2025年5月11日(日)

 歴史的教訓を忘れた北朝鮮の対露媚外交 浅はかな「金正恩演説」

ロシア大使館で演説する金正恩総書記(朝鮮中央通信)

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記はモスクワで行われたロシアの対独戦争勝利80周年式典に出席する代わりに駐朝ロシア連邦大使館を9日に訪問し、祝賀演説を行っていた。

 演説で金総書記は「私は兄弟国のロシアの主権と安全を乱暴に侵奪した敵対勢力の冒険的な軍事的妄動を我が国家に対する侵攻と見なすということと、それに従って条約上の義務を誠実に履行しようとする決心を大統領同志と迅速に共有し、共和国武力の戦闘区分隊にロシア武力と協同してウクライナのネオナチ占領者を撃滅し、クルスク地域を解放するという命令を下した」と、金総書記自らが対露派兵を決断したと語っていた。

 金総書記は北朝鮮の派兵はロシアのプーチン大統領の昨年6月の訪朝の際に発表された「包括的戦略的パートナーシップ」に基づくものであるとして「参戦は正当なことであり、これは我々の主権的権利の領域である」と開き直っていた。

 100歩譲ったとしても、同じ理屈に立てば米国が「一方に対する武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであることを認めた場合、共通の危険に対処するため行動する」ことを宣言した「米韓相互防衛条約」に則り、米軍が北朝鮮に対して武力行使をしたとしてもこれまた「正当であり、米国の主権的権利」ということになる。

 北朝鮮はこれまで主権国家に対する大国の武力行使には反対の立場を貫いてきた歴史がある。

 直近でもトランプ第1次政権下のシリア空爆を「主権国家に対する明白な侵略行為である」と規定し、「米国は超大国を自称しているのに核兵器を持っていない国だけを選んで横暴を極めてきている。絶対に容認できず、強く断罪する」との外務省談話を発表していた。

 同じ論理、理屈に立てば、今回のロシアの主権国家・ウクライナへの武力行使に対しても本来ならば同様の批判をしてしかるべきである。

 また、ウクライナと戦った理由について「ウクライナ傀儡一味が核大国の領土に対する軍事的行動を露骨化することをそのまま放置すれば、彼らは一層分別を失って向こう見ずの愚かな行動に出るだろう。そうなれば、米国のこの上ない手先であるソウルの軍隊もその無謀な勇敢さを真似かねない。その無謀な勇敢さはまるで伝染性の強いウイルスのように伝播するであろう。我々はこのような間違った危険な行為を正すべき義務を責任持って行使しなければならない」と言っていたが、これこそ独りよがりの屁理屈だ。

 周知のようにソウルの軍隊は北朝鮮と違って、ウクライナには派遣されておらず、韓国は武器も供与していない。国土を破壊されたウクライナを真似て、北朝鮮に侵攻するほど韓国は浅はかではない。無謀な勇敢さを誇張しているのは韓国を「最も有害な第1の敵対国家、不変の主敵と定め、有事にその領土を占領・平定することを国是に決めた」(金総書記)北朝鮮の方ではないだろうか。

 金総書記はさらに「もし、米国と西側諸国の手先、安価な不良兵器が我々の兄弟国のロシア連邦に対する危険な軍事的侵攻の発想を諦めず、再び攻撃を強行するならば、私は朝ロ条約の諸条項と精神に則って敵の武力侵攻を撃退するための朝鮮民主主義人民共和国の武力使用をためらうことなく命令するであろう。私はこれを兄弟として、戦友として我々が果たすべき神聖な使命だと見なしている」と、力を込めて語っていた。

 金総書記はロシアを「兄弟」「戦友」と捉えているようだが、祖父の金日成(キム・イルソン)主席が、父の金正日(キム・ジョンイル)前総書記がかつて「兄弟」「戦友」であるはずのロシアに裏切られ、痛い目にあった歴史を忘れたのだろうか。

 ロシアの前身ソ連は北朝鮮がソ連に同調してロス五輪をボイコットし、「兄弟仁義」を果たしたにもかかわらずソ連はソウル五輪に選手団派遣し、裏切っただけでなく、金主席が哀願したにもかかわらず振り払って韓国と国交を樹立するなど許しがたい背信行為を行ったのである。

 父親の時代も1998年に人工衛星を、また2006年には史上初の核実験を行った時にはロシアは米国に同調して北朝鮮に制裁を科している。国連安保理の経済制裁は2017年までに10回を数えている。

 当時、金正日の北朝鮮はロシアに対して「米国の策動に追随し、主権国家の自主権を乱暴に侵害したばかりか、我が共和国の最高利益である国家と民族の安全を直接侵害する道に入った」とか「小国は大国に無条件服従すべきとの支配主義的論理を認めない」と、大量殺傷兵器の放棄を迫っていたロシアに強く批判していた。

 三代目の金正恩総書記はプーチンの指導力を絶賛しているが、そのプーチン大統領が2016年9月にウラジオストクでの東方経済フォーラムでの演説で「北朝鮮は国際社会が採択した決議に従うべきだ。国連安保理の決議を尊重、履行し、挑発的な行動を中断すべきだ。ロシアは核兵器拡散に断固反対する」と、北朝鮮を非難したのを忘れてしまったのだろうか?

 今回の演説で金総書記は「我々は一大全盛期を迎えた朝ロ両国間の血盟関係が今後も変わることなく引き継がれ、あらゆる面でその底知れない潜在力を遺憾なく発揮するものと信じて止まない」と語っていたが、祖父はロシアについて次のような遺訓を残していた。

 「大国は自らの国益のために小国を犠牲にする」「永遠のいないなければ、永遠の敵もいない」

 金主席が生前に二代目の金正日前総書記に残した歴史教訓を忘れているならば、いつの日か後悔する時が来るであろう。