司令官から海軍司令官に就任したが、2015年2月に開かれた党政治局拡大会議で最初の更迭があった。翌2016年5月に開催された党第7回大会で軍総参謀部副参謀長に起用されていたが、上将の階級が中将に格下げされていたことから何らかの責任を取らされての更迭であったことは明らかだ。
それでも2017年には再び海軍司令官にカムバックし、上将の階級を取り戻し、2019年4月にはさらに上の大将に進級していた。
ところが、どういう訳か、2021年2月の党中央委員第8期第2回全員会議でまたもや海軍司令官を解任されていた。階級も2階級下の中将に格下げされていた。この時は4か月間の謹慎処分で済んだのか、6月には海軍司令官に復帰していた。そして2022年4月には党中央軍事委員長である金総書記の命令で大将の称号を再度身に付けることができた。
海軍司令官の更迭は今回で3度目である。このまま消え去るのか、それとも不死鳥のように復活するのか、予断を許さないが、北朝鮮の主要幹部の人事は消えては現れる「幽霊人事」か、転んでもまた起き上がる「だるまさん人事」でもある。その一例が李永吉(イ・ヨンギル)軍総参謀長である。
李永吉氏が最初に軍総参謀長に任命されたのは2013年8月である。2016年2月に何か問題を起こしたのか、韓国で「軍内に派閥をつくり、分派活動をした理由で銃殺処刑された」と大々的に報じられたが、第1副参謀長(兼作戦総局長)に降格されたものの処刑はされておらず、2018年6月には総参謀長に返り咲いていた。
翌年の2019年9月に再度解任されたが、責任を取らされての更迭ではなかった。3か月後の12月に党中央委員会第一副部長の職に就き、2021年7月には国防相に起用され、2023年8月には3度目の軍総参謀長就任となり、現在に至っている。昨年12月には党政治局員にまで上り詰め、軍の階級も元帥の次の次帥の称号を与えられている。
羅先造船所での「姜健号」の推進式には金明植海軍司令官だけでなく、軍トップの朴正天(パク・ジョンチョン)党書記の姿も見えなかった。
砲兵司令官出身の朴書記も2014年7月に軍総参謀部副参謀長に起用され、上将にまで軍の階級を上げたが、翌年の2015年2月には2階級下の少将に格下げされた経験だけでなく、軍総参謀長だった2021年には元帥から次帥に下げられ、金主席の命日(7月8日)に宮殿に参拝した時は前列でなく後方に下げられていた。しかし、翌年の2022年4月には再び元帥の称号を与えられ、党中央軍事委員会副委員長に抜擢されていた。
再び姿を現すのか、それとも粛清され、このまま消え去るのか、早ければ今月末の党中央委員総会で、遅くとも来年1月の第9回党大会で判明するであろう。