2025年5月9日(金)

 「金正恩はモスクワに現れなかった」 対独戦勝80周年記念式典欠席の理由

2023年にウラジオストクで会談したプーチン大統領と金正恩総書記(朝鮮中央通信)

 競馬の予想同様に北朝鮮の動向、特に権力を継承して以来、海外メディアのインタービューに一度も応じたことのない最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の動静を予想、もしくは占ってもまず的中することはない。世界最高の情報機関と言われている米CIAをもってしても、また北朝鮮を48時間マークしている韓国の情報機関「国情院」であっても当てることは容易ではない。

 首都モスクワの「赤の広場」での第二次大戦の対独戦勝80周年記念式典と軍事パレードには中国や旧ソ連構成国など約30の国・地域の首脳や高官が出席するが、北朝鮮からは駐ロシア大使が出席する。案の定、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は出席しない。

 意外なことではなく、予想されたことだ。実際に北朝鮮は「金総書記が出席する」と一度も公言、口外したことはない。周辺国の外野が騒いだだけだ。

 一部では欠席の理由について「多数の首脳陣が集まる行事への出席に金正恩が慣れていないから」とか「北朝鮮と中国との関係がぎくしゃくしているから」ともっともらしいことが囁かれているが、そうではなく、これは北朝鮮の伝統的な外交スタイルに起因している。

 北朝鮮は「世界は北朝鮮を中心に回っている」として、どこにいても北朝鮮の指導者が中心、真ん中にいなければならない。脇役やワンオブゼム(one of them)の場は眼中にない。

 北朝鮮の歴史を紐解けば、外国の首脳や要人が集まる式典や国際会議の場を北朝鮮の最高指導者が訪れたのは初代の金日成(キム・イルソン)政権時代の旧ソ連時代の共産党大会を含め1955年にジャカルタで開かれたアジア・アフリカ首脳会議(バンドン会議)への出席と1981年のサダト大統領の国葬参列を含め数えるほどしかない。2代目の金正日(キム・ジョンイル)政権下では一度もなかった。

 金正恩総書記に限っては同盟国の中国の習近平主席ら20カ国の首脳らが招待され盛大に行われた2015年の対独戦勝70周年の式典の時もプーチン大統領の補佐官をはじめラブロフ外相、さらには韓国駐在のロシア大使までが「出席するのでは」予想していたが、姿を現さなかった。出席したのは金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長だった。

 ウラジオストクで開催されるロシア政府主催の東方経済フォーラムにも度々、金正恩総書記の出席が取り沙汰されてきたが、これにも一度も顔を出したことはなかった。何もロシアに限ったことではない。相手が中国であっても同じだ。 

 例えば、「兄弟国」と称されていた中国・北京で2008年に初めて開かれた夏季五輪に当時首相だったプーチン氏を含め友好国の首脳らがこぞって出席し、また韓国からは李明博(イ・ミョンパク)大統領が出席したが、北朝鮮からの出席者は金正日前総書記ではなく、これまた最高人民会議常任委員長の金永南氏だった。当時、週刊誌などは「独占スクープ 金正日とブッシュ『北京五輪極秘会談』」との見出しを掲げて、大騒ぎしていたが、単なる妄想に過ぎなかった。

 また、対独戦勝70周年の2015年には中国でも10月に「抗日戦勝70周年」式典があり、30か国の首脳を含む49か国の代表団が参加し、韓国からは朴槿恵(パク・クネ)大統領が式典に出席したが、金総書記は欠席し、当時序列5位の崔龍海(チェ・リョンヘ)政治局員が出席していた。

 中国は崔政治局員を厚遇せず、式典では朴大統領を雛壇のど真ん中に配列し、崔書記は隅に追いやられ、記念写真の時は向かって二列目の左端に立たされていた。

 こうした扱いに不満だったのか、一部で習主席との接見や会談も云々されていたが、崔政治局員は軍事パレードが終わると、即座に帰国してしまった。結果として韓国にとっては朴大統領の式典出席は中国との蜜月ぶりを内外に誇示し、「中朝」から「中韓」に時代がシフトしたことを印象付け、北朝鮮にとっては更なる孤立ぶりを浮き上がらせる場となった。

 露朝関係は以前とは違い、今では史上最良の関係にあることから対独戦勝80周年記念式典後に金総書記は確実にモスクワを訪問するであろう。というのも、前国防相のセルゲイ・ショイグ書記を団長とするロシア連邦安全理事会代表団が3月21日に訪朝し、訪露を招請したプーチン大統領の親書を伝達した際、金総書記が快諾していたからだ。

 問題はその時期だ。ずばり予想すれば、プーチン訪朝1周年にあたる6月19日だ。この日は両国にとっては歴史的な「包括的戦略パートナーシップ条約」が結ばれた日なので金総書記はこの日を記念して、モスクワの地を初めて踏むであろう。

 仮にこの日をパスしたとしてもどんなに遅くとも8月15日のロシアによる祖国解放80周年の節目の日にはモスクワに出没するであろう。

 但し、これも予想なので、外れるかもしれないことを断っておく。