2025年5月27日(火)

 北朝鮮 韓国大統領選に無関心の理由 「誰が当選しても同じ」

金正恩総書記と李在明大統領候補(「労働新聞」と「共に民主党」からキャプチャー)

 韓国大統領選は6月3日の投票日まで残り1週間となった。

 今日(27日)、午後8時から最後のテレビ討論会が行われ、テーマとして政治の他に外交、安全保障問題が議論される。

 各種世論調査によると、現状では最大野党の李在明(イ・ジェミョン)候補の当選が有力視されている。

 李候補の対北政策は一言で言えば、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の「北風」政策から文在寅(ムン・ジェイン)前政権の「太陽」政策への回帰である。

 李候補を擁立する「共に民主党」の対北政策には▲(南北)衝突リスクの解消▲緊張緩和、平和構築の企図が盛り込まれている。対話再開、関与など多様な政策一覧表を作り、時期別に事案別に実効性方案を推進することが謳われている。

 李候補自身も「対北制裁一辺倒のオールインは危険だ。アメとムチの両方が必要だ。対話と交渉を並行した一覧表を作っておくべきだ。互いにウィン・ウィンの方向に持っていくのが外交だ。相手の存在を認め、相手が得するようにすることで我々ももっと多くの利益を得ることができる。米朝平和協定も米朝国交正常化も検討すべきだ」と、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が聞けば、小躍りするのではないかと思われるぐらい融和的な発言を繰り返している。

 しかし、北朝鮮はこうした発言を熱烈歓迎するどころか、大統領選挙そのものに関心を払っていないというか、そもそも韓国の政局に全く関心を示していない。そのことは昨年12月3日に尹錫悦前大統領が戒厳令を宣布しても長い間沈黙し、また「歴代最も邪悪な政権」と評していた尹前大統領が弾劾、憲法裁判所で罷免され、事実上政権が崩壊しても外電を引用し、国際面でベタ記事扱いにしていたことからも読みとることができる。

 朴槿恵(パク・クネ)元大統領が国会で弾劾され、罷免された2016年12月から2017年3月までの北朝鮮の過熱報道は半端ではなかった。罷免された日には「憲法裁判所が朴槿恵弾劾最終宣告」と、「朝鮮中央通信」が速報で流し、対南窓口の「祖国平和統一委員会」や「民族和解協議会」など対南機関を総動員し、朴槿恵政権を葬る談話を発表していた。

 北朝鮮の無反応について「共に民主党」内部や韓国のメディアの中には「表向き装っているだけではないか」とか「李在明政権の誕生を内心期待しているのではないか」との見方が少なからずあるが、的外れのような気がしてならない。

 北朝鮮が韓国との対話や関係改善に全く関心を示さないのは韓国はもはや同族でも同胞でもなく、外国扱いしているからである。

 金総書記は2023年12月末に開かれた労働党中央委員総会での報告で「長きにわたる南北関係を振り返りながら我が党が下した総体的な結論は一つの民族、一つの国家、二つの体制に基づいた我々の祖国統一路線と克明に相反する『吸収統一』『体制統一』を国策と定めた大韓民国の連中とはいつになっても統一が実現しないということである」と述べ、「韓国を和解と統一の相手に見なすのはこれ以上、我々が犯してはならない錯誤と思う」と総括していた。

 また、翌2024年1月15日に開催された最高人民会議での施政演説では「南北関係がこれ以上同族関係、同質関係ではない敵対的な二国家関係、戦争中にある完全な二つの交戦国関係である」ことを強調した上で「今日、最高人民会議ではほぼ80年間の南北関係史に終止符を打ち、朝鮮半島に並存する二つの国家を認めたことに基づいて我が共和国の対南政策を新しく法化した」として「我が共和国の民族史で『統一』『和解』『同族』という概念自体を完全に除去する」と宣言していた。

 「敵対的な尹錫悦政権だから断絶を宣言したまでで李在明政権になれば、また以前の関係に戻るのでは」との期待や楽観論が韓国内にはあるが、北朝鮮に融和的であっても文在前政権の後半3年間は対話も交流も拒んでいた現実を考えると、期待外れに終わる公算が極めて高い。新大統領が誰になっても親米には変わりがないからである。

 そのことは2024年1月の金総書記の代理人でもある金与正(キム・ヨジョン)副部長が「大韓民国大統領に送る新年メッセージ」の中で文前大統領を「ずる賢く、狡猾だった」と酷評し、その理由について「自分らの行動の当為性と正当性は美化し、我々の正当な自衛権行使にはあくまで言い掛かりをつけて罵倒していた」と批判していたことからも窺い知ることができる。

 李候補は前回、落選した大統領選でも「大統領に当選すれば、真っ先に北朝鮮に特使を送る」と北朝鮮に秋波を送っていたことから今回も大統領に当選すれば北朝鮮にラブコールを送ることが予想される。しかし、北朝鮮は前回、李候補が北朝鮮のミサイル発射を何度も「挑発」と厳しく批判していたことから李候補に期待をかけていなかった。大統領選挙の結果が出る前に金剛山に設置されている「海金剛ホテル」など韓国人観光客用の宿泊施設の撤去に着手していたことがその証左である。

 李候補は今も北朝鮮に対してはアメと同時に「ムチ」という言葉も使っているが、この言葉に北朝鮮は猛反発している。従って、仮に李候補が当選しても前回の大統領選挙で「第20代大統領に尹錫悦当選」の見出しの下、「3月9日に行われた第20代大統領選挙で保守野党の『国民の力』の候補、尹錫悦が僅差で『大統領』に当選した」と伝えたように短信扱いにするものとみられる。

 金総書記は2023年12月の韓国との断絶宣言の中で「我々の体制と政権を崩壊させるという傀儡(韓国)の凶悪な野望は『民主』を標榜しても、『保守』の仮面を被っていても少しも異なるものがなかった」として「共に民主党」にも見切りを付けていたが、李在明政権になってもこれまでと同様に対話を拒み、門を閉ざすのか、北朝鮮の対応が注目される。