2025年3月24日(月)

 無法地帯に向かって転げ落ちる韓国 その6つの要因

尹大統領弾劾賛成集会(左)と反対集会(韓国の「ニュース1」から)

 韓国は日本同様に立法(国会)、司法(裁判所)、行政(政府)の三権分立が確立された「民主共和国」(憲法第1章第1条)であり、法治国家である。しかし、建国以来のこの統治システムが崩壊の危機に晒されている。

 朝鮮戦争(1950―53年)を除くと、過去に李承晩(イ・スンマン)初代大統領が1960年4月に学生革命によって倒され、、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が1961年5月にクーデターで政権を掌握するまでの期間と、その朴大統領が1979年10月に暗殺され、全斗煥(チョン・ドファン)少将率いる軍部が1979年12月12日に粛軍クーデターを起こし、1980年5月に光州市民の抵抗を鎮圧するまでの期間に国家機能が麻痺し、混乱した状態が続いたが、国民にとって不本意ながらも強権の下、統制も取れ、治安も維持され、国家機能も稼働していた。

 これ以外にも1965年には日韓条約反対デモで、また1987年には民主化デモで国内は揺れに揺れ、大混乱に陥ったが、そうした最中にあっても三権分立の民主主義のシステムは維持され、その結果、韓国は今日まで自由自由主義陣営の一員として成長してきた。

 ところが、今はどうだろうか? 明かに統治システムの歯車に狂いが生じていると言わざるを得ない。

 行政と立法の確執、立法の司法介入、司法の内紛などにより三権分立の体制は歪み、法秩序は著しく崩れ、無法と無秩序が政治、社会のいたるところで蔓延している。民主主義教育を受けてきたはずの国民も理念やイデオロギーによって分断され、若い人の間では「政治的に考えが合わない人とは恋愛も、結婚もしたくない」との風潮さえ漂っている。

 与野党の妥協なき権力闘争と保守と進歩層に二分された国内の分裂は極めて深刻で、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の弾劾裁判の判決次第では賛成派と反対派との間で衝突が起きてもおかしくない状況に置かれている。

 原因を検証すると、以下6点を指摘することができる。

 第一に、国家の最高指導者である大統領が弾劾され、職務停止状態にあることだ。

 韓国の憲法第66条第4項には「行政府は大統領を首班とする政府に属する」と定められている。大統領は外務、国防、財政の他に人事、内務、保険、環境などすべての行政部門に関する権限を独占している。また、外国に対しては国家を代表する元首としての地位も有し、最高司令官として国軍を統帥する権限を有している。

 絶対的な権限を付与されたその国政の最高責任者は野党の抵抗で国政運営が立ち行かないことに腹立て、昨年12月3日に唐突に非常戒厳令を宣布したことへの責任を問われ、12月14日に国会で弾劾され、現在、職務停止の処分を受けている。大統領の号令で動く、大統領中心制の国で大統領が事実上「不在」となれば、統治機能の弱体化は必然的に避けられない。

 第二に、大統領代行の総理及び閣僚らも枕を並べて弾劾されていることだ。

 憲法では総理は行政を総括し、国務(閣僚)会議の副議長として大統領を補佐するよう定められている。総理は大統領に万一の場合(停職など)には大統領代行を担うが、現在、韓悳洙(ハン・ドクス)総理も弾劾され、職務停止中にある。総理の他にも朴性載(パク・ソンジェ)法務部長官も同様に弾劾され、一時は警察を監督する李祥敏(イ・サンミン)行政安全部長官までもが弾劾されていた。

 現在、大統領代行の代行として崔相穆(チェ・サンモク)副総理兼企画財政部長官が国政を仕切っているが、崔副総理は経済以外全くの素人である。加えて、与党「国民の力」の「ポスト尹」の有力候補、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長はと言えば、2021年4月のソウル市長選に絡む公選挙法違反容疑で検察に召還される寸前にある。

 野党第1党の代表が刑事裁判で有罪判決を受け、第2党の代表が収監されていることだ。

 野党は政権与党に変わる受け皿となるが、国会で過半数以上の議席を占める最大野党の李在明(イ・ジェミョン)代表は公選挙違反や城南市長時代の土地開発疑惑など4件の裁判を抱え、そのうち1件(虚偽事実の公表容疑)は昨年11月の1審で懲役1年(執行猶予2年)の有罪判決を受けている。来る3月26日の2審で無罪判決が出なければ、3か月後に予定されている大法院(最高裁)での有罪は動かないものとみられる。仮に減刑され、100万ウォン(約10万2千円)以上の罰金刑であっても、収監され、議員職を失い、公民権も剥奪される。当然、大統領選挙には出られない。

 第2野党の「祖国革新党」の創設者、゙国(チョ・グック)代表は娘の不正入学関連疑惑で昨年12月の大法院(最高裁)判決で懲役2年が確定し、すでに収監の身である。野党のトップ2人が揃って囚われの身となれば、政界も方向性を失い、暗中模索、五里霧中の状態に置かれる。

 第四に、法の番人である司直の公捜庁(高位公職者捜査庁)と検察庁、警察庁の捜査機関が縄張り争いをし、いがみ合い、対立していることだ。

 治安を預かる警察のトップである趙志浩(チョ・シホ)警察庁長(警察庁長官)とNo.2のと金峰埴(キム・ボンシク)ソウル市警察庁長(ソウル警視総監)は内乱容疑で現在、収監されている。警察庁とソウル警視庁はトップが内乱に関わった容疑により検察によって家宅捜査されている。検察と警察は尹大統領の捜査権を巡り激しく対立し、検察は警察が請求した大統領警護庁の幹部らの逮捕令状を再三にわたって「棄却」するなど非協力的で、また、検察と公捜庁も双方が互いにガサ入れをするほど険悪化している。

 その検察の内部もまた、尹大統領の釈放を巡っては沈宇正(シム・ウジョン)検察総長と釈放に反対する「12.3非常戒厳特別捜査本部(本部長:パク・セヒョンソウル高検事長)との対立が表面化し、国民の信頼を著しく損ね、自ら権威失墜を招いている。

 第五に、与野党共に司法に圧力を掛け、裁判官を危険に晒していることだ。

 大統領の逮捕も収監も弾劾も裁判所が決定する。与野党議員共に裁判結果が有利になるよう裁判所に陳情に向かい、裁判所の前で声明を読み上げ、またハンガーストライキや断髪などの振る舞いで公然と圧力を掛けている。特定の裁判官を名指しで威嚇することも躊躇わない。その結果、大統領の逮捕を認めたソウル西部地裁に激高した尹大統領の過激支持者らが乱入し、暴れまくるという法治国家ではあってはならない前代未聞の出来事も起きている。

 逮捕状を発付した女性判事を探し回り「どこにいる!出てこい!」「判事を取っ捕まえろ!」と喚き散らしながら、地裁内を探し回っていた。特定の憲法裁判官の自宅前では出退勤に合わせ、連日街宣活動が続けられている。弾劾反対派の間では仮に大統領が罷免されれば、憲法裁判所を叩き潰すとの声さえ飛び交っている。警察は弾劾裁判判決の日は最高レベルの非常令「甲号非常」を全警察庁に発令し、ソウルに全国の機動隊の6割にあたる1万4千人の警察機動隊を投入し、特に裁判所一帯を「特別犯罪予防強化区域」に指定し、暴動を防ぐことにしている。

 最後に、大統領の弾劾裁判を巡り世論、国論が分裂していることだ。

 国会での与野党の礼節を弁えない罵倒、誹謗、中傷、告発の応酬は目に余り、それに触発された韓国社会は大統領の弾劾賛否を巡り連日、弾劾賛否の集会が行われ、特に土曜日になると、その規模は数万から10万人規模に膨れ上がる。メインストーリートのソウル光化門広場や景福宮周辺、鍾路3街駅や安国駅付近、さらに大統領公邸がある竜山区、国会議事堂や政党の事務所がある汝矣島では集会だけでなく、デモ行進も入り乱れて行われている。

 「南北(韓国対北朝鮮)対決」よりも激しい「南南(国内)葛藤」は明らかに民主国家韓国を蝕み、無法地帯に追いやっている。