2025年11月14日(金)

 北朝鮮が犯行を認めない「金正男暗殺事件」から8年 元亡命外交官の「新証言」

金正男氏(出典:金正男独占告白「父・金正日と私」(著者:五味洋治)の韓国本から)

 北朝鮮が引き起こし事件の中には国際的な波紋を呼んだ事件が数多くある。衝撃的な事件としては1968年の特殊部隊よる「青瓦台(大統領官邸)襲撃未遂事件」、1983年の偵察局要員らによる「ラングーン爆弾テロ事件(全斗煥大統領暗殺未遂事件)」、1987年の労働党作戦部要員らによる「大韓航空(KAL)機爆破事件」、1970年代後半から80年全般にかけての「日本人拉致事件」、それに最近では2017年のマレーシアでの「金正男暗殺事件」などが挙げられる。

 このうち「日本人拉致事件」については小泉純一郎総理(当時)が2002年9月に訪朝した際に金正日(キム・ジョンイル)総書記(当時)が公式に北朝鮮による犯行を認め、謝罪した。

 またゲリラ兵一人が生け捕りされた「青瓦台襲撃未遂事件」については金日成(キム・イルソン)主席(当時)が南北関係改善のため極秘訪朝した李厚洛(イ・フラク)KCIA(韓国中央情報部)部長と面会した際に「我が国の一部極左分子が暴走してやったことで朴正煕(パク・チョンヒ)大統領には申し訳なく思っている」と認め、謝罪していた。

 この事件については後継者の金正日(キム・ジョンイル)前総書記も2002年5月に野党(韓国未来連合)代表として訪朝した朴正煕大統領の娘、朴槿恵(パク・クネ)元大統領に「申し訳ないことをした。訪韓した際には、墓参りをするつもりだ」と遺憾の意を表していたが、いずれも非公式の場での認定である。

 しかし、それ以外は今もって公式にも非公式にも関与を認めていない。「ラングーン爆弾テロ事件」も「大韓航空機爆破事件」も実行犯が逮捕され、自供しているにも関わらず「韓国のでっち上げ」を押し通している。

 異例なのは国際社会を震撼させた「金正男暗殺事件」への対応である。

金正日前総書記の隣が当時7歳だった正男氏である(正男の従妹、李漢永氏提供)

 故金正日前総書記の長男で、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の異母兄にあたる金正男(キム・ジョンナム)氏が2017年2月13日、クアラルンプールの空港で白昼堂々と、それも猛毒ガスのVXで殺害された。マレーシア警察当局は捜査結果として北朝鮮の工作員らがベトナムとマレーシアの女性を実行犯に仕立てて企てた「計画的な組織ぐるみの犯行」と発表した。

 これにより金正恩総書記は叔父、張成沢(チャン・ソンテク)氏の処刑に続き、異母兄まで情け容赦なく殺害したとして国際的な批判を浴びただけでなく、駐マレーシア大使が国外追放されるなど友好関係にあったマレーシアとの国交断絶も余儀なくされ、さらにはこの事件を理由に米国からは再度「テロ支援国」に指定されてしまった。

 それにも関わらず北朝鮮はいつもの「韓国のでっち上げ」とか「米国の謀略」という言葉を発せず、ただ「事件とは無関係」とだけ主張していた。挙句の果てに殺害された男が金正日前総書記の長男であることすら認めず、黙って遺体を引き取って終わりにしてしまった。

(参考資料:「金正恩の叔父」張成沢は「火あぶり刑」だった!国葬の金永南と処刑の張成沢 天国と地獄の党幹部の運命)

 △暗殺がなぜ、白昼堂々と空港内で行われたのか?△殺人の手段としてなぜ、化学兵器(VX)が使用されたのか?△工作員らはなぜ、証拠隠滅しなかったのか?△首謀者らはマレーシアのどこに潜伏していたのか?など北朝鮮の下手人の自供がないことから真相は今も藪の中だが、事件から8年が経過した最近になってこの事件に関する証言者が現れた。「張成沢は火あぶり処刑されていた」と証言した劉炳宇(リュ・ヒョンウ)元駐クウェート代理大使である。

 金政権の「金庫番」とも称されていた全日春(チョン・イルチュン)前「39号室」室長を義父に持つ劉炳宇氏は2019年9月に韓国に亡命しているが、「金正男暗殺事件」の時はまだ参事官としてクウェート大使館に勤務していた。

 先月近著「金正恩の隠された秘密金庫」を出版した劉炳宇氏は出版元の「東亜日報」社のプロモーションビデオに登場し、「今だから話す」として金正男事件については以下のように「証言」していた。

 「事件から2日後に平壌から大使宛に一通の知らせが届いた。内容を見ると、大使館の承認も得ず、立ち合わせることもなく一方的にマレーシア当局が行った不当な検視結果を批判する朝鮮民主法律家協会代弁人談話だった。それを持って、私はクウェートの報道機関を回り、我が国の立場を伝えてたが、暫くして全貌が明らかになった。テレビを見ていると、容疑者としてリ・ジヒョンの顔写真が映し出された。彼の父は、リ・ホン元ベトナム大使だった。父がベトナムに赴任する時に一緒についていったのでベトナム語に長けていた。それで2009年から2019年まで駐ベトナム大使館で外交官として勤務していた。その後、一旦帰国したものの外交部に留まらず、そのまま偵察総局に異動した。それで、私はこの事件は偵察総局が関係していると直感した」

 「また、ヒョン・グァンソンがマレーシアに来ていたが、彼の職責は外交官ではなく、『安全代表』だ。『安全代表』とは海外在留者が反政府活動をしないよう見張るのが任務である。2等書記官となっていたが、本当の職責は保衛要員である。それで、彼もこの事件に関係しているのかと思った。(事件には)統一戦線部225局か文化交流局が関係していると思った。なぜならば、海外及び韓国でのテロ事件に関与している人物はこれら組織に所属しているからだ」

 「私が2017年5月か、6月頃に本国に帰国した時に市場でマレーシアから追放された姜哲(カン・チョル)大使に会い、夕食を共にした。その時、姜大使は『ヒョン・グァンソンあの野郎が私に知らせず、全部勝手にやってしまった。だから自分は本国の指示どおりに談話を発表する以外になかった』と。それで、私は彼に聞いた『化学兵器(VX)で殺したようだが、それをどのようにしてマレーシアでつくったのか?』と。すると姜大使は『彼らは化粧品の中に隠し入れて持ってきたようだ』と話していた。1種類では死ないので二種類が合成するよう作られたようだ」

 核心に迫る内容ではないが、北朝鮮の関与をある程度裏付けた証言と言えるのではないだろうか。