2025年6月22日(日)
トランプ政権は北朝鮮の核施設も攻撃できるのか?
トランプ大統領と金正恩総書記(ホワイトハウスと「労働新聞」から筆者キャプチャー)
大方の予想に反してタイムリミットの2週間を待たずに米国がイランの核施設を空爆した。イスラエルのイラン空爆同様に奇襲攻撃だった。
「トランプ政権がイランの核施設を攻撃」の速報に接した韓国の保守層の間では早くも「次は北朝鮮だ」「北朝鮮の核施設にも空爆を」の声が巡っている。
トランプ政権は韓国のこうした声に応えることができるのだろうか?何よりも対イラン同様に同じ理屈で北朝鮮の核施設に対しても攻撃できるのだろうか?
第1次トランプ政権時、核問題を巡る米朝の対立はトランプ大統領と金正恩(キム・ジョンウン)総書記が「リトルロケットマン」「老いぼれ狂人」と罵り合い、まさにブレーキが効かないまま正面衝突に向かっていた。
トランプ大統領は2017年9月19日に国連総会での演説で北朝鮮問題に時間を割き、「ロケットマンは自分と自身の政権にとって、自殺行為となる任務を遂行している」と皮肉り、「我々は米国と同盟国を防御すべき状況になれば、選択の余地はなく北朝鮮を完全に破壊するだろう」と言ってのけた。
これに対して金総書記は2日後の21日、珍しくTV前に登場し「トランプに警告しておくが、世に向かってものをいう場合は、該当する言葉を慎重に選び、相手をみてからものを言え!トランプの発言は私を驚かすことも、止めることはできないどころか、私が選んだ道が正しく、最後まで行くべき道であることを確認させてくれた」と応酬した。
大統領就任前から「核兵器で数百万の米国人の殺害を追求するのは絶対に許さない」との持論を持っていたトランプ大統領は2017年10月7日には北朝鮮の核問題について次のように言及していた。
「歴大統領と政府は25年間北朝鮮と対話をし、多くの合意をしていた。多額の金を支出したが、効果がなかった。合意はインクが乾く前に棄損され、米国の交渉はバカ者となってしまった。残念だ。ただ一つ効果はある」と述べたが、肝心のその「ただ一つの効果」については触れなかった。
しかし、トランプ大統領が1981年にイスラエルがイラクのオシラク原子炉を爆撃したことについて「国際社会から非難されたが、イスラエルは生存のためにするべきことをした」と当時、評価していたことから「一つの効果」は軍事的手段を指していた。
トランプン政権が当時検討していた軍事オプションは「鼻血(ブラッディ・ノーズ Bloody nose)作戦」であった。
「鼻血作戦」とは相手の報復を招かないレベルでの制限的打撃を加え、反撃したら、破壊も辞さないとの警告を発する作戦である。簡単な話が、先に殴って、出血させることで震え上がらせ、反撃する気を喪失させる作戦のことである。どちらにしても、先制攻撃であることには変わりはない。
攻撃対象は一にも二にも米国が死活的脅威とみなしていた核とミサイル施設だった。北朝鮮の核とミサイルは米国にとってがん細胞のようなものでこれを外科手術で摘出するのが「鼻血作戦」の目的であった。
米国はすでに寧辺の核施設と咸鏡北道の豊渓里にある核実験施設、ミサイルが貯蔵されている平壌の山陰洞にある兵器研究所と日本海に面した新浦の潜水艦弾道ミサイル(SLBM)基地などのリストアップを終えていた。
米国は米本土から「B―2」核戦略爆撃機を3機、射程200〜3000kmの空対地ミサイルを搭載した長距離戦略爆撃機「B―52H」を6機、そして地下60メートルまで破壊できるバンカーバスター(GBU―57
MOP)を搭載したステルス戦略爆撃機「B―2」をグアムに移していた。グアムのアンダーソン基地からは約2時間で朝鮮半島に飛来できる。
いざとなった場合に備え、攻撃手段として巡航ミサイル50〜80発搭載しているイージス艦や原子力潜水艦、合同直撃弾(JDAM)を搭載した米国の誇る「F−22」最先鋭ステルス戦闘機や930km離れた場所から半径2〜3km内で精密打撃が可能で、地下施設を貫通する空対地巡航ミサイル24基が搭載された「B―1B」戦略爆撃機、さらに空対地ミサイルを搭載した垂直離着陸可能な「F−35B」ステルス戦闘機などがスタンバイしていた。
しかし、トランプ大統領は軍事的手段を選択しなかった。軍事力の行使に反対する韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権と国連が割って入り、米朝首脳会談を実現させたことやトランプ大統領の盟友であるグラハム上院議員が「7度目の核実験をやれば戦争の確率は70%になる」と予測していた核実験を北朝鮮がやらなかったこと、さらには2017年11月29日の「火星15号」を最後に北朝鮮がICBMを発射しなかったことが大きかった。
あれから8年経った今、北朝鮮は当時とは比較ならないほど進化したICBMを保有し、核爆弾の数も増やした。
北朝鮮はそれまではグアムとハワイにしか届かない「火星12号」と「火星14号」、それと射程距離が米本土の西海岸までの「火星15号」しか開発していなかったが、その後射程距離1万3千kmの「火星17号」を開発し、2023年2月8日の軍事パレードでは12基がお披露目されていた。また、固体燃料を使用するICBM「火星18号」も同時開発され、2023年4月と7月に発射実験が行われた。
また、昨年は「世界最強の威力を持つ最終完結版の大陸間弾道ミサイル」(金総書記)と称されている最新型ICBM「火星19号」を開発し、発射実験も行っている。ロフテッド(高角度発射方式)で発射された「火星19号」は最大頂点高度7687kmまで上昇し、距離1000kmを5156秒間飛行したが、正常角度(30〜45度)で発射すれば、東海岸を含め米本土すべてが射程圏内に入った。
ICBMだけでなく、北朝鮮は昨年、新型中・長距離極超音速ミサイル「火星16号ナ」の試射にも成功しているが、金総書記は「この兵器の軍事戦略的価値は大陸間弾道ミサイルに劣らず重要に評価される、それについては敵がよく知っている筈だ」と述べていた。飛行距離は1000kmだったが、正常角度で発射されれば、4000〜5000kmまで距離が伸び、約30分でグアムのアンダーソン基地やアラスカを攻撃できる。
さらに、北朝鮮は1段式のSLBM「北極星―1型」(射程距離1300km)と「北極星―3型」(2000km)に続いて3段式の「北極星―4型」(2000km以上)と「北極星―5型」(射程距離不明)を2020年から2021年にかけて発射実験を成功させている。
加えて2021年10月19日には国防科学院が「側面軌道及び滑空跳躍軌道など操縦誘導技術が導入された2段式の「新型SLBM」を開発し、潜水艦も2023年には建戦術核攻撃潜水艦「金君玉英雄」を建造し、進水させている。
「金君玉英雄」は3千トン級と推定され、大きな発射管6個と小さな発射管4個と、ミサイル垂直発射管が備えられていた。現在は原子力潜水艦を建造中で労働党創建日80周年の10月もしくは労働党第9回大会が開かれる年末までにはお披露目されるものとみられる。
ICBMに搭載する核弾頭についてはプルトニウム型核爆弾にウラン型の核爆弾、それに水素爆弾ま保有しており、2024年6月16日にストックホルム国際平和研究所が公表した「2024年年鑑」によると、北朝鮮の核弾頭の数は「1年前よりも20増え、50発」と推定されていた。米合衆国は50州で成っているが、この研究所のデーターが正しければ、北朝鮮は米国のすべての州への核攻撃が可能である。
核問題の権威者として知られる米国のカーネギー国際平和財団のアンキット・パンダ核政策プログラム
スタントンシニアフェローは今年2月に米国の「自由アジア放送」とのインタビューで北朝鮮が地下施設で兵器級の高濃縮ウランを生産していることから「北朝鮮が非核化や核軍縮交渉に応じなければ、今後10年の間に核爆弾の数は300発を超え、フランス(290発)を抜き、世界第4位の核保有国になるだろう」と予測していた。
常識に考えれば、核開発の段階にあったシリアやイランとは異なりすでに核保有国の北朝鮮への空爆は核戦争に発展しかねないだけに不可能な筈だが、米国のネオコンの中には「北朝鮮は核の小型化にまだ成功していない」「ICBMも大気圏再突入の実験を一度もしていないので米大陸に届くかどうかわかない」として「叩くのは今しかない」との声が根強くあるのも事実である。
また、トランプ第1次政権時に立案した「鼻血作戦」は「北朝鮮は全面戦争を恐れ、反撃できない」ことを前提にした寧辺の核施設やサイル発射台、ミサイル基地(指揮統制室、貯蔵施設)に限定した先制攻撃である。万が一、北朝鮮が反撃すれば、3〜4の空母と「F−22」「F−35A」「B−2A」ステルス戦略爆撃機で北朝鮮の指導部と軍事基地を狙い撃ちし、究極的には金体制は崩壊させることを目指している。
巷間伝えられているようにトランプ大統領が北朝鮮を核保有国として黙認しているならば、北朝鮮に武力行使する可能性はゼロに近い。しかし、仮に北朝鮮の非核化を断念していなければ、北朝鮮が7度目の核実験やICBMを太平洋に向けて発射した場合は、本気で「鼻血作戦」を決行するかもしれない。予測不能のことをするのがトランプという人物なのである。